進徳海運

2009-12-23 09:34:42 | 岡山・広島・山口




 豊田銀行の支店として大正4(1915)年に建設。 業績不振により豊田銀行は広島銀行と合併し大正5年に解散、この建物は広島銀行の支店として用いられ、昭和49(1974)年に銀行が新築移転すると現在の所有者に昭和51(1976)年に売却されました。 平成8(1996)年の改修により内部は一新されているようですが外観は比較的に旧状を留めている様子。 さすがに1階左手のシャッター(ガレージ?)は改変でしょうが、玄関上の半円ペディメントと持ち送り、1・2階で様式の異なる柱頭飾りなどに銀行時代を彷彿とさせる華麗な装飾が残っています。  広島県東広島市安芸津町三津4143  08年05月上旬

 ※参考 『広島県の近代化遺産』 1998

 ※おまけ 安芸津駅の南側、国道185号線沿いで見つけた建物。 調べてみたら昭和9(1934)年築の旧前田化学工業事務所(現・三協化成安芸津工場事務所)のようです。

山口県春日山庁舎

2009-10-05 07:06:34 | 岡山・広島・山口





 後河原にあった旧(旧)図書館の老朽化と昭和天皇の山口訪問を記念して昭和3(1928)年に建設された旧県立山口図書館。 モダン&クリーンな印象の建物ですが、植物模様のレリーフや抽象化された列柱の柱頭飾りなど、正面部分はデコラティブに仕上げられています。 内部も各所に大理石張りが奢られるなど豪華な仕上げになっているそうです。 設計・県土木課営繕係。  山口県山口市春日町8-3  06年01月上旬他 

旧下関郵便局電話課分室

2009-10-02 07:12:36 | 岡山・広島・山口


 逓信省営繕課の設計により建設された分離派風の建物(大正12年築 1923)。 設計者は不明ながら山田守や森泰治、上浪朗といった同省技師の関与が推察されるそうです。 昭和41(1966)年まで電話局舎として使用され、その後は下関市の管理の下、市庁舎第一別館等になっていましたが、近年は空き家状態が長く続いていました。 今現在は「田中絹代記念館」としての活用・オープンに向けて急ピッチで修復工事が進められています。  山口県下関市田中町5-7  09年09月下旬


 夕陽を浴びると色合いも暖かな物に。 


 縦溝の入った柱が立ちあがり、スパッと切れた所から放物線のアーチ。


 半円窓の下には波紋のような同心円状の装飾。


 柱が庇で止まらず、上まで突き抜ける。


 窓と柱が整然と。


 奥にある旧宮崎商館(ロダン美容室といったほうが馴染みある?)も化粧直しされ医療関係の建物に生まれ変わっていました。


 05年12月下旬に訪問した時の写真。 この薄汚れた姿も嫌いではありません。。。

旧安岡町役場

2009-09-30 07:09:15 | 岡山・広島・山口







 昭和10(1935)年築の旧町役場。 左右対称で役所らしい堅実な方向性でまとめられていますが、入り口へのアプローチを階段とスロープによって高くする事により玄関部分を中心に建物を権威づけているようにも感じられます。 正面の解説板では「郷台地資料室」として、弥生時代の遺跡から出土した土器や石器などを展示・研究する施設として開設された旨が記してあります。 しかし公開しているような情報も無く、端的に言ってしまえば現在は文化財収蔵庫といった倉庫的な使われ方をしているのでしょうか。  山口県下関市安岡本町2  05年12月下旬他

 ※おまけ ここと目と鼻の先にあるのが松本洋品店。 昭和10年に建設された旧安岡農業協同組合を改装したものです。 構造も旧町役場と同じRC造の立派な建築さん。


旧日本捕鯨別館

2009-09-29 07:09:56 | 岡山・広島・山口




 “こぶ”のように盛り上がった高台の上にある建物(昭和元年築 1926)。 白地に赤いタイルがアクセントになって非常に目を引く存在です。 正面向かって右側の部分は窓の形や屋根の高さが違っていて後年の増築のようにも思えます。 以前は島津海運下関営業所となっていましたが、今回訪れたらもぬけの殻になっていました。  山口県下関市岬之町13-7  05年12月下旬他

