毎日が観光

カメラを持って街を歩けば、自分の街だって観光旅行。毎日が観光です。

多摩湖

2009年05月29日 17時49分52秒 | 観光
 秩父から帰って、ちょっと脚のハリがあったので、軽く流して来ようと一般道をちんたら走ることに。サイクリングロードへ行くとどうせまた馬鹿みたいに走り切っちゃうので、一般道を30kmほど走って、往復60kmくらい走ってこようと出かけた。
 江戸川など東に行くことが多いので、今回は西へ向かう。
 あてどなく新青梅街道を30kmほど進む。


 すると多摩丘陵が見えてきた。
 トトロのいた森のあたりだ。
 じゃ、その森をかすめて東に帰ろうと北上すると、出会ってしまったのが、これ。


 多摩湖自転車歩行者道。長いよ、名前。
 案内図を見ると、全長20kmで、ここがこの自転車歩行者道(めんどくさいので以下は自転車道)のちょうど中間ポイント。ここから西へ多摩湖を一周する形で10km、そして東に10km。帰るんだったら東に10kmなんだけれど、でも、ま、とりあえず、全線走っておきたい、と西へ。
 適度なアップダウンがあって、なかなか楽しい。アップって言っても、秩父みたいなもんじゃない。アウターのまま登って行ける。


 結構なラブホテル街なのだけれど、こんな誰も来なそうな場所でパイを取り合って営業できるんだろうか、と余計な心配をしてみる。すると、案の定ポツポツと廃ホテルが。
 廃墟マニアっているけれど、ぼくにはとてもできそうにない。こんなとこ忍び込もうって、すごいよ、きみたち。それにしても、廃墟って、とくに病院とラブホテルが恐い気がする。
 死と性の繰り広げられた場所が朽ちると、とんでもない気が漂うものなのか。


 西武ドームを横に見て、西武園ゆうえんち横の多摩湖の展望ポイントが終点。
 このあと東にこの自転車道を進むんだけれど、東側はストレスたまりまくりの道。とにかく走りにくい。西武線に沿って道があるので、人が多い。自転車は並走するし、子どもは予想不可能な動きを見せるし、一般道との交差は多いし。おまけにいつの間にか道は南下して三鷹のそばまで来ちゃうし。さんざんであった。
 さらに輪をかけてさんざんなのは、ぼくの方向感覚。南下しすぎたと思って、北上したら、今度は大泉学園まで出ちゃって、挙げ句の果て、埼玉の新座に。
 結局帰ったら90km以上走ってて、当初の筋肉のハリをとるという目的はすっかり後退してしまってる。
 やれやれ。
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御成橋のポピー

2009年05月28日 20時10分48秒 | 観光
 そんなわけで先日また加須までうどんを食べに行った、その途中、御成橋での写真。今回は眠いので口数が少ないんです。


 川幅が2.5kmって、揚子江かよ、とひとしきり突っ込む。河川敷まで含むのでこの数字になるんだそうだ。


 橋の下には、麦畑と今を盛りに咲き誇るポピー。
 最初、あれ、コスモス? と思ったわたしの季節感の壊れ方が悲しいですね。


 うどんを食べに行く目的があるので、下に降りずにズームで寄る。
 やっぱり、ちゃんと降りて行けばよかったなあ。

 そんなわけでおやすみなさい。ねむう。



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秩父3

2009年05月27日 14時43分33秒 | 観光
 山場であった峠をこなし(そんな簡単にできたわけじゃないんだけど)、あとは秩父へ下るだけ。
 なんだけど、路面は荒れてるし、対向車は結構多いし、おまけにスピード抑制のために突起状の障害が設置されてるし、なんだか気持ちのよい下りではなかった。


