ヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan)が最初に指揮者として修行を積んだ街は世界一高い162mの塔を持った大聖堂があるウルム(Ulm)である。ドイツで最速の特急ICE(InterCity Express)で フランクフルト中央駅(Frankfurt Main Hbf)から約2時間半弱の距離にある。筆者は何か当時のカラヤンの名残りを求めて2002年9月この街に立ち寄ってみた。
カラヤンは21歳の1929年3月に「ウルム市立歌劇場」の舞台にモーツアルトの「フィガロの結婚」でデビュー、そしてすぐ同劇場と契約を結び次ぎの「アーヘン市立歌劇場」に移るまで約5年に渡りこの劇場で「オペラ指揮者」として活躍した。その時代の劇場は今では写真のモダンなスタイルに生まれ変わったが新しい劇場の壁にはカラヤンの名前が刻まれた「カラヤン・プラッツ」のプレートが掲げられていた。(写真/上)また劇場前の交差点には「Herbert von Karajan Platz」の表示板も設置されていた。(写真/中)大指揮者カラヤンの名前はこのウルムの人々からも消えることはないだろう。
ところでこの街は旧市街と新市街の間を「ドナウ河」が流れているが旧市街の町並みの看板群がワーグナーの「マイスタージンガー」の世界を思い起こさせことさら情緒を感じた。(写真/下)※掲載写真はいずれも2002年9月筆者撮影