クラシック 名盤探訪

クラシックの名盤紹介・おすすめ散策コース等、趣味の発信の場です。

新国立劇場公演 R.シュトラウス 楽劇「影のない女」

2010年05月27日 | 音楽と絵画、iPodなど
  

  

最近はあまり演奏会の記事をチェックしていなかったので、最も好きなオペラのひとつ、R.シュトラウスの「影のない女」の公演をもう少しで見逃すところだった。
何気なく読んでいた朝日新聞の片隅に載っていた記事を発見、一度は観たいと思っていたオペラだったので、さっそく公演の事務所に電話する。
年金暮らしの当方にとっては最も安い席から空きを確認するも、OKだったのは3階最前列のバルコニー席のみ。
値段はC席¥7350で、「この席は舞台が3分の1しか見えませんがよろしいでしょうか」という答えに一瞬とまどったが、見えないほうが想像力を膨らまして楽しく聴けるなどと強がりを言って予約する。
初めて初台にある新国立劇場オペラパレスに行ったが、建物は近代的な造りでオペラと言う雰囲気には程遠い。
しかし中へ入ってみるとウィーン国立歌劇場(行った事はないが)の内部を思わせる立派な構造になっているのに関心する。
電話での話しの通り、席にきちんと座って舞台を見ると3分の1程しか見えないが、バルコニーの手すりに身を傾けると8割がた見えるし、真下のオーケストラピットが全て見下ろせる。
指揮者の一挙一動やオケの各パートの演奏振りも良く分かるし、思ったよりも良い感触の席に満足する。
それよりも一番素晴らしいのは、なんといってもR.シュトラウスの音楽そのもの。
彼のオペラでは「サロメ」とか「バラの騎士」が有名だが、私にはモーツアルトの「魔笛」にも通ずる、哲学的ともいえる深みを持つ音楽そしてストーリー(二組の男女が試練を乗り越え、真実の愛によって結ばれるという物語)を兼ね備えた「影のない女」が最高の作品。
歌い手で素晴らしかったのは皇后役のエミーリ・マギー、アメリカ生まれで主にドイツの主要歌劇場で活躍中とのことだが、澄んだ美しい声でシュトラウスの精緻な旋律を丁寧に歌っっていて、各場面での皇后の感情を聴く者の胸に深く訴えかけてくれたのが強く印象に残る。
他の歌手も水準以上で、オペラ全体にわたって音楽的な歌の調べを聴かせてくれたのも嬉しい。
オケの東京交響楽団の技術水準もこんなに高まっているとは思わなかったほど優れていて、場面転換での間奏曲など、シュトラウスの豊潤な音の響きを聴く者の耳に見事に伝えてくれる。
指揮者エーリッヒ・ヴェヒターの経歴を見ると、ドイツでの主要な歌劇場ばかりを専門的に振っている職人らしく、オケ各員の気持ちをうまく掴んで、的確に曲の運びを進めるコツをわきまえている様。
久しぶりのオペラのコンサートだったが、パンフレットの「R.シュトラウスの美しく濃厚な音楽が描く、壮大なファンタジー・オペラ」という謳い文句を見ながら、あまり違和感を感じることもなく、満ち足りた気持ちで新国立劇場を後にする。
この曲この一枚 その5 R.シュトラウス:「オペラ名場面集」
とっておきの名盤 その3 R.シュトラウス 楽劇「影なき女」

江古田から沼袋へ古寺を巡る

2010年05月23日 | ウォーキング
コース順路:コース満足度★★
西武池袋線江古田駅→武蔵野稲荷神社→唐沢博物館→北江古田公園→東福寺→歴史民俗資料館→明治寺→禅定院→実相院→西武新宿線沼袋駅

5月のさわやかな天気の朝、家に篭っていてもしょうがないので、知らない街を歩いてみようと江古田駅から沼袋駅までの界隈を歩いてみることにする。

まず訪れたのは江古田駅からすぐ近くにある武蔵野稲荷神社、かつては「江古田のお稲荷さん」として3の日の縁日はとても賑わったらしい。
本殿は1477年に大田道灌によって滅ぼされた豊島軍の死者を葬った小高い塚の上に建っている。
 

東京教育大学名誉教授の唐沢富太郎氏の個人博物館、電話予約をしていなかったので見学できなかったが、入り口の横の二宮尊徳の像が来る者を親しく迎えてくれる感じがする。
明治時代、小学校で使われていた机やオルガン、最初の小学校の教科書や卒業証書など唐沢氏が収集した数千点にも及ぶ貴重な資料が展示されているので、改めて訪れてみたい。
武蔵野の面影をとても良く伝えてくれる北江古田公園、緑に包まれた雑木林を通り抜けるさわやかな風が歩く者をやさしく包んでくれる。
 