 眼下に広がるのが秩父の街。あそこまで下ってく。


 ひとしきり下って武甲山が目にはいると、ああ、秩父に来たんだなあ、と実感する。
 セメントのために削られてしまったけれど、いい山だ。

 途中、道の駅ちちぶで休憩と軽食。
 前に吉見の道の駅でうどんを食べてあまりにおいしくてびっくりしたんだけれど、今回もやってくれました。


 これ、立ち食い蕎麦っすよ。
 星の入った見た目も美しいお蕎麦。
 すするとのどごしがよく、またコシもしっかりしてる。
 恐るべし、埼玉の道の駅。


 それに引き換え、駅で食べたやきとりのまずかったこと。
 これ、胸肉じゃん? ぱっさぱさだもん。
 東松山をはじめとして、北埼玉の焼き鳥は味噌だれ。これも胡桃味噌だれ、ということなんだけれど、それよりも肉そのものに問題あり。

 帰り、6時25分秩父発のレッドアローに乗ったんだけれど、焼き鳥に続き、これも大失敗。駅のロータリーに次から次へとゴルフ場のマイクロバスが乗り付け、大量にゴルファーを降ろしてく。
 一気にあたりが煙草臭くなり、電車に乗り込めば、酒を飲み、大声で宴会。
 思わず、「少し静かにしてくんないか」と頼んだんだけれど、しばらくするとまた大声。うーん。
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秩父へ2

2009年05月26日 11時53分18秒 | 観光
 自分の身体を過信していた。
 今回のぼくの最大の落ち度は、自分の身体は自分が出会う最初の他者である、という視点を欠落していたことだ。そう。ぼくの身体はぼくにとっての他者なのだ。ぼくの思うがまま、うまくいくわけがないのだ(それと同時に自分の身体は自分が出会う最初の自然でもある。そして最初に出会う死者は、もしかしたら月かもしれないって、エリアーデっぽすぎ?)。
 今回、白石峠を登っていて気づいたのは、自転車をこぐのは脚じゃないってことだ。
 脚だろ、当たり前に? という人、わかる。ぼくもそう思っていた。だって、自転車、ペダルこぐのは脚だもんな。そして競輪選手なんて、樹齢何千年の杉の木みたいな脚してるもんな。
 でもね、違うんだ。競輪って、短距離を力強くペダル踏んで走っていく、無酸素運動なんだ。あれは、1分もつかどうか、ある意味ギリギリ命削って勝負をしてる。陸上の短距離も一緒。筋肉で突っ走ってく。
 それに対してロードレースや陸上のマラソンは有酸素運動。酸素を取り入れて、その燃焼力で走る。その場合、一番大事なのは、脚よりも、その酸素を燃やして、エネルギーとして循環させる、心臓と肺、この二つの器官。橋本聖子とQちゃんの脚を比べてみればよくわかる。
 この二つの器官をいかに鍛えていなかったか、如実に露呈しました。もう、心臓ばくばく。汗だくだく。ほっぺがものすごいほてりよう。頭から何度も水を浴びるんだけれど、一向に冷えない。熱い(誤字じゃないよ、暑いんじゃなくて、熱いんだ)。ボトルの水を頭に浴びせると、ジュッって音がする感じ。
 普段、距離走っているんだけれど、何一つ鍛えていなかったんだなと痛感する。
 足をつく。さすがに押して登ろうとは思わないけれど、足をついた段階で、この峠に負けた。
 完敗だ。悔しい。


 足をとめて休んでいたら、ハングライダーが飛んでいた。高さが高さだけに、恐いよなあと高所恐怖症のぼくは思ったんだけれど、考えてみたら、自分が登ってきたところより下を飛んでる。飛んでる人を見上げることはあっても、下方に見ることは珍しいよなあ、とちょこっと感心。きみは自分の足でここまで登ってきたんですよ、素晴らしいじゃないですか、と褒めて育てる先生気分で、自分を励ます。


 何台ものバイクや車に抜かれながらも、ようやく峠に到着。
 この峠は出足がきつく、あとになると多少楽になる。R.シュトラウスが、最初の音で聴衆をとりこにしちゃえ、って言ってるのを思い出す。最初がきついと、延々これが続くのか、と峠に対して恐れをなしてしまうんだな。でも、最後の2kmくらいはたいしたことなかった(負け惜しみ)。

 登ってるときはさ、もう二度と来ない、こんなことやってなんになるんだよ、馬鹿じゃないか、いや、馬鹿だ、こんなこと二度とやるもんかと思っていたんだけど、たぶんまたやるんだろうな。
 標高760mくらい。白石峠にまたチャレンジしたがってる自分がとても不思議。
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秩父へ1

