クラシック 名盤探訪

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ギリシャ神話が面白い!

2011年01月20日 | 読書中
ギリシャ神話は西洋文化の原点とよく言われる。
文学や音楽、そして絵画や彫刻の主題はもちろん、星座の名前や地名などに、また心理学の分野にもよく使われている。
トロイの遺跡なども残されているし、古代の歴史が好きな人には興味の尽きない面白い話を提供してくれる。
ヨーロッパを旅行すると、思わぬところでギリシャの神々や英雄の名前に出くわすし、神々がとても人間的なのも面白い。
ということで、手元にあるギリシャ神話の本の中から、分かりやすくてしかも面白いと思う本を並べてみた。

「ギリシャ神話」山室 静 著、現代教養文庫
私にとっては、ギリシャ神話のバイブル的存在と言えるもの。
何度紐解いたかわからない位で、今はカバー表紙もどこかへ行ってしまいボロボロの状態になってしまっている。
内容は申し分ないのだが、すぐ読み終わってしまい、もっと沢山の話を載せて欲しかったというのが本音。
「ギリシャ神話の謎」学習研究社、ビジュアル選書「ギリシャ神話」新人物往来社
神々をテーマにしたカラーの絵画や彫刻、そして遺跡などの脇に、興味尽きない話が綴られている。


「ギリシャ・ローマ神話」ブルフィンチ作・野上弥生子訳、岩波文庫
”ギリシャ・ローマをはじめ広く西洋の伝説や伝承に興味を持つすべての人の座右の書である”と紹介文にあるように、お勧めの本と言える。
「オデュッセウス物語」「トロイア戦争物語」バーナード・エヴスリン著、現代教養文庫
若者向けに、とにかく分かりやすく面白くをモットーに書かれていて気軽に楽しく読めるのが良い。


ケーブルTV・ヒストリイ・チャンネルの「神々の戦い」と題した英雄伝説のシリーズも面白い。
ヘラクレス、オデュッセウス、ペルセウスなどの英雄達が次々と現れる怪物に立ち向かうのだが、CGを駆使した画像が見る者の想像を掻き立ててくれて、とにかく時間の経つのを忘れさせてくれる。
エジプト・トルコの旅、イスラム文化の違いを実感!その2(トルコ編)

「古事記」

2008年09月02日 | 読書中
   
このビギナーズクラシックシリーズの「古事記」(角川文庫)は、解り易くて面白い。
著者は、武田友宏氏(現在、國學院大學文学部日本文学科講師)。
現代訳の後に原文の書き下し文が載っていて、そのまま読んでいくと内容が良くわかると同時に、原文の雰囲気も味わえる親切な構成になっている。
終わりには面白い資料も載っていて、初めから終わりまで気軽に読み通せる。
ところどころに挿入されているコラムには、結構興味を引く文章が載っている。
古代の日本では、「八」は最高の神聖数だったらしい。
「古事記」を読んでいると、かなりの数の八に関する言葉が出てくる。
大八島、八百万(やおよろず)、八千矛、八雲立つ、八重垣、八咫烏(やたがらす)、八尺鏡(やたかがみ)などなど・・・。
中国人も縁起の良い数字の「八」が好きらしく、北京オリンピックの開会式が2008年、8月8日、午後8時にスタートしたのも面白い。
 日本武尊の東征の際、走水の海(浦賀水道)を渡る段で、荒海を鎮めようと「弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)」が入水するが、七日の後に御櫛が海辺に流れ着くという文章のところなど、読んでいるとぐっと胸をしめつけられる思いがする。
 その書き下し文をそのまま載せてみる。
 其(そこ)より入り幸(い)でまして、走水海(はしりみずのうみ)を渡ります時に、其の渡神(わたりのかみ)浪を興(た)てて、船(みふね)を廻(もとほ)して、え進み渡りまさざりき。
 爾(ここ)に其の后名は弟橘比売命の白(まを)したまはく、「妾(やつこ)、御子に易(か)はりて海に入らむ、御子には遺(つか)はさえし政(まつりごと)遂げて、覆(かへりごと)奏(まを)したまはね。」とまをして、海に入らむとする時に、菅畳八重、皮畳八重、きぬ畳八重を波の上に敷きて、其の上に下り坐(ま)しき。
 是(ここ)に其の暴(あら)き浪自(おのづ)から伏(な)ぎて御船え進みき、爾に其の后の歌日(よ)みしたまいく、

