コース順路:コース満足度★★★★ 3月2日~5日
四萬部寺(1番)→真福寺(2番)→恒持神社→常泉寺(3番)→金昌寺(4番)→語歌堂(5番)→常楽寺(11番)→大慈寺(10番)→慈眼寺(13番)
二日目は秩父市の東側丘陵沿いの巡礼道を歩く。
最初に訪れた札所は、第1番四萬部寺、本尊は聖観世音菩薩。
元禄年間に建てられた朱塗り銅ぶきの観音堂が美しい。
本堂正面欄間の地獄極楽の彫刻が必見ということを後で知り、見落としたことを悔やむことしきり。
韓国ドラマでよく見る如意輪観音像の姿勢、単に休息しているだけなのか、何か思索にふけっている最中なのか気にはなる。
ありがたや 一巻ならぬ 法のはな 数は四萬部の 寺のいにしえ
二番札所への道は1.8キロほどの急な坂が続き結構きつい、それだけにやっと視界が開けたところにたどり着くと、疲れがどこかへ吹っ飛んでしまう。
山の上にある第二番真福寺にやっとたどり着く、本尊は聖観世音菩薩立像。
境内には梅や花桃の樹が植えていて美しい風情を見せてくれている。
長亭2年の札所番付には真福寺の名はなく秩父札所は33ヶ所であったが、その後この寺が加わり34ヶ寺となり、西国、板東あわせ百観音霊場となったという。
廻り来て 願いをかけし 大棚の 誓も深き 谷川の水
桓武天皇の孫の高望王が平姓をたまわり東国にくだったことは有名だが、弟の恒望王のことを知っている人は少ない。
恒持神社はその恒望王が祭神とされている。
ここの例大祭は秩父地方で最初に山車が出る春を告げるお祭りとして有名。
第三番常泉寺、本尊は聖観世音菩薩像。
熊谷宿玉井の名工、飯田和泉の作になる龍のかご彫りが有名で、鑑賞する人の跡が絶たない。
補駝落は 岩本寺と 拝むべし 峰の松風 ひびく滝津瀬
すぐ先のお止め橋から眺める横瀬川の渓谷が印象深い。
大わらじが掛けられた第四番金昌寺の仁王門に到着、本尊は十一面観世音菩薩。
境内内に入ると、数え切れないほどある石造群に思わず圧倒される。
天明3年(1783)の浅間山大噴火の際、関東一帯に火山灰が降り農作物が被害を受け大飢饉となり多くの死者が出たという。
住職が1000体石像安置を発願したところ、寄進が相次ぎ4000体集まったが、その後裏山の土砂の流失で大半が埋没し、現在では1300体程の数がある。
有名な子育て観音像、膝に抱く赤子に豊かな乳房をふくませようとする姿と、その満足そうな笑みとやさしいまなざしは、見る者の心を和ませる。
あらたかに 参り手拝む 観世音 二世安楽と 誰も祈らん
雄大な武甲山を眺めながら足を進めるうちに、第五番語歌堂に着く、本尊は准胝(じゅんでい)観世音菩薩。
この観世音をご本尊とする霊場は少なくて、ここと西国霊場の第十一番上醍醐寺の二ヶ所だけらしい。
父母の 恵みも深き 語歌の堂 大慈大悲の 誓たのもし
清浄な雰囲気に包まれた山沿いの道を登っていくと第十一番常楽寺が見えてくる。
秩父連山に沈む夕日をここから眺めると、ご詠歌のように素晴らしいらしい。
本尊は十一面観世音菩薩。
つみとがも 消えよと祈る 坂ごおり 朝日はささで 夕日かがやく
第十番大慈寺の参道にたたずむ、本尊は聖観世音菩薩。
参道の石段を登っていくと、楼門形のどっしりとした仁王門があり、中に木彫乾漆の非常に美しい仁王像が立っている。
ひたすらに 頼みをかけよ 大慈寺 六つの巷の 苦にかはるべし
しゃれた名前の御花畑駅のすぐ近くにあるのが第十三番慈眼寺、本尊は聖観世音菩薩。
秩父から江戸に嫁いだ娘が明暦の大火に遭ったが、絶望視される情況のなかで奇跡的に助かった。
娘は日頃から観音を信仰し、実家は慈眼寺の檀徒であったという逸話が残されている。
お堂の横には絵馬が掛けられているが、それぞれの寺に由来する話が浮世絵風の絵と共に描かれており、三十四札所にある絵馬に集中してお寺を回るのも面白いかもしれない。
薬師堂の隣にある経蔵の中を見学、奉納されている一切経の経典は見れなかったが、置かれている仏像は造りの立派なもので信仰あらたかな感じがする。
御手に持つ 蓮のははき 残りなく 浮世の塵を はけの下寺
秩父三十四札所巡り その3
