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小林達雄編「古代翡翠文化の謎を探る」

2008年02月15日 15時18分52秒 | 読書
小林達雄編 「古代翡翠文化の謎を探る」         学生社

 翡翠。
 ヒスイとも読むし、カワセミとも読む。もともとはカワセミのことだったのだが、色が似ているのでヒスイにも使われるようになった。ちなみに、翡翠の「翡」は雄のカワセミ、「翠」は雌のカワセミ。同じように、麒麟とか鳳凰とか鴛鴦も前が雄の名、後ろが雌の名の熟語になってる。
 で、この本は糸魚川で行われた翡翠(ヒスイの方)に関する学際的なシンポジウムを収録したもの。学際的って下手すると議論の浅いものになってしまうのだが、このシンポジウムは大変興味深い。
 翡翠は縄文時代から日本を代表する宝石で、各地の遺跡から出土しているのだが、古墳時代あたりになるとぴたりとその姿を消してしまう。
 戦前まで、出土する翡翠はビルマ産だろうと言われていたほどで、日本で翡翠が取れることすら忘却の彼方に飛んでしまっていたのだった。
 日本の数カ所で取れるのだが、出土品はすべて糸魚川産の翡翠である。糸魚川で産出した翡翠が北海道から九州、日本中で発見されているのだ。古代の交易なめんなよ、である。
 考古学者とは別の発想をする人類学者や社会学者たちの発言が面白いのだ。たとえば南太平洋のクラ交換を研究している学者は、南太平洋の原始貨幣の使われ方から、翡翠の衰退が平等社会から階層社会への変化によるものではないかと示唆する。確かに年代的にも一致する興味深い発言だ。
 また文化人類学者は、翡翠の原石は原産地から流れた転石を海岸で拾っているという考古学者の話を受けて、それならば、縄文人たちにとって翡翠は山由来のものではなく、海の向こうからやってくる客人(マレビト)的な存在であったかもしれないと指摘。われわれは翡翠の原石が山にあることを知っているが、海で採集していた縄文人たちからすればそういうことも大いにあるだろうと思う。
 忘れがちなLa Pensée Sauvageによって、思考を活性化すること。これがぼくの2008年のテーマだったりするのだ。
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