毎日が観光

カメラを持って街を歩けば、自分の街だって観光旅行。毎日が観光です。

やっちゃっいました

2010年08月27日 01時31分30秒 | らくがき
10年前、山手線で寝てしまい、寝方が悪くて右手が麻痺したことがありました。そして昨晩、自宅で寝てんのに、やっちまいました、今度は両腕麻痺。前回は10日ほどで回復したのですが、今回はどうか。マウスが使えないのでパソコンがだめなので更新減ります、ごめんなさい。
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チョコレートファイター

2010年08月25日 22時56分12秒 | 映画


 あ、やばい、と思ったのは、主人公がマーブルチョコをポイポイ口に入れるところ。ああ、この子悲しい、こんな悲しいヒロインを造形させた奴ら、罪作りだ、悲しいじゃないか、と。
 ヒロインは日本のやくざ(阿部寛)とタイ人女性との間に生まれた女の子。生まれつき知能に障害があって、まともに口がきけないのですが、動物的と言っていい反射神経と動体視力、そして格闘技へののめり込みで、ものすごいファイターになります。かわいくて細っこくて、でも幼児のような会話しかできなくて、ハエが出るだけでパニックになるのに、めちゃくちゃ強い。ある種アニメです。その極端さは、まるでアニメのキャラのようです。
 そして一部のアニメのように、残酷です。
 病名には直接触れられていませんが、母親がガンに冒され抗癌剤の副作用でしょう、髪が抜け落ちてる姿を見ると泣き叫び、自分も髪を切ってしまうなど、彼女の幼児性をこれまでかと描写するのです。その幼児性と格闘、この二つの幅をこの映画は描きます。
 そしてある夢を見た後彼女は覚醒します。それは悪意に満ちた世界を敵に回すことと同義でした。この覚醒の後、彼女は初めて叫ぶんです。それは、何かに目覚めた叫びでした(何かは映画を見てください)。
 この後の彼女のアクションシーンは出色です、ほんとうに。すごい。
 で、その後、障害者同士の一騎打ちになるんです。どっちも何か障害を負ってるが故の悲しい強さ。こんなシーンは今まで見たことがありません。
 そして最後のクライマックス。CGなしでこれですか。これ、すごすぎませんか。人死んでませんか。
 キャラ立ちもいいし、素晴らしい映画でありました。

 P.S.最後の歩くシーン。あれ、ずるい。泣くに決まってんじゃん。あれ。あとエンドロールのNGシーン。普通NGシーンって笑うとこじゃないですか。このNGシーン、一切笑えません。こんなNGシーン集見たことありません。主人公の女の子を含めて、必ず誰かが流血しているNGシーンって。ここで言われるNGって、芝居を失敗したからじゃないのね、映画としてまずい部分のことなのね、と。ヒロインの手から刺さったガラスを抜くなど、血とケガを冷やすための氷がこれほど登場するNGシーン、初めてです。
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伊東

2010年08月25日 17時24分46秒 | 観光
 熱海から伊東行きの電車に乗る。伊豆急と相互乗り入れしているので、東京で見かける私鉄車両も走ってる。熱海を出ると線路は単線、雰囲気やよし。
 駅から海まで歩いて5分。



途中のコンビニでお弁当とビールを買って海岸に。



 海を見ながらビール飲みながらお弁当食べながら、ピチカート・ファイヴをウォークマンで聴いて、なんとも言えない、いい気分。
 おい、案外天国って近くにあるもんだな、と「図鑑に載ってない虫」のセリフを思い出す。


 しばらくこんな写真を撮ったりして、歩いていたら海の家の呼び込みのアンちゃんに、思いっきり気の良さそうな声で「いい娘撮れたかい?」と聞かれた。音がするほど落ち込む。え、なに? 俺、そんな風に見えているわけ? 盗撮男風か?
 男一人で首から一眼レフだからそう見えただけだよ、などと落ち込む心を何かと励ましながら駅に戻る。俺はなぜ、伊東まで来て自分を慰めてるんだ?
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熱海