2009年05月25日 11時40分48秒 | 観光
 2年前ロードバイクを買ってから、秩父には3度来てる。
 初めて行ったのは、ロードバイクを買って乗り回すようになってから4ヶ月経った一昨年の夏。峠はパスして、おっかない正丸トンネルをびくびくしながら進み、秩父にいたった。
 その次はロードバイクに乗って1年後、去年の春。このときはトンネルを使わず、正丸峠を登って行った。1年で多少力がついたのか、一度も足をつくことなく正丸峠をクリアできた。
 3度目は去年の夏。このときは国道沿いを進んで、和同開珎の遺跡などを見物しながらの旅程だった。
 もう1年近く自転車で行ってない。
 そろそろ体内の秩父が足らなくなる頃なのだ。
 よし行こう。こないだ、宣言しちゃったし。
 ただ毎回行く方法を変えているので、今回も新しい道にチャレンジ。

 いつものように荒川を北上。鳥羽井沼で荒川を降りて一般道へ。

 鳥羽井沼近くの麦畑。そう、埼玉のうまいうどんを支えているのは地元の小麦なのだ。
 ここから一般道を少し走り、川島こども自然動物園自転車道へ。


 不敵な山の姿が見えてきた。秩父はあの山々の向こう。
 ということは、あれを越えなきゃなりませぬ。
 なんだか急にお腹が痛くなりました、と自分に言い訳したりしてみる。今日はやめて帰りましょう、などと言ってみる。自分に嘘はつけない、なんて青春ヒット曲みたいな理由であえなく却下。でもさ、嘘なんて自分につかなきゃ、誰につくんだよ。
 自分なんてもんを実体として考えるから、いろんな無理があるんだよ、とか、山と関係ないことをつらつら考えて自分に嘘をつく。じゃなきゃ、登んないよ、あんなの。


 いよいよ峠の出発地点、都幾川へ。
 途中見かけた、由来を聞きたいような、聞きたくないような橋。
 暑さでちょっと頭痛はするけれど、足は回ってる。今日は都幾川から白石峠、定峰峠を経て秩父へ行こうと思う。
 すべてはジロ・ディタリアのせいだ。
 毎日のように繰り広げられる世界のトップ選手たちの山越えを見ていて、自分も走りたくなってしまったのだ。ウィンブルドンを見ながら、素振りするような気持ちだ。


 三波渓谷。
 このあたりから北へ行くと三波石が有名なんだけれど(鬼石とか上野村スカイブリッジとかのあたり。ぼくは将来そこら辺に住みたいなどと思っていたりもする。でも、その一方で引退したら沖縄という気持ちも)、たぶんこれもその石の露頭なんじゃないか。
 登りはまだ訪れないから、気持ちに余裕がある。
 走り出して84km。ようやくふてぶてしい上り坂に出会う。こんなの登るんですか?
 登る前から逃げ腰のぼくに、坂は否応なしに襲いかかるのであった。
 次回、「毎日が観光」、「110kmのうち、たった6km登るだけで印象ってずいぶん違うぞ」の巻をよろしくお願い致します。
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TJライナー

2009年05月20日 10時40分41秒 | 観光
 鳥羽井沼からコンパスを頼りに西に向かう。
 走る内に、あたりから人家が消え、通る車もまれになってくる。
 自転車のチェーンの音と鳥の声だけ。
 少し心細くなる。
 なんだか秩父へ行くのも面倒になってきたので、標識に従って越生へ。越生というと梅林が有名だけれど、もちろん季節はずれ。でも、街はちょっと面白かった。それにロードバイクを駐輪するためのバーがついた豆腐屋さんや相変わらず立ち食いっぽい佇まいのくせに手打ちのうどん屋さんだのがあり、ちょっと一癖あって楽しい。
 さっき心細くなったときに、見かけたコンビニで食事を済ませてきたことを激しく後悔する。
 結局越生駅から輪行で帰る。今日の走行距離は、だから90kmほど。
 花も散り 梅なき郷に 初夏きたる


