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昭和12(1937)年に、郷土出身の実業家・那須金市の寄付によって建てられたという公会堂。 正面から見ると完全に洋風の建物に見えますが、裏に周ってみれば瓦屋根が顔をのぞかせ、がんばって洋風の建物に見せている所が微笑ましく感じられます。 内部2階は舞台を備えた畳敷きの大広間になっていて、地区の公会堂らしい仕様。 柱や天井には太平洋戦争当時の米軍機による機銃掃射の弾痕も残っているそうです。 愛媛県八幡浜市(旧保内町)川之石5-41 07年10月上旬他
※ おまけ 旧保内町の街並みをちょこっとだけ紹介。 四国で初めて電気が灯るなど、明治期には県内外をリードしていたという繁栄の名残が、そこかしこに見られます。
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美名瀬橋(昭和8年 1933)と旧東洋紡績赤レンガ倉庫(大正8~15年 1919~26)。
東洋紡績の前身である宇和紡績会社は、四国で初めての紡績会社(明治20年創業 1887)。 明治22年、四国で最初に灯った電灯はここでのものだったそうです。 昭和初期の最盛期には川之石町民3人に1人がここの従業員であったそうですが、紡績業界の不振により昭和35(1960)年に工場は閉鎖。 本館は消えましたが、倉庫など一部が転用され現存しています。 夕陽に照らし出されたレンガが綺麗・・・
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こちらは大正8(1919)年設立のカワイシ醤油。 古い建物か分かりませんが、ここの前を通るとイイ匂いがしてきます。 好きな香り。
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お次は慈眼庵青石の石垣とそこに組み込まれた灯明台。 こんなの初めて見ました。 この辺りは海運業で栄えた港町だそうですが、航海の安全を祈願して建立されたものでしょうか。 過去の栄華が垣間見えますね。 最初場所が分からなくて小山の斜面を上の方まで登ってしまいましたが、そこから見下ろす町並みや海原もいい眺めでした。 周りはお墓ですが(笑)。
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最後に菊池邸(西のおやけ)。 母屋(明治期)と洋館(不明)、それにレンガ塀。 海運業で賑わっていた頃の名残を最も強く伝える豪壮な邸宅。 私の眼はどうしても洋館にいってしまうのですが、塀に遮られて全貌が掴めません。 もうちょっと背が高ければ・・・ 窓上のペディメントやアーチの部分が、旧白石和太郎洋館に似ているようにも見えます。 だとするとこちらも明治後期のものでしょうか。
とりあえず年内の投稿は今日でお終いです。 今年は何度かブログを挫折しそうになりましたが、なんとかやり終えホッと一息。 暖かく見守ってくださった皆様に感謝、感謝です。 本当にありがとうございました。 年末年始は例年の如く遠征してきますので、また来年のご訪問、宜しくお願い致します。 それでは皆様良いお年を。
関西方面に行ってきます! コメントの返信も遅れてしまうかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。