 ※おまけ 近くにあったこの建物は昭和2(1927)年築の大崎ビル(旧大崎質店)でしょうか。 今回の訪問(シルバーウィーク)では見た記憶がありません・・・。


角島灯台

2009-05-21 07:05:23 | 岡山・広島・山口







 明治時代の「お雇い外国人」、R・H・ブラントン(1841~1901)の設計により建設(明治8年築 1875)。 白御影石造りで高さ約29.6メートル、内部には105段のらせん階段が廻っており内外ともに非常に美しい造りになっています。 灯台は明治12年まで英国人技師により保守された為、ベランダの付いた洋風・煉瓦造りの吏員退息所(現・灯台記念館)が建設され、傍らには同じく煉瓦造の小さな倉庫も現存しています(ともに明治8年の築)。 後で知ったのですが、灯台の隣にあるRC造の気象観測舎(1・2枚目の写真にアンテナ部分だけ写ってます)も戦前の築、昭和19(1944)年のようです。  山口県下関市豊北町角島  05年12月下旬 

 ※写真が一部大きくなります。

郷野小学校

2009-05-12 18:30:07 | 岡山・広島・山口




 2階建ての立派な木造校舎は昭和10(1935)年の建築。 校舎や校庭、備品の手入れ具合を見れば、この学校が地域の皆に愛されているのが良く分かります。  広島県安芸高田市吉田町桂234  08年05月上旬

 ※現役の小学校です。 見学の際は十分にご注意ください。
  写真が一部大きくなります。
  

渡辺翁記念会館

2008-12-20 00:00:00 | 岡山・広島・山口





 宇部興産の創業者であり、今日における宇部市の発展の基礎を築いた渡辺祐策(わたなべすけさく 1864~1934)を記念して昭和12(1937)年に建てられたホール建築。 建築家・村野藤吾(1891~1984)の最高傑作の一つともいわれます。 
 
 建物前面には関連会社7社による渡辺翁記念事業委員会を象徴して、6本の柱と一つの台座が配されており、建物の持つ記念碑的な意味合いを目に見える形で強調。 正面エントランスの両側には、“炭都”宇部市を象徴するかのように鉱夫のレリーフも刻まれています。 ここを訪問したのは大晦日でしたので内部には入れませんでしたが、建物の設計段階から音響の専門家に助言を仰いだというだけに、ホールの音響効果については国内外の音楽家からも非常に高い評価を得ているそうです。  平成17(2005)年に国の重要文化財に指定。  山口県宇部市朝日町8-1  05年12月下旬他

旧大正屋呉服店

2008-11-24 19:52:33 | 岡山・広島・山口



 広島の平和記念公園に残る被爆建物。 元安橋を渡ったこの辺りはかつての繁華街・中島本町であり、この建物は対岸から移転してきた呉服店の新店舗として昭和4(1929)年に建設されました。 しかし戦局(第二次大戦)の激化に伴って経済の統制が進み、呉服店は閉鎖されて県燃料配給統制組合に接収された建物は燃料会館となりました。 そして昭和20(1945)年8月6日の原爆投下により、地下室を除いて建物は全焼。 爆心地から170メートル、およそ580メートル上空で炸裂した原爆の衝撃は、当日出勤していた37名のうち、たまたま地下室に下りていた1名を除いた全ての人の命を奪うという凄まじいものでした。 戦後、広島市に買収された建物は東部復興事務所となり、昭和57(1982)年にはレストハウスとして再整備されました。
 
 今や観光客の為の案内所や土産物店となっている建物には被爆時の痕跡は全く見当たりませんが、地下室だけは当時のまま保存されているそうです。 館内には欧米からと思われる観光客の姿も数多く見られましたが、この事を知っているのは日本人を含めていったいどれ程の人数なのでしょう・・・  広島県広島市中区中島町1-1  08年05月上旬

 ※参考 『ヒロシマをさがそう 原爆を見た建物』 2006  

 

旧小野田銀行

2008-08-01 07:06:39 | 岡山・広島・山口


 大正初期築。 訪問当時は倉庫として活用されていた為、窓は塗りこめられて人気もなく、玄関周りを除けば大変地味な印象でした。 屋根なども葺き替えられているように思いますが、外壁のゴツゴツ感は何ともいえぬ独特な風合いで面白いです。 コンクリートブロック造。  山口県山陽小野田市住吉本町2  05年12月下旬