2010年08月24日 18時17分22秒 | 観光
 結局、伊東行きの一本前の電車に乗って、熱海で時間調整することにした。
 小田原を出て少し行くと左手に海と高速道路が見える。大きく右にカーブを切りながら登っていく高速道路を懐かしげにぼくは眺める。いつだったか、あのカーブの先にいっぱいに膨らんだ未来を予感しながら車を走らせた。現実はそうでもなかったし、実際、一緒にあの先を見つめた隣の女の子はもうどこにもいないけれど、でも、未来は実現することよりも、まず、そんな未来を思えること自体が幸せなのかもしれない、と今では思う。
 読んでる東浩紀の「クォンタム・ファミリーズ」と内容がかぶる。旅に出ることは面白い。現実と、読んでいる本の内容と、自分の来し方がいろいろ混ざって、家で読書するのとは違う模様を描く。

「人間は、現実と非現実のあいだ、複数の世界が交わる水準に位置するメタ物理的(メタフィジッシュ)な存在である。石は並行世界をもたない(ヴェルトロース)が、人間はたえず並行世界を作り出している(ヴェルトビルデント)。だからこそ、人間はつねに、並行世界からの干渉が要請する反実仮想の想像力、「できたかもしれない」という罪(シュルト)の意識に苛まされるのだ」東浩紀「クォンタム・ファミリーズ」

 熱海。懐かしい街。初めてスマートボールをやった街。そして今まで熱海以外でやったことのないスマートボール。

 閉店してしまった店には一枚の張り紙があった。
「突然の閉店ごめんなさい。熱海を愛し旅行にいらっしゃいまして、その都度のご来店本当にありがとうございました。心より御礼申し上げます」決して名文ではないとつとつとした文章が何か悲しい。人間がつかの間の存在であることをぼくたちはわかりつつも、何十年の人生というスパンに対して、あまりにもつかの間の存在であることに戸惑う。


 駅前に足湯があった。
 足湯は最近のものだろうけれど、懐かしかったのは、このSL。このSLの中で小学校低学年のぼくと、幼稚園に通っていた弟が二人してひょっとこのような変な顔をして映っている写真があった。ずっと忘れていたのに、このSLを見て急に思い出す。
 おい、なんだ、東海道線でこんなに過去を回帰しているのは、なぜだ。
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小田原

2010年08月23日 22時17分33秒 | 観光
 「エグザイル絆」における男同士のワイワイキャッキャとわたくし、というお題はちょいとおいといて、本を読みに電車に乗ったお話を。最近、暑いじゃないですか。上がらない読書モチベーションをアゲるために、青春18で電車に乗ってきました。あ、ここでご説明をば。わたくしaquira東京在住46歳にとって、最高の読書場所は電車の車内なんです。そんなわけで東浩紀「クォンタム・ファミリーズ」と森見登美彦「きつねのはなし」、この2冊をリュックに入れて電車に乗ります。本当は、福島県会津柳津の圓蔵寺に行きがてらの読書旅にするつもりが案の定寝坊。列車の本数が少ないので、ちょっとした寝坊は命取り。だもんで、目的のない読書旅。こういう場合はですね、列車の本数が多い東海道線がお勧めです。
 池袋から大船行きの湘南新宿ラインに乗り(混んでる!)、戸塚で小田原行きに乗り換えます(大船でも乗り換えられるんですが、戸塚だと向かいのホーム、大船だと一度階段を昇り降りしないといけないので)。小田原からそのまま熱海行きに乗らず、30分後の伊東線に乗ろうと小田原下車。
 駅ビルにあったパク森カレー小田原スープカレーという、市ヶ谷のパク森カレーが北海道発信のスープカレーを、というどう考えても「小田原」には関係ないだろうという本場感ゼロのお店にツッコミを入れつつ、小田原見物。


 小田原駅近く。
 何度か小田原に行って、この街がすごく気に入ってて、なにしろ海あるでしょ、山あるでしょ、街並みは風情あるでしょ。ウメ子さんにも何回か会いに行ったし。
 そして、なんだか小田原でいろいろ過去に思いをふけってしまったのでした。