江戸時代の鷹狩りの際、将軍の休憩所である御膳所のひとつとして指定された東福寺を訪れる。
府内八十八ヶ所というのを初めて知ったが、この寺はその第二番札所になっている。
江古田村名主の山崎家が寄付した土地に建てられた中野区立民俗資料館、あいにくの月曜日で休館だったのが残念。
中野の風土と人々の暮らしを主題に、美術品や山崎家の資料なども展示されているという。
 

草野栄照尼が明治天皇の病気平癒を祈願する為に、観音像を祀ったのが始まりとされる百観音明治寺を訪れる。
百観音とは、近畿一円の西国三十三観音・関東地方の坂東三十三観音・秩父地方の秩父三十四観音、すべての札所を総称したもの。
”百観音巡礼”といえば、それらすべての札所を何ヶ月もかけて参拝するものだったが、この明治寺境内に並ぶ観音像は全国各札所に祀られる本尊を模した“写し霊場”と呼ばれる場所で、一回りすると全国の霊場を巡った気分になれるというから何ともありがたい。
 

禅定院は樹齢600年のイチョウの大木が有名だが、5月初めの時期は境内一面に咲く牡丹の花がとくにあでやかで素晴らしい。
実相院の墓を見ると「矢島氏」と刻銘した墓碑がやたら多い。
新田一族の矢島氏が足利氏との合戦で敗れてこの地に逃れ定住し、後にこの寺を開いたことによるらしい。
 


韓国歴史ドラマ、気になる話 その7(追加補足編2)

2010年05月17日 | 歴史・気になる話
韓国歴史ドラマの紹介、制作年度順に何回かに分けて掲載をしてきたが、今回はその7回目。
新たな歴史ドラマが毎年次々と製作されるので追っかけるのも結構大変だが、今後も新しいドラマに気が付き次第、順次載せていく予定でいる。

59.妖婦 張禧嬪:朝鮮王朝中期 <監督:イ・ジョンス> <主要キャスト:チョン・ソンギョン、イム・ホ、キム・ウォニ、キム・ヨンエ> 1995年 全63話 <私的評価:★★>
彼女を主人公にしたドラマ、映画が何度も作られてきたが、この「妖婦 張禧嬪」はその中でも最高の評価を獲得したらしい。
1992年~2007年の韓流時代劇歴代視聴率ランキングで第8位の42.9%を獲得したというから、期待大のドラマといって良い。
 
 

60.名家:朝鮮王朝後期 <監督:イ・ウンボク、チョン・ウソン> <主要キャスト:チャ・インピョ、ハン・ゴウン、キム・ソンミン> 2010年 全16話 <私的評価:★★>
「財産を一万石以上貯めるな」、「周囲に飢え死にするものを出すな」など、独自の経営哲学と倫理観で12代にわたり富を維持した慶州の名門チェ家、その富の礎を築いたグクソンの一代記を描いたドラマ。
好きな俳優、チャ・インピョの時代劇での演技がどうなのかも気になる。
  

61.チュノ(推奴):朝鮮王朝中期 <監督:クァク・チョンファン> <主要キャスト:オ・ジホ、チャン・ヒョク、イ・ダヘ> 2010年 全24話 <私的評価:★★★>
第16代仁祖王の時代、丙子胡乱で清国に服属を余儀なくされた朝鮮の民の多くがに転落する。
差別と虐待に耐えられなくなって逃亡する者が続出したが、その達を追跡する狩人のことを「チュノ」と呼んだ。
チュノとしてを追う男と、国のためにとなって逃げる男の鮮烈な戦いを描いている。
迫力あるアクションが最大の魅力となっているフュージョン史劇。
 
 

62.武人時代:<高麗王朝中期> <監督:チョン・ヨンチォル、シン・チァンソク、ユン・チャンボム> <主要キャスト:ソ・インソク、イ・ドクファ、キム・フンギ> 2003年 全158話 <私的評価:★★★★>
高麗王朝史上もっとも激動的な変革期であった武臣政権期のドラマチックな変遷を描いたドラマ。
武人政変から崔氏政権に至るまで、覇権争いをした武人たちの野望と闘争を丁寧に描いているが、主要キャストの3人の演技達者なキャラクターを観るだけでも楽しい。
  

