旧雨煙別小学校

2009-02-28 00:00:00 | 北海道 その他のエリア



 昭和11(1936)年完成の2階建ての大きな木造校舎。 児童数の減少により平成10(1998)年に閉校しその存続が危ぶまれましたが、「コカ・コーラ環境ハウス」として環境や自然をテーマとする体験型の宿泊施設として再生される事になりました。  北海道栗山町雨煙別1  06年04月下旬


 ※おまけ こちらは同じ栗山町にある旧夕張鉄道 新二岐駅(大正15年築 1926)。 夕張鉄道の廃止に伴い昭和50(1975)年に廃駅となったものです。

芦屋警察署

2009-02-27 00:00:00 | 京都・兵庫








 平成13(2001)年の庁舎改築にあたり、南東を向いていた旧庁舎の玄関部分を保存再生したもの。 後ろに繋がる形の新庁舎も同意匠で建てられているので違和感はほとんどありません。 
 建物を遠目で見ると空に突き出た4本の柱が印象的ですが、近づいて見てみればやはり玄関上部に刻まれたミミズクの顔に興味は集中。 陽の当たっている時は顔に陰影が出て凛々しい表情に見えますが、そうでない時は何だか気弱な表情に思えます。 夜行性になぞらえて夜間警備の象徴としたらしいですが、ちょっと頼りなさげなのが面白いですね。  兵庫県芦屋市公光町6-7  09年01月下旬

平楽寺書店

2009-02-25 20:53:18 | 京都・兵庫




 創業は慶長年間(1596~1615)という老舗仏教書出版社の店舗棟(昭和2年築・1927)。 茶色いタイルやジャイアントオーダー、半円のバルコニーなど、建物の2・3階部分に自然と目線が行ってしまいますが、玄関脇のブラケット下面のさりげないハートマークが個人的にはお気に入り。 この建物には階段が無く、裏手の和風の居住棟から上下に行き来するそうです。  京都府京都市中京区東洞院通三条上る曇華院前町449  08年11月上旬

 ※参考  『京都の近代化遺産』  2007

旧上天温泉

2009-02-24 00:00:00 | 愛知・岐阜





 昭和2(1927)年築の旧銭湯。 ファサードの伸びやかなアーチと大きな窓が開放的な雰囲気を今でも滲ませています。 裏手に続いていた浴室部は既に取り壊されていますが、かつての賑わいを留めるかの様に華やかな装飾タイルが壁に埋め込まれていたのが印象に残りました。  愛知県刈谷市御幸町  09年02月上旬

 ※現在は個人邸だと思われますので見学の際はご配慮願います。


 ※おまけ  こちらはすぐ近くにある竹内産婦人科(昭和初期築?)。 今も現役の医院で、上天温泉と同じ大中肇の設計によるものです。



 大中は熊本で生まれ、愛知県営繕課技手を経て刈谷で建築事務所を開設した土着の建築家。 ただひたすらに良い作品をつくる事に没頭し、律儀で金儲けをせず常に生活は苦しい中でも建築に情熱を傾けていた気概ある人であったそうです。

 ※参考 『東海の近代建築』  1981
     『わが街 ビルヂング物語』  2004
     『銭湯遺産』  2008  銭湯当時の内部写真が掲載されています。

今津六角堂

2009-02-23 00:00:00 | 京都・兵庫





 明治15(1882)年築の旧今津小学校。 古い校舎というと邪魔者扱いされて“なおざり”になっているケースも多い中、ここは現在の今津小学校の正門横に移築されてピカピカに輝いていました。 今津は昔から教育熱心の土地だそうで、この建物でも子供たちは良く学び、明治中期には常に兵庫県内1位の成績を残していたそうです。 郷土に誇りを持つ人達がいる限り、この建物はいつまでも安泰そうです。  兵庫県西宮市今津二葉町4-10  09年1月下旬
 
 ※参考  『明治の学舎』  1997

深谷商業高校記念館

2009-02-20 07:10:42 | 埼玉・千葉






 「日本資本主義の父」といわれる渋沢栄一(1840~1931)の生誕地として知られる埼玉県深谷市。 その渋沢も訪れた事があるという歴史ある建物が、大正11(1922)年に完成したこの深谷商業高校管理棟(現・記念館)です。 当時、校舎建設の入札を完全公開にして行った為に入札者が殺到し、最低価格で落札した請負人が地鎮祭後に行方をくらましてしまい、4月の始業式に校舎の完成が間に合わなかったという笑えないエピソードも残ります。
 建物はご覧の通り、中央部分に車寄せを備え、屋根には「二層楼」の愛称のある塔屋が付いた大変立派なもの。 量感ある本体に対してその塔屋が小さすぎるのがちょっと物足りなく感じてしまいますが、一番残念なのは建物がヨレヨレで老朽化がかなり進んでいる点。 いかんせん本格的な補修工事の時期が来ている事は明白だと思います。  埼玉県深谷市原郷80  08年03月中旬