 前にアサヒビールの工場見学(飲めます)に行こうとこの大雄山線に乗ったことがあった。一緒に行ったガールフレンドが売店を物色し始めたので、何買うのと聞いた。
「え、ビール」
「きみさ、われわれがどこに行くか覚えてる?」
「ビール工場」
「で、何買うって?」
「ビール」慌てて付け足す彼女。「いや、ほら、電車に乗るからビールくらいあった方がいいかなって」
「で、われわれはどこに行くんだっけ?」
 あの夏も暑い夏だったなあ。絲山秋子の「妻の超然」を思い出しつつ、小田原から伊東行きの電車に乗る。
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そのオレンジ、魔性の女

2010年08月19日 17時28分07秒 | らくがき
 ツイッター上でサッカー好きが集う内、実際のオフ会が開かれたり、一緒に観戦したりするようになりました。日曜日名古屋から大宮サポの通称「おおみやくん」が観戦に来るというので、恵比寿で飲み会が企画されました。
 で、たまにはよそのチームの試合を見に行くのも楽しいか、と「おおみやくん」と一緒にNACK5へ。いいスタジアムです。


 入場ゲートでは、アルディくんとミーヤちゃんが浴衣姿でお出迎え。いいなあ、女子キャラ。マリノスのキャラって、マリノスくんとマリノスケ、そして隠れキャラのワルノス、全員男。女子キャラと男子キャラがいるとね、マスコット世界にストーリーが広がるんですよ。

 広場では試合前にマスコットとのふれあいショウ。

 水鉄砲でアーチを作ってその中を子どもたちがくぐったり、ミーヤちゃんがいい感じにアルディくんの股間狙って水鉄砲発射したり(何をやってんだ)。



 踊りのあと、疲れて倒れるアルディくんに駆け寄るミーヤちゃん。助けるとおもいきや、トドメを刺そうとのしかかります。熊谷じゃ、ニャオざねにキスしちゃうし、魔性の女ぶりを存分に発揮してます。

 試合後、恵比寿のホルモン鍋屋さんへ合流。ぼくの姿を見て、みんなが驚きます。そこにいたマリノスサポの女性は、ほとんどぼくの胸ぐらつかまん勢い。おおみやくんがぼくの分までユニ持参してくれたので、大宮ユニで登場しちゃいました。「裏切り者」とか「魂を売った男」だの言われつつ、右手を見せて火に油を注ぎます。


 スタジアムで貼ってもらったミーヤちゃんのシールタトゥ。子どもたちが並んでる後ろに子連れじゃなく一人で並ぶ蛮勇。
 恵比寿は久々に朝までコース、前日に前橋まで自転車こいで、その日はサッカー観戦の挙句の徹夜。たぶん、若い頃より体力あるんじゃないか。
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トイ・ストーリー3

2010年08月13日 00時20分26秒 | 映画
 なんなんでしょうね、ピクサー。
 もうね、ふざけんな、ですよ。いい年こいた親父が映画館の中で大号泣ですよ。おさえきれないんですよ。
 実は「トイ・ストーリー2」があまり面白くなかったので、観に行くつもりはなかったのだけれど、周囲の評判がよすぎて、つい観に行ってしまったのが失敗でした。場内が明るくなった時の辱め。「あのおじちゃん壊れちゃったの」的な子どもの視線を感じながら、ぐすぐすしながら這々の体で映画館をあとにしました。
 偉大なる「トイ・ストーリー」サガが、15年間かけて物語られた円環が閉じる、ああ、終わってしまう、もうこいつらに会えないんだ、こいつらの新しい話を見ることができないんだ、という一つメタな部分での感動もあったのですが、それ以上にこの話のできがよすぎます。
 アニメーション技術の素晴らしい点もいっぱい感じました。でも、それ以上に脚本ですよ、物語です。
 子どもが観ても十分楽しめる敷居の低いエンターテイメントでありながら、それが内包している成長と別離、絶望、絶望を前にした………などなど。また描写にしても、キレイキレイじゃありません。モンキーやベイビーの描写にはある種の狂気やいびつささえ感じます。
 語るに足る内容が凝縮した映画ですが(それこそ失業や役割の喪失など)、まだ余韻に浸ってしまっていて………。
 できたら吹き替え版ではなく、字幕版をおすすめします。今回初めて字幕で見たのですが、所ジョージってすげえ下手だったんだと改めて納得しました。
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大甕