 ※おまけ  旧小野田銀行の近くにあるのが 伊藤医院(大正14年築 1925)。 淡い色使いなので訴えかけてくるものは弱いのですが、なかなか端正な建物であり、個人医院として患者に対する実直な姿勢が窺い知れるような雰囲気を持っていますね。  千代町1-1



 おまけ その2  こちらは 日産化学工業 小野田工場倉庫(旧日本舎密製造)。 明治24(1891)年築。 敷地の奥にも同様に長大なレンガ倉庫(写真3枚目)がありました。  小野田6903-1  



旧小川村役場

2008-07-31 07:07:40 | 岡山・広島・山口



 島根との県境の町である旧田万川町で見つけた建物。 建物の規模や雰囲気から、昭和7(1932)年築の旧村役場だと思いますがいかがでしょう? 色違いの補修の跡がブラックジャックみたい(平成7年の外壁修理によるものだそう)。  山口県萩市(旧田万川町)中小川(?)  06年01月上旬

上下キリスト教会

2008-05-16 07:07:06 | 岡山・広島・山口



 上下町の富豪・角倉氏所有の什器具庫(明治20年築 1887)を昭和25(1950)年に譲り受け、教会として改造・転用したもの。 かつての火の見櫓といわれる塔屋部分にはかなりの違和感を感じてしまいますが、これがなければ単なる蔵にしか見えませんね。 見学中、突然の強い雨にたたられて頭からびしょ濡れになりましたが、雨が過ぎ去った後の風にたなびく鯉のぼりの姿に、ちょっとだけ晴れやかな気持ちになりました。  広島県府中市上下町上下1057-2  08年05月上旬

 ※現役の教会です。 見学の際はご配慮願います。

田中写真館

2008-05-15 07:12:48 | 岡山・広島・山口



 昭和3(1928)年築のかつての写真館。 緩やかな丸みがついた玄関の「むくり屋根」には、カイゼル髭(ひげ)という末端のはねあがった髭の形をあしらった窓がついていて、その下部には右から左に「舘眞寫中田」の旧い文字。 さらに下に目をやれば、ヤシの実のような柱頭飾り(もしかしてイオニア式!?)に思わず口元がニヤけてしまいます。 地元の大工さんが大阪で学んだ技術を生かしてこの建物にあたったそうですが、独自の解釈を交えて建てた“大らかさ”のようなものが感じられて、見ていて楽しい建物です。  広島県三次市吉舎町吉舎  08年05月上旬

 ※現在は個人邸だと思いますので、見学の際はご配慮願います。

江田島の白い洋館

2008-05-14 07:11:09 | 岡山・広島・山口




 江田島で見つけた瀟洒な洋館。 大正期に建てられた旧軍関係の建物・・・だったような気がするのですが、肝心のネタ元をメモし忘れて詳細を忘れてしまいました(汗)。 何かの資料で知った建物ですが、長崎辺りの異人館のような佇まいなので、本当に旧軍関係の建物なのかどうか自信がありません。 江田島の自衛隊(旧海軍兵学校)の正門から歩いて1~2分の場所にあるのですが、他の建築サイトにも紹介されておらず頭の中が???でいっぱいです(古い建物ではないのかも?)。 現在は地元企業の会社事務所として使用されています。  広島県江田島市江田島町中央  08年05月上旬

 ※追記  旧海軍兵学校下士卒集会所(明治40年築 1907)でしょうか?

酒蔵のまちの木造洋館

2008-05-13 07:01:13 | 岡山・広島・山口



 赤レンガの煙突と白壁の酒蔵が連なる西条駅前の「酒蔵通り」の風情もいいものですが、駅から少し離れた緑広がる住宅地に建つ、このT邸(大正12年築 1923)にも捨てがたい魅力を感じます。 この家を建てた家主は旧近衛兵(天皇の護衛)の高官であったというだけに、凛々しさや威厳が今なお建物には漂っているかのよう。 オリジナルか分りませんが、門扉の獅子の取っ手にもそれを感じてしまいます。 現在の家主は同じ敷地内にある別の建物で生活しているように見えましたが、維持管理が大変なのは十分承知の上、可能な限りこの建物を残していって欲しいものです。  広島県東広島市西条町寺家  08年05月上旬

 ※個人邸ですので、見学の際は十分なご配慮を願います。
  写真が一部大きくなります。