元々は浅野セメント函館営業所として建てられたもので、現在は函館大手町ハウスとしてカフェになっています(大正7年築 1918)。 写真等で見知っていた建物と違っていたので、てっきり新しい建物かと思いましたが、近年(2004年頃?)古写真を参考に創建時の姿に復元されたようです。 10年以上も放置され、朽ち果てる寸前だった建物を修復するとは…関係者の苦労が偲ばれます。 そのかいあって石造のような外観(実際は木造)、正面の3連アーチやバルコニー、塔屋など往時の姿はこんなにも素晴らしかったのかと、ため息が出るような美しさ。 棟梁の村木甚三郎は旧函館区公会堂や旧小林写真館などを手がけ、函館では名を知られた工事請負人だったようです。 北海道函館市大手町5-1 06年04月下旬他
元々は浅野セメント函館営業所として建てられたもので、現在は函館大手町ハウスとしてカフェになっています(大正7年築 1918)。 写真等で見知っていた建物と違っていたので、てっきり新しい建物かと思いましたが、近年(2004年頃?)古写真を参考に創建時の姿に復元されたようです。 10年以上も放置され、朽ち果てる寸前だった建物を修復するとは…関係者の苦労が偲ばれます。 そのかいあって石造のような外観(実際は木造)、正面の3連アーチやバルコニー、塔屋など往時の姿はこんなにも素晴らしかったのかと、ため息が出るような美しさ。 棟梁の村木甚三郎は旧函館区公会堂や旧小林写真館などを手がけ、函館では名を知られた工事請負人だったようです。 北海道函館市大手町5-1 06年04月下旬他
昨日もまた早朝(というより深夜)から出かけており、コメント遅くなって申し訳ありません。
ここの設計者のお孫さんとお知り合いとは、天の配剤というのか数奇なめぐり合わせですね。
この建物も現オーナーに買い取られ、最高な形で復活出来た訳ですから不思議な力というものを感じてしまいます。
思いを同じくするもの同士(人間・建物問わず)というのは、いつかめぐり合うものなのかも知れないですね。
是非また何か思い出した事があったら、書き込んでみてください。
些細な事でも人から聞く話というのは、なにかしら印象に残るものですからね。
公社が使っていた頃は、正面右約10メートルで海でした。そして行き止まり。
とこが、海沿いに高速湾岸道路ができてからは、周辺環境が良の方へ大幅変更、土地の価格が急上昇、再活用の道がひらけたわけです。
30年ほど前、村木甚三郎のお孫さんと同じ病室、お爺さんのことを誇らしげに語ってくれました。
このほか、この建物には数々の思い出がありますので、機会をみてボチボチと書き込ませて下さい。
ミカエル
復元されていたなんて知らなかったので、最初は訳が分からず戸惑うばかり。
だって復元前の姿からはこれは想像できないですよね。
でもこうやって残してくれる人がいるっていうのは本当に嬉しいです。
お金や手間を考えると新しく建替えた方が楽だろうに、ここまで立派に修復してくれるなんて・・・
きっと街並みや古い物を大切にしてくれる函館の風土がなせるものなんでしょうね。
先ほど、アルバムを捲ってみたところ、修復前・修復後の写真両方ともありましたので、近々Upしてみますね。