秩父三十四札所巡り その1
四萬部寺(1番)→真福寺(2番)→恒持神社→常泉寺(3番)→金昌寺(4番)→語歌堂(5番)→常楽寺(11番)→大慈寺(10番)→慈眼寺(13番)
二日目は秩父市の東側丘陵沿いの巡礼道を歩く。
最初に訪れた札所は、第1番四萬部寺、本尊は聖観世音菩薩。
元禄年間に建てられた朱塗り銅ぶきの観音堂が美しい。
本堂正面欄間の地獄極楽の彫刻が必見ということを後で知り、見落としたことを悔やむことしきり。
韓国ドラマでよく見る如意輪観音像の姿勢、単に休息しているだけなのか、何か思索にふけっている最中なのか気にはなる。
ありがたや 一巻ならぬ 法のはな 数は四萬部の 寺のいにしえ
二番札所への道は1.8キロほどの急な坂が続き結構きつい、それだけにやっと視界が開けたところにたどり着くと、疲れがどこかへ吹っ飛んでしまう。
山の上にある第二番真福寺にやっとたどり着く、本尊は聖観世音菩薩立像。
境内には梅や花桃の樹が植えていて美しい風情を見せてくれている。
長亭2年の札所番付には真福寺の名はなく秩父札所は33ヶ所であったが、その後この寺が加わり34ヶ寺となり、西国、板東あわせ百観音霊場となったという。
廻り来て 願いをかけし 大棚の 誓も深き 谷川の水
桓武天皇の孫の高望王が平姓をたまわり東国にくだったことは有名だが、弟の恒望王のことを知っている人は少ない。
恒持神社はその恒望王が祭神とされている。
ここの例大祭は秩父地方で最初に山車が出る春を告げるお祭りとして有名。
第三番常泉寺、本尊は聖観世音菩薩像。
熊谷宿玉井の名工、飯田和泉の作になる龍のかご彫りが有名で、鑑賞する人の跡が絶たない。
補駝落は 岩本寺と 拝むべし 峰の松風 ひびく滝津瀬
すぐ先のお止め橋から眺める横瀬川の渓谷が印象深い。
大わらじが掛けられた第四番金昌寺の仁王門に到着、本尊は十一面観世音菩薩。
境内内に入ると、数え切れないほどある石造群に思わず圧倒される。
天明3年(1783)の浅間山大噴火の際、関東一帯に火山灰が降り農作物が被害を受け大飢饉となり多くの死者が出たという。
住職が1000体石像安置を発願したところ、寄進が相次ぎ4000体集まったが、その後裏山の土砂の流失で大半が埋没し、現在では1300体程の数がある。
有名な子育て観音像、膝に抱く赤子に豊かな乳房をふくませようとする姿と、その満足そうな笑みとやさしいまなざしは、見る者の心を和ませる。
あらたかに 参り手拝む 観世音 二世安楽と 誰も祈らん
雄大な武甲山を眺めながら足を進めるうちに、第五番語歌堂に着く、本尊は准胝(じゅんでい)観世音菩薩。
この観世音をご本尊とする霊場は少なくて、ここと西国霊場の第十一番上醍醐寺の二ヶ所だけらしい。
父母の 恵みも深き 語歌の堂 大慈大悲の 誓たのもし
清浄な雰囲気に包まれた山沿いの道を登っていくと第十一番常楽寺が見えてくる。
秩父連山に沈む夕日をここから眺めると、ご詠歌のように素晴らしいらしい。
本尊は十一面観世音菩薩。
つみとがも 消えよと祈る 坂ごおり 朝日はささで 夕日かがやく
第十番大慈寺の参道にたたずむ、本尊は聖観世音菩薩。
参道の石段を登っていくと、楼門形のどっしりとした仁王門があり、中に木彫乾漆の非常に美しい仁王像が立っている。
ひたすらに 頼みをかけよ 大慈寺 六つの巷の 苦にかはるべし
しゃれた名前の御花畑駅のすぐ近くにあるのが第十三番慈眼寺、本尊は聖観世音菩薩。
秩父から江戸に嫁いだ娘が明暦の大火に遭ったが、絶望視される情況のなかで奇跡的に助かった。
娘は日頃から観音を信仰し、実家は慈眼寺の檀徒であったという逸話が残されている。
お堂の横には絵馬が掛けられているが、それぞれの寺に由来する話が浮世絵風の絵と共に描かれており、三十四札所にある絵馬に集中してお寺を回るのも面白いかもしれない。
薬師堂の隣にある経蔵の中を見学、奉納されている一切経の経典は見れなかったが、置かれている仏像は造りの立派なもので信仰あらたかな感じがする。
御手に持つ 蓮のははき 残りなく 浮世の塵を はけの下寺
秩父三十四札所巡り その3
秩父三十四札所巡り その1