2010年08月11日 20時07分11秒 | 観光
 去年写真を撮りにやって来て、すっかり魅了されてしまった大甕。いい風情の町です。その一方、駅の裏側に茨城キリスト教学園の広大なキャンパスがあるせいで、ひなびたいい風情の割には若い男女が一杯いるのも面白い。本当は大甕神社について書こうと思いながら、もう少しいろんなこと調べないといけないことに気付いてしまって。とりあえず、今日は町の写真でお茶を濁そうか、と。


 勝田駅で常磐線を乗り換えるのだけれど、その乗換の間にひたちなか海浜鉄道を見に行く。かわいい。おまけに車体中、近所の小学生たちにやらせたのか、落書きだらけ。一瞬、ミラノで見た落書き電車を思い出したけれど、あんなにヤサグレたものではないようだ。
 なわけで、勝田から大甕へ。





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夏の思い出

2010年08月03日 23時04分38秒 | らくがき


 ぼくたちはよくドライブに出かけた。
 でもドライブに出かけると彼女はたびたび苦情を言った。
 なぜ、横にいるわたしを見ないのだ、と。
 だって、ぼくは運転してるんだよ、前を見なきゃ。
 それにしても前を見すぎだ、と。。
 今になればわかる。免許を取ったばかりで緊張しているぼくと彼女の父親とでは運転の作法も違ったのだろう。
 ええい。
 彼女はかけ声を出した。
 なんだと思って見たら、彼女がフロントガラスに顔を突き出してる。
 ほら、ご覧なさい。フロントガラスに鼻油つけちゃったわよ。
 さあ、信号で止まったときくらいこっち見なかったら、なめくじの這い跡みたいにこの跡が延々続くわよ。海に着く前にフロントガラス、べたべたよ。
 威勢よく言い放つ彼女に疑問を感じる。「いったい、きみは何者くんだ?」
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古川日出男「サマーヴァケーションEP」

2010年08月01日 20時19分20秒 | 読書
 春休みよりも冬休みよりも、身体性は夏休みと仲がいいと思います。身体性と夏休みが仲良く肩を組んで赤羽で飲み歩いている姿をよく見かけたりもんです。この間九十九里に行ったときは、ビキニを着た若い女の子の肉体に圧倒されました。なんというか、むき出しの身体性。思わず、西東三鬼の「恐るべき君等の乳房夏来る」の句が浮かびます。その身体性は圧倒的だったのだけれど、不思議にエロティックじゃなかった、おじさんは、君たちの若さはすでに異物としてしか感じられないんだよ、そう思うと少し哀しくもなりましたが、よろしく哀愁。
 また、夏の持つ身体性は露出度の高さだけじゃありません。
 夏は身体を用いたアクティヴィティと仲がいいんです。冬や春よりも、実際に身体を使って何かをやろうと(本当はやらないにしても、だ)思わせる、そんな季節です。
 そしてこの高い気温は人の体臭を誘います。

「いまは夏です。とても暑い、夏です。けれども僕にはぴったりです。暑いと、人の匂いがわかるからです。体臭は一人ひとりちがいます。だから僕は、そういう匂いで、助けられます。夏に助けられます。
夏が僕を助けるんです。匂いをいっぱいにして」