 JRの自動販売機なのに東武線の切符も買える。こんなの初めて見た。

 越生からは直接池袋には帰れない。東武越生線で坂戸に出て、そこから東上線に乗り換える。


 坂戸で乗り換えた東上線。おお、こんな電車初めて!
 ああ、以前ニュースで聞いたことがあった、TJライナー。池袋発だと着席整理券を買わないと乗れないんだそうだ(上りは同じ車両で快速急行という名前)。
 坂戸から乗ると、停車駅は川越市、川越、志木、そして終点池袋とかなり快速(どんな日本語だ)。
 越生は面白そうな街だったし、東武線の快速急行に乗れたし、収支としてはまあ、よかったかなの一日でありました。
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鳥羽井沼のルピナス

2009年05月19日 20時08分04秒 | 観光
 なぜだろう、我ながら自分がいやになる、とサイクリングロードで悲しい気持ちになってしまった。なんというか、我ながらあきれる、という程度のことはしばしばしでかすのがわたくしクオリティなのだが、悲しくなる、というのはさすがに少ない。
 その日の朝、なぜだか久しぶりに秩父に行こうと思い自転車を漕ぎ始めた。風は追い風、るんるん(って死語だな)気分。40km走って上江橋を渡り、次の入間大橋で入間川サイクリングロードへ入るんだな、と気持ち確認したのに、まんまと入間大橋を通り過ぎ、ホンダエアポート付近で、おや? と思う。
 悲しい気分に捕らわれていても、仕方ない。鳥羽井沼でサイクリングロードを降りて西に向かって走ってけば秩父の方へ行くだろう。
 で、鳥羽井沼で今がさかりと咲いていたルピナス。



 花きれいだったし、ま、いっか。



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うどんのあと

2009年05月18日 01時04分43秒 | 観光
 うどんを食べたあと、なんだか気持ち悪くてどうにもならなくなって、あ、これは熱中症なんだな、と気づきました。なにしろ太陽が暑い。頭痛と吐き気が襲ってきます。
 こんなとき、致命傷だったのが、冷やしたぬき。あの揚げ玉が最終兵器のようにぼくを襲います。とにかく屋根があったら入る。


 加須未来館。
 子どもたちとパツパツのサイクルジャージを着たロードレーサーたちが共存するたぐいまれな場所。
 ここら辺で育った子どもたちはわれわれロードレーサーを差別したりしないかもしれない。
 とりあえず、ここで水浴び。かなり熱中症でやられてる。



 渡良瀬遊水池。
 ここに関してはいろいろ言いたいこともあるんだけれど、今回はパス。
 それより近くにある道の駅で水補給。
 頭から水をかぶってジェニファー・ビールズ状態(って、知ってるかい?)
 いや、とにかく、それくらい頭を冷やさないとどうにもならなくなってしまう状況。
 渡良瀬遊水池を右に見ながら、川をさかのぼる。



 渡良瀬川河川敷のグライダー場。
 もう、この頃、実はふらふら。
 水飲み場はないし、太陽は苛烈だし、どうにもこうにもブルドック、ワオみたいな状況。 最終目的地は、ここから30kmほど上流の新桐生なんだけれど、もうリタイア。
 ぼくの足を止めたのは冷やしたぬきの揚げ玉。あれが最後まで、胃と食道の回りを行ったり来たりしていた。揚げ玉恐るべし。夏(あるいは夏に準じる季節)に揚げ玉は禁物だよ。
 汚い話だが、揚げ玉は走りながら吐いた、幾度となく。
 揚げ玉が悪いのか、熱中症が悪いのかはわからない。
 結局、目的地に達せず、足利市でリタイア。走行距離140km。まだまだ足があったのに、残念な結果でした。  
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新川うどん店

2009年05月15日 08時45分37秒 | 食べ物
 いつもの通り、荒川サイクリングロードへ。約10km走り、サイクリングロードを降り、国道6号線を約7km進んで江戸川サイクリングロードin。ここから江戸川を北上。北上すること約45km。利根川サイクリングロード着。
 コンビニで食事と黄金色の発泡する液体を買って利根川沿いで食べるという黄金パターンも存在するが、今回はひと味違うのである。利根川を20km近く走って南に戻り、加須市内へ。加須。これ、「かぞ」と読む。

