この盤は1948年5月3日のハンブルグでの演奏会録音というから、もう60年ほど前のことになる。
ここで聴かせるヌヴーの感動的な弾きぶりは、たんなる技巧とかありふれた解釈をはるかに超え、ブラームスのこの曲に対する思いと彼女の比類ない魂の表れが、私の胸に強く訴えかける。
フランス生まれ、パリ音楽院で学んだにもかかわらず、ドイツ的な魂の燃焼をひしひしと感じさせ、それが聴くものに何の違和感も感じさせないのが不思議なぐらい。
母親がヴァイオリン教師だったため早くからこの楽器を手にし、7歳の時にはブルッフの第一番を演奏会で弾いたという。
彼女が16歳でヴィエニアフスキー・コンクールで優勝した時、2位の青年は27歳のダヴィット・オイストラフだったというから驚く。
美人薄命の言葉にもれず、彼女は1949年10月にアメリカへ向かう飛行機の墜落事故で30歳の短い生涯を終えてしまう。
数少ない録音の中、これぞとっておきの名盤と心から言える貴重な一枚を遺してくれた彼女、あらためて冥福を祈りたい。
この盤は歴史的名演として神格化された存在だが、もう一枚のとっておきの名盤としてグリュミオーのものもあげておきたい。
この曲のベストファイヴを以下に挙げると、
・ジャネット・ヌヴー、ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、北ドイツ放送交響楽団 <PHILIPS>
・アルチュール・グリュミオー、サー・コーリン・デーヴィス指揮、フィルハーモニア管弦楽団 <PHILIPS>
・ミシェル・オークレール、ウイレム・ファン・オッテルロー指揮、ウィーン交響楽団 <PHILIPS>
・ダヴィット・オイストラフ、ジョージ・セル指揮、クリーヴランド管弦楽団 <EMI>
・ダヴィット・オイストラフ、オットー・クレンペラー指揮、フランス国立放送局管弦楽団 <EMI>
ここで聴かせるヌヴーの感動的な弾きぶりは、たんなる技巧とかありふれた解釈をはるかに超え、ブラームスのこの曲に対する思いと彼女の比類ない魂の表れが、私の胸に強く訴えかける。
フランス生まれ、パリ音楽院で学んだにもかかわらず、ドイツ的な魂の燃焼をひしひしと感じさせ、それが聴くものに何の違和感も感じさせないのが不思議なぐらい。
母親がヴァイオリン教師だったため早くからこの楽器を手にし、7歳の時にはブルッフの第一番を演奏会で弾いたという。
彼女が16歳でヴィエニアフスキー・コンクールで優勝した時、2位の青年は27歳のダヴィット・オイストラフだったというから驚く。
美人薄命の言葉にもれず、彼女は1949年10月にアメリカへ向かう飛行機の墜落事故で30歳の短い生涯を終えてしまう。
数少ない録音の中、これぞとっておきの名盤と心から言える貴重な一枚を遺してくれた彼女、あらためて冥福を祈りたい。
この盤は歴史的名演として神格化された存在だが、もう一枚のとっておきの名盤としてグリュミオーのものもあげておきたい。
この曲のベストファイヴを以下に挙げると、
・ジャネット・ヌヴー、ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、北ドイツ放送交響楽団 <PHILIPS>
・アルチュール・グリュミオー、サー・コーリン・デーヴィス指揮、フィルハーモニア管弦楽団 <PHILIPS>
・ミシェル・オークレール、ウイレム・ファン・オッテルロー指揮、ウィーン交響楽団 <PHILIPS>
・ダヴィット・オイストラフ、ジョージ・セル指揮、クリーヴランド管弦楽団 <EMI>
・ダヴィット・オイストラフ、オットー・クレンペラー指揮、フランス国立放送局管弦楽団 <EMI>