民俗断想

民俗学を中心に、学校教育や社会問題について論評します。

聞き書きでどこまで遡れるか

2016-04-13 14:20:26 | 民俗学

昨年、公民館の講座で民俗学について話すことを依頼されました。そこで、政治の変化と生活の変化は連動せず、生活の変化はこれまでに3回あったと考えられる。最初は応仁の乱で次は敗戦時、そして今現在の3回だ。民俗学的方法で遡れるのは応仁の乱までだと柳田もいっている。みたいなことを前ふりとして、現代の葬儀の急激な変化と墓石について皆が困っていることについて話しました。要は民俗といえば、予定調和的に過去を取り上げるが、そうではなくて民俗といえども変化し、これが原型だといえるものはないのだという趣旨のことを、わかってもらいたかったのです。話し終わっての意見として参加者から、今日の話は良くない、変わっていくというようなことだったが、いいことはいいといって残すようなことを民俗学としてしてほしいといわれました。私は、良い悪いとか残す残さないは学問が決めるのではなく、当事者であるみなさん自身が決めることで、学問は記録することが使命だとお答えしました。

この時の話を文字起こししていただきました。文字にして残す以上は、出典も明らかにし信用できる形に整える必要があります。そこで、必要な個所の出典にあたっているのですが、困ったことがありました。前ふりで触れてしまった、民俗学で遡ることができるのは応仁の乱までだと、柳田は何で述べているのか、見つけられないのです。応仁の乱までだというのは、しっかり私の頭に刷り込まれています。手近にある概説書や底本柳田國男集の索引で応仁の乱をひいて、該当箇所に当たってもみましたがヒットしませんでした。ということは、柳田は民俗学では応仁の乱までしか遡れないといったというのは、私の勝手な思い込みに過ぎなかったのでしょうか。だとすれば、なぜ自分がそう思い込んだのか、誰かが書いていたのかが気になります。