 主人公は生まれつき人の顔を認識することができません。概念として口が一つ、鼻が一つ、目が二つなどはわかるけれど、そうした数の概念では個体を識別することはできない。だって、パーツの数で言えばぼくは麻生久美子と一緒なわけで、それは顔としての情報としては失格なわけです。
 主人公はその日初めて「ホーム」から自由行動を許されます。彼にとって初めての自由行動は冒険です。つまり、夏のある日、彼は冒険に出かけるわけです。
そこで訪れた井の頭公園。主人公はその池が神田川を経由して、隅田川となり海につながっていることを知ります。
 たまたま知り合った永遠の夏休みに憧れるウナさん、自殺したカネコさん、弁天池でボートに乗ったので呪いがかかってしまった、なんでボートになんか乗ったんだよと騒ぐイギリス人とそんなの知らなかったんだもんと応じないへそ出しルックの日本人女性のカップル、彼らと冒険を共有しに、井の頭公園から海まで歩こうと。そんなふうに、夏の旅が始まります。
 変な話でしょ。でも、ぼくはわかる。川があって、それが海に続いていたら、海に行きたくなるでしょ? ならない? なるって。だって、川だよ。で、それが海につながってるんだよ。ほら、行きたくなったでしょ? 歩いてでも自転車でもいいけれど、自分の脚で行きたくなるでしょ。で、そんな風に海に行きたくなる季節を人びとは夏と名づけたんです。一年の内で一番暑い季節を夏と呼ぶんじゃないんです。本末転倒なんです。自分の脚で旅に出たくなる季節、それが夏なんです。たまたまそれが暑かっただけなんです。言ってることのほぼすべてがむちゃくちゃであることを自覚しつつ、話を進めます。
 あ、あと経験則で言うと、井の頭公園の池でボートを漕ぐと別れるという伝説は本当です。というか、ぼくの経験では、ボートを漕がなくてもいずれ別れるという、諸行無常の響きが結構なビートで刻まれています。そのへんの諸事情は私生活暴露ブログではないので、この辺で。
 さて、ここからはこの旅の醍醐味、川と電車と地形とが出現してきます。


「かわりに、川が沈んだわけだ」とウナさんは言います。
「そうか」とカネコさんが答えます。「そうとも言えるね。レールが地面とおんなじ高さになって、神田川のほうは、こんなふうに何メートルも、あたしたちのいる地面より、下、流れるようになって」
「うん、下な」とウナさんが応じます。「沈んでね。もう、どんどん地形が変わる。地形、だよね?」


 GAKKENから出版された「JR東日本全線鉄道地図帳」というDVD付きMOOKがあるんですけれど、川と鉄道と地形の高低差ってものすごく面白いんです。とりあえず、ぼくの持っているのは第1巻の「東京編」なんですが、線路って川と一緒なんだな、と実感します。ジブリ映画「千と千尋の神隠し」では川は龍(=翁=童子)として表されていました。巣鴨の江戸橋から下を走る電車を見ていると、まさに鉄道は川であり、そこをうねりながら猛スピードで走ってくる電車は現代の龍のように見えます。そんな実感はこの本にもあって、


「―――線路は電車の川だなあって思います。僕たち、いろんな線路を見てきたんです、ここまで。いろんな電車が通過するのも。だから、これも神田川に交差したり並行したりする、いろんな川の一つだって僕は感じるんです」


 途中、さまざまな出会いと別れを経て、主人公とウナさん、カネコさんは進んでいきます。そして夏の一瞬が永遠と化すんです。


「時間が氾濫しているのがわかります。
時間があふれて、永遠なのがわかります。
それが僕たちの夏休みなのがわかります」


 時間は永遠ではありません。そんなことは誰もが知っています。だけれど、永遠に残る時間というものは確かにあります。そしてそういう時間を持っている人を幸せな人と呼ぶんです。お金じゃありません、地位でもありません。もちろん、お金があっても、地位が高くても構いません。問題はそういうことではなくて、永遠の時間と呼べるものをあなたは経験したことがあるか、ということです。主人公たちの旅は小さな旅です。東京から一歩も外に出ていません。だけれど、その旅で彼らは永遠の時間を一つ手に入れました。
 そんな素敵なサマーヴァケーション。2010年夏、ぼくのサマーブックです。
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