63.同伊(トンイ):<朝鮮王朝後期> <監督:イ・ビョンフン、キム・サンヒョプ> <主要キャスト:ハン・ヒョジュ、チ・ジニ、イ・ソヨン、ペ・スビン> 2010年 全50話 <私的評価:★★★>
卑賤の身分から第19代粛宗王の側室となり、のちに第21代英祖王の生母となった淑嬪崔氏の波乱の人生と、息子の英祖王のドラマチックな成長の姿を描いている。
「商道」、「チャングムの誓い」、「ホ・ジュン」、「薯童謠」、そして「イ・サン」とヒット作を連発するイ・ビョンフン監督の新作と言うことで、とても楽しみな作品。
こんどは、章楽院を舞台に雅楽、郷楽、唐楽に区分される朝鮮の華麗で優雅な音楽世界を紹介しているとのこと。
 
 
韓国歴史ドラマ、気になる話 その6
韓国歴史ドラマ、気になる話 その5
韓国歴史ドラマ、気になる話 その4
韓国歴史ドラマ、気になる話 その3
韓国歴史ドラマ、気になる話 その2
韓国歴史ドラマ、気になる話 その1

強風と雨の中の北海道 松前から函館へ

2010年05月13日 | 歴史・旅(国内)
コース順路:コース満足度★★★★ 料理度★★★★ 4月13日~14日
函館駅→松前(バス)→松前城→光善寺→龍雲院→法源寺→法憧寺→松前家藩主墓所→松前藩屋敷→阿含寺→道の駅北前船松前→函館駅

全国的に時期はずれの超寒波と暴風雨が訪れた4月の中旬、北海道唯一の藩として本州との交易で栄えた松前藩の歴史の跡、そして榎本武揚が夢を賭けて立て篭もった五稜郭を尋ねようと、あえて嵐の中、予定していた松前と函館への旅を強行する。

まずは松前氏が徳川藩のひとつとして、この地を治めることになったいきさつを紐解いてみる。
もともとは蝦夷地を支配していたのは、蛎崎(かきざき)氏と称する一族であった。
室町時代中期の1457年にアイヌの大規模な蜂起「コシャマインの乱」が起きたが、これを奥州の南部氏に追われて蝦夷地に渡った武田信広が平定、後にその信広が蛎崎家を継ぎ、歴史上の松前氏の始祖と呼ばれるようになる。
豊臣秀吉の天下統一後、五代目の蛎崎慶広が蝦夷地の支配者として認められ、1599年に慶広は大坂城で徳川家康に臣従することを誓い、姓を松前と改め蝦夷の地を治めることとなる。
 

もともと大館にあった蛎崎氏の居館は不便な山城であったこともあり、1606年に慶広は海に近い福山の地に松前城の前身となる福山館を建てる。
スタートした松前藩の石高はわずか1万石であったが、ニシンや昆布、鮭などの海産物の専売、そしてアイヌとの交易で富が築かれ、実質は10万石にも相当したらしい。
松前藩の過酷な収奪に苦しめられたアイヌの反乱に、最大の悲劇と言われる「シャクシャインの乱」がある。
1669年に日高から松前に向けてアイヌが起こした乱で、松前藩は津軽・南部・秋田藩の助けをかりてやっと鎮圧し、「和睦の宴」の席で大酋長シャクシャインを惨殺し、部下とともに耳をそいだという悲惨な話が残っている。
 

松前の寺町と言うところには、北海道のほかの地には見られない古い造りの由緒ある寺が多く残っている。
光善寺は1533年に建立され、後水尾天皇から山号と法衣を賜ったという。
見過ごしてしまったが、19世紀中ごろに作られた奥殿の美しい庭は北海道でも屈指のものらしい。
龍雲院は1625年に開かれた寺だが、建物は江戸時代のままの伽藍を残している貴重なものと言われている。
 

戊辰戦争での焼失を免れたという法源寺の山門は立派な造りで、国の重要文化財にも指定されている。
松前城資料館に展示されていた蠣崎波響の画は、その色彩と構図の素晴らしさでとても印象に残っていたが、その波響の墓がこの寺の境内に置かれている。
説明書の文章を要約すると「・・・12代資広の第5子として生まれ、松前藩家老となる。幼少より画を好み、文人墨客との交遊も多く、当時の北海道随一の文化人。松前応挙とも称されフランスのブザンソン博物館にある夷酋列像は特に著名・・・」とあり、彼の優れた才能を偲ばせるものとなっている。
  

