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玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

Ann Radcliffe The Mysteries of Udolpho(1)

2016年02月03日 | ゴシック論

 クリス・ボルディック選『ゴシック短編小説集』を読んで、女性のゴシック作家の重要性に気づかされたので、どうしてもアン・ラドクリフの作品が読みたくなった。
 ラドクリフの『イタリアの惨劇』は国書刊行会の「ゴシック叢書」の一冊として翻訳されているが、絶版で古書価が異常に高い。それを購入することを諦めた私は彼女の代表作『ユドルフォの謎』(昔は「ユドルフォの怪」と言った)の英語版を持っていることを思い出したのである。
 学生時代だから、今から40年以上も前、神田の洋書専門店で見つけて買ったのがAnn Radcliffe The Mysteries of Udolpho. London,J.M.Dent & Sons LTD.1968エブリマンズ・ライブラリー版、上下2巻であった。
 その頃からゴシック小説に興味があり、ラドクリフの代表作『ユドルフォの謎』が翻訳されていないことを残念に思った私は、英語で読んでやろうと意気込んでいたのである。
 しかし、学生時代はフランス文学専攻で、英語にはまったく自信がなく、The Mysteries of Udolphoも読み始めて数頁で挫折していたのだった。上下巻合わせて650頁もあるのに、10頁くらいまでしか読んだ痕跡がない。さっぱり分からなかったのである。
 今回原文を読むことに再挑戦したのは、未だにラドクリフの代表作であるだけでなく、ゴシック小説の代表作であるThe Mysteries of Udolphoが翻訳されていないことへの抗議の意味もある。大阪教育図書から『ユードルフォの謎―アン・ラドクリフ』という本が出ているが、サブタイトルに「梗概と研究」とあるように、内容の要約と論文で構成されたもので、「誰が小説の要約なんか読むもんか」と言いたくなる。
 確かにラドクリフの作品は通俗的なゴシック小説であったかも知れないが、ボルディックが言うゴシックにおける女性の重要性を考えた時に、ラドクリフの作品は一度は読んでおかなければならないものと思われるのである。
 ということで、40年ぶりの再挑戦となった。今はゴシック小説というものがどのようなものか分かっているので、読めないことはないだろうという気持もあった。そして読み始めると、意外に"読めるじゃないか"と思ったのである。
 英語の本はルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』しか読んだことがなかった私でも"なんとかなる"という手応えを掴むことができた。逐一頭の中で日本語に変換するのではなく、英語の文脈の中で理解できればそれでいい、という方針を立てたのである。
 辞書というものは諸言語が単語レベルで厳密に対応しているかのような幻想を与えるのだが、決してそんなことはない。単語すらも諸言語間で対応などしていないし、文法やイディオムだって諸言語間に厳密な対応などあり得ない。
 英語の流れに身を任せればいい、そうすれば逐一日本語に変換することなく、理解していけるだろう、ということで何とか50頁まで読み進むことができたのである。
 舞台はフランス南西部のガスコーニュ。そこに暮らすサントベール一家のお話である。サントベールは高潔な貴族で、すでに引退した生活を妻と娘エミリー(なんで娘の名前だけ英語風なのだろう)とともに送っている。
 妻を病気で亡くし自身も健康を損ねたサントベールは娘とともに、転地療法のため旅に出る。ピレネー山脈周辺の景観について、ラドクリフは実に丁寧に情熱的に描いている。そうした景観描写は多分、ラドクリフ独特のものなのであろう。
 それは一種の紀行文学でもあって、絶景のピレネー山脈など一生かかっても見ることの出来ない、イギリスの一般大衆にとって、ラドクリフの描写がどれほど魅惑的であったか想像がつく。
 ところで謎がひとつ。妻亡き後、サントベールが妻ではない女性の肖像画に見入り、それにキスまでするのをエミリーは盗み見る。そこにどんな秘密が隠されているのだろうか。これから多くの謎が提出されていくのである。

 この項の連載は、原語で読むのに時間がかかるため、時々しかできないことをお断りしておく。

Ann Radcliffe The Mysteries of Udolpho. London,J.M.Dent & Sons LTD.1968

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