 ※参考  『木造校舎の旅』  1994
      『近代埼玉の建築探訪』  2006


 ※おまけ 学校の西側、すぐ近くにある河田歯科医院。 大正10(1921)年の建物を現役で使用しているみたいです。

  

旧下吉田町役場

2009-02-18 20:39:22 | 山梨・新潟





 久しぶりの山梨訪問は純粋にこの建物が見たかったから(旧瑞穂村役場・明治末~大正期築)。 役場の後は小学校の校舎として使用されていたので、地元住民には愛着ある建物なんだと思いますが、距離的に下吉田駅と月江寺駅の中間辺りという微妙なポジションが現在の放置状態に少なからず影響していると思います。  山梨県富士吉田市下吉田  09年02月中旬

 ※現存せず。 

栗原時計眼鏡店

2009-02-16 20:34:56 | 北関東3県 (茨城・栃木・群馬)




 旧岩間町で見つけた看板建築(詳細不明)。 対面にあるスーパーマーケットには引っ切り無しに車が入っていくのに、こちらはまるで時が止まってしまったまま、のような静寂に包まれています。 見回せば、自分以外には町を歩いている人が一人もいないというのが現実です。  茨城県笠間市下郷  09年01月中旬 

旧屋形医院

2009-02-06 07:08:14 | 南とうほく (宮城・山形・福島)






 大正9(1920)年に建てられ、昭和40年代まで医院として使用される。 何やら知性や気品を感じてしまう建物ですが、正面の破風には鷹の鏝細工が施され力強さも静かに表しています。 この建物が完成した時、30代半ばだった施主の医療に対する情熱や心意気といったものを、この鏝細工が全て物語っているような気がします。 2階のバルコニーの手すりは無くなってしまったのでしょうか。  福島県矢吹町本町161  08年10月上旬

 ※写真が一部大きくなります。

神崎郡歴史民俗資料館

2009-02-05 07:05:17 | 京都・兵庫





 明治19(1886)年に神東・神西郡役所として建設され、明治29年に神崎郡役所と改称。 大正15(1926)年まで郡役所として使用され、その後は県の地方出先機関の事務所などに用いられたという建物。
 
 正面のベランダを支える柱が1階は角柱、2階は円柱と使い分けされスマートさを演出。 良く見れば1階の窓にはペディメントも付き、円柱に彫られたアカンサスの葉と共にこの建物の特徴の一つになっています。 内部は1階部分のみ公開されており、展示されているのは神崎郡の古の歴史・民俗資料など。 1階横に張り出した旧郡長室には暖炉の跡も残っています。 展示品を大写しにしない、という条件で内部撮影の許可を頂きました。  兵庫県福崎町西田原1038-12  08年10月中旬


 ※おまけ 旧郡役所の少し南にあるのが、旧辻川郵便局(明治中期、もしくは明治15年頃、あるいは大正12年?)。 単なる下見板の旧局舎と思いきや、玄関ポーチの装飾が賑やかでオドロキです。 必ず下から覗きこみましょう。 いい仕事が見られます。 空家のようなのが少々残念。
 




 旧福崎警察署を見に行きましたが見つからず(解体されたみたい)、代わりに見つけたのがこの個人邸。 玄関ポーチの上のトンガリ棒が面白いです。


旧川崎貯蓄銀行 福島出張所

2009-02-04 07:10:37 |  大阪府




 ベルリン工科大学で学んだ矢部又吉の設計により、昭和9(1934)年に完成。 ファサードに緩く円弧がかかっているので、近づいて見てみると扇が開いたような迫り出し感・迫力を感じる建物です。 昭和9年築にしては古典的というか、いかにも銀行建築といった仕上がり。 イオニア式のジャイアントオーダーが印象的な建物ですが、個人的には玄関上の櫛形ペディメントの丸みがファサードの円弧と重なって記憶に残ります。 現在はミナミという服飾製造業の会社が使用しているようです。  大阪府大阪市福島区福島5-17-7  08年01月上旬

聖公会高田降臨教会/紅葉幼稚園

2009-02-03 07:09:47 | 山梨・新潟




 ヴォーリズの設計になる赤いトンガリ屋根の教会(昭和13年築 1938)。 新潟でヴォーリズ建築に出会えるとは思いませんでしたが、門柱と窓は尖頭アーチでデザインされ、玄関ポーチの鬼瓦(?)には十字架とカエデの葉があしらわれていて可愛らしい建物です。 何故か正面からの全景写真は撮り忘れてしまいました・・・。  新潟県上越市西城町3-9-17  08年06月中旬

 ※現役の教会・幼稚園ですので、見学の際はご配慮願います。 

米子市水道記念館

2009-02-02 07:07:05 | 島根・鳥取




 大正15(1926)年築の旧米子市水源地旧ポンプ室と、同14(1925)年築の旧米子市水源地記念碑。 入り口上部のアーチ窓が目に付く位のシンプルな旧ポンプ室と、高さ7メートルもあるというアールデコな記念碑との組み合わせ。 扁額に刻まれた『天助人』にはどんな意味(願い)がかけられているのでしょう。   鳥取県米子市車尾南2-8-1  06年11月上旬