法憧寺は松前家の菩提寺で、裏手の道を進むと松前藩の始祖・武田信弘から19代にわたる歴代藩主・その室や子などが眠る墓所に出る。
墓碑は五輪塔形式で、風雪を避ける為か石造りの屋形風覆屋に収められているのが特徴的。
 

「松前の五月は江戸にもない」と言われた藩政時代の松前、その姿を再現した「松前藩屋敷」を訪れる。
全部で14棟あり、珍しい海の関所「沖の口奉行所」、藩士の屋敷「武家屋敷」、鰊漁に挑むヤン衆が集う「番屋」、それと「髪結い」など見所が結構ある。
最後に訪れた阿含寺の山門も印象的で、これはかつての松前城の堀上門を移築したものだという。
 

翌日も大荒れの天気で、函館に行くバスがストップとなり、泊った旅館に引き返すというアクシデントが発生。
やっと再開したバスから眺める日本海の荒波が、すざましい勢いで海岸に打ち寄せている。
五稜郭のすぐ近くにあるバス停に下り、一路五稜郭タワーを目指し、最上階から眼下に広がる五稜郭跡を一望する。
 

展示されている「五稜郭物語」を読むと、幕末期に造られた洋式城郭「五稜郭」が函館戦争の舞台となり、榎本武揚・土方歳三らの夢を賭けた戦いの軌跡というものが良く分かる。
函館山から見る夜景の素晴らしさは有名だが、高さ90mの五稜郭タワーから見る函館市内とその後ろに控える函館山の眺めもなかなか魅力的。
 

今回の旅は冷たい風と激しい雨の中の足取りとなってしまったが、内容的には印象深いところが多く、五月連休明けの桜の時期に再びぜひ訪れたいと思う。
夏の北海道 奥尻島の旅
初夏の北海道 サロベツ原野・利尻・礼文の旅 その3(花の島、礼文島を巡る)
初夏の北海道 サロベツ原野・利尻・礼文の旅 その2(利尻島を巡る)
初夏の北海道 サロベツ原野・利尻・礼文の旅 その1(サロベツ原野と稚内を巡る)
夏の北海道 その4(札幌郊外の原始林を散策、増毛でおいしい手作り料理を満喫)
夏の北海道 その3(富良野、北の国から、ラベンダー)
夏の北海道 その2(網走、知床、釧路)
夏の北海道 その1(札幌)

とっておきの名盤 その150 ブルックナー 交響曲第8番ハ短調  

2010年05月05日 | とっておきの名盤「交響曲」
  
長年にわたって聴き続けてきた特別な盤、そんなとっておきの名盤の紹介も”その149”で終わりを告げていたが、どうしてもその仲間に加えたい新たな一枚が出てきたのは嬉しい。
大好きなブルックナーの8番、それも初稿(1887年の第一稿)を現役バリバリの女流指揮者シモーネ・ヤングが指揮したもの。
初稿はブルックナーの生前には演奏された記録がないので、それをCDで容易に聴けるのだから、今は作曲者には申し訳ないとしか言いようがない。
指揮をしているシモーネ・ヤングは、1961年のオーストラリア・シドニー生まれというからまだ49歳の若さだ。
しかしその演奏は、このブログでも紹介してきた名盤と比べても何の遜色もない素晴らしいもの。
好きな第3楽章での繊細に表情付けられた美しい主題の調べ、そして女流指揮者の演奏とは思えないクライマックスでの重厚な響きなど、全編にわたって偽りのない音楽そのものを聴かせてくれる。
初稿という魅力に加え、175年以上にわたってハンザ都市の響きをになっているハンブルグのオーケストラの力量も大いにこの盤の魅力を引き立たせている。
とにかく聴いてみると、当方があえてとっておきの名盤に加える訳が理解できると思う。
ぜひ聴いてみて欲しい一枚。
・シモーネ・ヤング指揮、ハンブルグ・フィルハーモニー管弦楽団 <OEHMS>
・ルドルフ・ケンペ指揮、チューリッヒ・トーンハーレ管弦楽団 <SOMM> 
・オトマール・スウィトナー指揮、シュターツカペレ・ベルリン <Berlin Classics>
・ハンス・クナッパーツブッシュ指揮、ミュンヘン・フイルハーモニー管弦楽団 <Westminster>
・カール・シューリヒト指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団 <EMI>
・カルロ・マリア・ジュリーニ指揮、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団 <Grammophon>
知られざる銘盤として、
・ホーレンシュタイン指揮、ウイーン・プロムジカ管弦楽団、1950年代の演奏<VOX>