  さねさし
  相模の小野に
  燃ゆる火の
  火中に立ちて
  問ひし君はも

 故(かれ)七日(なぬか)の後に、其の后の御櫛(みくし)海辺に依りき。
 乃(すなは)ち其の櫛を取りて、御陵(みはか)を作りて治(おさ)め置きき。


「古代朝鮮と日本文化」 「日本の中の朝鮮文化(相模・武蔵・上野・房総ほか)」 金 達寿

2007年03月25日 | 読書中
  

このブログでも、自分の足で歩いたウォーキング・コースをいろいろ紹介しているが、歩きが健康に良いことはもちろん、その地の神社仏閣や遺跡を訪れその由緒・由来などを知るのも、いろいろ思わぬ発見があってとても面白い。
今、ふと本屋で手にした金達寿氏の「古代朝鮮と日本文化」、「日本の中の朝鮮文化」という本を読んでいるのだが、これが謎とされる古代史とそれに関わる各地の神社仏閣等とのかかわりを実地の紀行内容をもとに書いていて、その説得力のある文章が私の心を捉えて離さない。
作者の金達寿氏は、残念ながら1997年に亡くなられたから、もう10年にもなる。
今までに散歩した所からだけでも、この本で知った興味ある内容をを、氏の文章を借りて載せてみると、
・毎年お参りに行く寒川神社について、「相模とは朝鮮語のサガ(寒河)からきている。
サガとはわたしの家、社などの意、朝鮮人の居所で、相模には朝鮮渡来人の集落があった。
寒川神社はその氏神」とある。
・また、「埼玉県日高市(旧高麗郡高麗村)にある高麗神社の祭神は、郷の長であった高句麗からの渡来人の高麗若光王で、そこから分かれ出た支族は「駒井、井上、神田、新井、岡上、本所、吉川、大野、加藤、和田、福泉、阿部、金子、中山、武藤、・・・」とよく知ったたくさんの名前が続く。
・また、狛江郷についての氏の文章を要約すると、「奈良朝の頃、高麗(こま)からの渡来人が武蔵国の開発に当たり、この地で麻を栽培しその繊維で布を織り朝廷に貢としていた。
万葉集では多摩の名を多麻と書いているし、調布は朝廷に貢として出す麻布を織ること、砧は布を水にさらしたたいて柔らかにしつやを出す作業のこと、狛江は高麗人が住み着いた狛江郷のあとと記している。」となる。
・さらに、「浅草・三社祭で知られる浅草神社の総鎮守となっている”三社さま”の三者とも古代朝鮮から渡来した神様であることを知っている者は、はたしてどれだけいるのだろうか。」とある。
・・・「浅草寺についで古い深大寺は、高句麗系の人々の開発になる狛江郷にあり、その開基と伝える僧満功は、渡来人糸と考えられている。
まさに律令時代に入ったころの東京周辺は、朝鮮半島系開発者の転地だったらしい。」とある。
読んでいると、興味ある内容がどんどん続き、本のページが止まらない。
この本は、氏の紀行先が全国に亘っていて全12冊に分かれているので、歴史・散歩好きの興味ある方は、その地のシリーズのものを、まずは読んで欲しいと思う。

「もう一つの万葉集」 李寧煕

2007年02月19日 | 読書中
この本が発行されたのが昭和64年8月というから、今から18年も前になる。
韓国語によってまったく異相の万葉歌が浮かび上がるということで、当時かなりのベストセラーとなったもの。
作者の李寧煕女史は1931年生まれで終戦直前まで日本在住、前韓国女流文学人会会長や国会議員などの立派な経歴を持つ方。
ぶらりと立ち寄った古本屋で購入、夜に寝床で読み出したら面白いことこの上ない。
あっという間に時間が過ぎていく。
前のブログでも取り上げた、額田王「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」のこの本での解釈に驚く。
従来の解釈;あかねさす 紫野を行き 標野を行って 野守は見ているではありませんか あなたが袖を振るのを
真の意味 ;あかい股(さし)が 紫色の野原を行きます 標野<禁野>を行くのです 野守は見ていないでしょうね 貴方が私のはさみ<両股>をひろげるのを
ここに載せるのを憚るほど、何ともセクシーというか色っぽい。
謎と呼ばれる古代史、まだ真実が明かされていない事もたくさんあるに違いない。
彼女が何冊かの著作を通して日本の古代史に投げかけた衝撃の問い掛けは消えていないどころか、まだ暗闇の中で脈々と生き続けているのではないかとさえ思う。
何故か彼女の著作はすべて廃本になっているが、是非の復刻を望みたい。

日本人の忘れ物 - 五木寛之

2006年07月29日 | 読書中
嬉しい事に、五木寛之の講演を聞くことができた。
著名な作家だけに、大きな会場は満席の状態であった。
タイトルは「日本人の忘れ物」。
毎日、TVや新聞等で報じられる現代日本が抱えるいじめ・親と子の離反問題、そしてそれに伴う死との接点。
過去には無かったこれほど深刻な状態が、何故現在起きているのか、どうすれば良いのか。
この重い問題について、「日本人にたしかに過去にはあった貴重な心の忘れ物」があるというのが氏の主張だったように思う。
このことについて、氏は次の言葉を引用された。
「萎える」、「暗愁」、韓国でいう「恨(ハン)」である。
人々はマイナス志向は悪である、良くない事だと心にステンレスのカバーをかけて悲しいこと、辛いことをはねつけようとする。
これは緊張のあまり、いつか耐え切れなくなって心を破裂させてしまう。
そうではなく、素直に涙を流す、「ハァー」と大きなため息をつく、これが大切なのだと氏は主張する。
「萎える」の意味について、氏は、柳の枝が重い雪を受けながらじっと耐え、そしてしなやかに受け流すというたとえを説明された。
昔の日本人にはそれがあったし、「暗愁」という言葉は戦後、死語になってしまった。
ありのままに悲しみや辛いことを受け入れ「萎える」こと、「暗愁」の想いを持つこと、それが「恨(ハン)」という心の状態である。
そういう心の状態が体や心に悪いことではなくむしろ非常に良いのだということが、精神学上で過去に立証されていると氏は言う。
身の回りの悲しみや辛いことに「萎える」こと、そして「恨(ハン」心の状態を持つことこそ「日本人の忘れ物」なのだという氏の言葉に、会場に来ていた聴衆は心から共感を覚えていたと思う。
貴重な時間を持つことができ感謝の気持ちで会場を後にした。