 加須は関東の讃岐と言っても過言ではないうどんのメッカなのだ(あと、こいのぼり)。
加須市のページにも「加須といえばうどん!」と銘打たれ、市内の手打ちうどん店30店ほどのうどんマップがあるほか、埼玉県のページにも彩の国のうまいものとして加須のうどんが紹介されている。加須はうどんの街なのだ(手打ちうどんだけで30軒ってすごいね)。
 そう言えば2年前、自転車を乗って楽しく走り回り始めた頃、埼玉県のうどんレベルの高さに驚いたことがあった。2007年うどん祭。うどんの生産量は香川県が日本一だけれど、埼玉県は2位だ。
 さ、うどんだ、うどん。

 今回は町からちょっと離れた新川うどん店へ。

 写真は閑散としているのだけれど、店の前に名前を書いて待機するシステムなので、写っていないところにも待っている人達が。
 しばらく待ってようやく入店。でも、注文するまでにもまだ時間がかかる。満員の店内に仕切るおばちゃんの声が響く。
 「注文取りに行くまで待ってて下さいね、ごめんなさいねえ」
 びた一文悪いと思ってなさそうな「ごめんなさい」の声に萎える部分もあるんだけれど、客と店員の比率から考えるとこれくらいの押しの強さが必要なのかもしれない。客単価が高い名店蕎麦屋とは違うのだ。
 だけど、これだけ混んでるうどん屋さんなのに、蕎麦もある。そして蕎麦を食べている人もいる。不思議な光景だ。


 今回は冷やしたぬきを注文。つゆは別にあって、つけて食べることもできるし、ぶっかけにすることもできる。
 味は、実はよくわからなかった。
 うどんを食べているというより、うどんが勝手に口に入ってくる感じ。大盛りにするか、もう1杯食べないと味まではわからない。あっという間になくなってた。
 ここまで来るのに80km以上自転車をこいで来たんだから、たいていのものはおいしく感じる。だけれど、それを差し引いても、このうどんは名品。このあとも走るつもりだったので、おかわりもしなかったし、大盛りにもしなかったんだけれど、うどん巡りだけに来てもよさそうな加須でありました。




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牛島の藤

2009年05月13日 18時35分10秒 | 写真
 埼玉県へ藤を見に行きました。
 最寄り駅が「藤の牛島」。駅名にすでに藤が入っているところに気合いの入りようを見ることができるんじゃないか、と。







 と言いながら、藤以外の写真も。








 帰り、近所にある春日部の温泉に。プールで泳いだ後、脱衣所の脱水機を使って水着を乾かせようとします。ところがうまくいかない。すると掃除などを受け持つおばちゃんがこれはこうやって使うのよ、と教えてくれます。
 でもね、プールで泳いだ後だから水着しか着てないわけですよ。で、その唯一の水着を乾かそうと脱水機に入れているわけだから、ぼくの状態は全裸だ。そこにおばちゃんというのはいかがなものだろうか。
 逆を想像する(女性用の脱衣所におじさん)と変だろう、と思う。
 おじさんは年をとってもおじさんだが、おばさんは年をとると無性化すると考える風潮がある。それとも女性の体は欲望される体だからそこには価値があり、容易に近づけないが、男の体はそうではない、と。
 そもそも長い間日本では裸体はエロティシズムとは別のものだった、裸体とエロティシズムが結び付いたのは、明治以降かな、春画などに裸体は出てこないし、などといろんなことを考えてしまったではないか、せっかくリラックスしに来たのに。



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世良田東照宮

2009年05月11日 19時18分29秒 | 観光

 さ、そんなわけでやって来ました、群馬県の世良田。
 このあたりの旧地名新田郡が物語るように、ここは新田氏の荘。この新田の流れを汲んだのが世良田氏(徳川氏)。このように徳川氏と新田は確かに縁続きなのだけれど、松平氏と徳川氏が縁続きかどうかは結構怪しい。
でも家康は新田の縁続きであることを主張し、系図もそのように作成した(作成したって、じゃ、偽物じゃんか)。源氏というブランドが大変魅力的だったのかもしれないし、もともとの出が幕府の長たるものにふさわしくないという認識があったのかもしれない。


 4月25日にリニューアルオープンした太田市立新田荘歴史資料館。
 残念ながらぼくが行ったときは、オープン準備中で入館することできず。横目で眺めて立ち去る。下調べがイマイチですね。
 像はたぶん新田義貞。
 この新田~徳川ラインでの町おこしを狙っているのか、よく整備された公園も東照宮も、この立派な記念館も新田・徳川アピールに熱い。レストランの名前も「葵」だし。新田市を誕生させる会などもあるらしい(隣の栃木県には足利市があるもんね)。


 世良田の東照宮。
 日光の派手さはないものの、立派な社殿。国の重要文化財なんだけれど、少しさびれた感じが逆にいい。
 観光的にはどうなんだろうか、ちょっと難しいかもしれないな。
 このあと少し利根川を遡り、結局本庄駅から輪行で帰る。北関東の風情が好きだし、いいところだと思うんだけれど、にぎわいに欠ける(そこがいいんだけどさ)。




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2009年05月08日 18時38分07秒 | 写真
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群馬は徳川家発祥の地

2009年05月04日 23時34分28秒 | 観光
 そんなわけで徳川家発祥の地へ。
 先日群馬出身の徳川家と記したところ、なんと、徳川は三河出身じゃなかったんか、と大反響をいただき、そのリクエストにお応えして群馬まで行って確かめて来ようと。いや、ほんとは反響など何一つなかったんだけどさ。
 だからと言ってひるんではなりません。芸能人のブログじゃあるまいし、反響などなくて当たり前。あったらラッキーなのである。さあ、いざ自転車で群馬へ。断固群馬へ。いずくんぞ群馬へ。
 なんだか群馬に愛人でもいるんじゃないか、というほど、ここんとこ群馬へ行ってる。毎週行ってる。通ってる。自転車に乗りたての頃は群馬に行く、ということと冒険が同意義だった。40過ぎの人間が社会的制裁を伴わず、命の危険にさらさることもなく冒険する機会を持つことは難しい。火のない火遊びみたいなもんか、いろんな意味で(意味不明です。もっと頑張りましょう)。
 千里の道も一歩からとはよく言うけれど、近所の商店街を自転車で走りながら、こうやって数時間後には群馬にいるんだよなあ、と感慨ひとしおでした。店先の榛名キャベツにほほえみます、これからきみの故郷に行くんだぜ、と。


 まず荒川サイクリングロードで熊谷まで行きます(この一文の間で70km走ります)。
 サイクリングロードで見かけたいい感じのカップル。
 熊谷から北上して利根川を目指す。国道が走りにくいので、脇道を探し、当然道に迷う。だけど、利根川目当てならどんなに迷っても安心。とにかく北を目指せばいいのである。なんたって利根川は群馬から太平洋まで東西にのたくっている、板東太郎くんなのだ。


 熊谷を北上して辿り着いたのが妻沼の聖天さん。
 前に妻沼の聖天さんに来たときの記事はこちらで
 あの頃はそこに行くことが冒険だったのに、今はただの通過点。
 今日はここから利根川を通って世良田へ。
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忌野清志郎

2009年05月04日 00時55分00秒 | らくがき
 清志郎が亡くなった。
 ぼくは春日部の温泉にいて、ロビーに積まれていた新聞の見出しで知った。
 もう、何時間も前。 
 悲しい気持ちはもちろんあるんだけれど、それ以上に、なんだか取り返しのつかない喪失感が広がってしまって、どうにも落ち着かない。
 聖人に祭り上げようという気持ちなんかさらさらないし、ことさら彼を持ち上げようとも思わない。
 そんなのは清志郎が一番嫌ったことだろうと思う。
 清志郎は、日本語でロックを歌い続けて、ぼくたちのすぐ側にいた。
 ロックというものを、清志郎は自ら歌うことによって定義づけた。
 それは、愛とか、うれしさとか、自由とかと同義だった。
 ああ、清志郎、あなたがもっと長く生きていてくれれば、どれだけ嬉しかっただろう。
 冥福なんて祈れない。
 あなたはぼくの基準として、まだ生きているんだから。
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