坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

神祇不拝

2011年05月22日 | 坊主の家計簿
 ママと娘は遠足。っちゅうても、保育園近くの大きな公園。ママから「締め切り19日やけどどうする?」だったのだが、今日は通夜だったし、それまでにやらないとイケナイ仕事がいっぱいあったので辞め。
 帰宅した娘、「黒いぞ。。。」見事な日焼け。

 
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 大阪市内で福島の放射性物質を観測
2011年5月21日(土)12時20分配信 ゆかしメディア 

 大阪府公衆衛生研究所は、福島第一原子力発電所の事故によるものとみられる放射性物質が、大阪市内でも検出されたと発表した。ただし、ごく微量で健康に影響はないという。

 計測器で雨やちりなどを集め詳しく分析した結果、4月1日からの1カ月間のサンプルから、微量の放射性セシウム134、セシウム137が検出されたという。

 3月の1カ月間の降下物や水道水からは異常な人工の放射性物質は検出されていないことから、福島第一原発の事故によるものだと、同研究所は見ている。

 年間被ばく放射線量に換算しても、通常の年間被ばく放射線量と比較すると極わずかであり、健康に影響のない値だという。

 http://news.nifty.com/cs/headline/detail/yucasee-20110521-7681/1.htm


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 らしい。
 
 え~、この『健康に影響のない値』というのは、やはり『ただちには健康に影響のない値』だったりするのだろうか(笑)
 パパとしては少し心配なんだが、え~。。。まあ、微量なんだし、しゃーない。こういう世の中になってしまったわけだ。外出を控えたい気もするが、「外出を控える→娘の機嫌が悪くなる」なんぞの悪影響もある。娘のいる空間ではタバコを吸わないパパとしては放射能も「やめてくれ!」なんだが、まあ、6月のもんじゅの時はどういう数値になるのか解らないが、今の所は大丈夫だろう。

 録画していたNHKのETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図』を観る。

 http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2011/0515.html

 録画してたのも再放送だったのだが、28日にも再放送をやるらしい。まあ、それだけ反響があったのだろう。力作。「NHK、金、持ってまっせ!」っちゅうドキュメント番組。

 「子どもに20ミリシーベルトはアカンのではないのか!」っちゅう、のもやってはった。何やら、「その基準で大丈夫っすよ」と言ったらしい原子力安全委員会(?)の人が「私たちは言ってません」やったかな?んな事を言ってはった。
 え~。。。責任の所在が解らん、っちゅうのはアカンやろ。まあ、最終的には総理大臣になるのだろうが、「決めた」とされる機関が「知りません」なんぞと。責任を取りたくないのだろうが、え~。。。アカンのぉ。。。
 あの番組を見た人は、増々不信になるしかない。んなもん、私が福島に住んでて、んな情報聞いたらキレまっせ。「この数値で安全でっせ」と言ったとされる所が「知りません」って、何やねん、こら。あれはNHKのカメラ&編集のテクニック(意志)なんだろうが、原子力安全委員会(?)の兄ちゃんが逃げる様に帰ったシーンを収めてはった&編集テクニック。そら、編集したNHKの人も「なんじゃこりゃ?」やろ。んなもん。思わず笑ってもうたもんなぁ。ありゃ、呆れるしかない。

 いや~。。。人間だ。で、こういう場合に「もっとまともな組織のメンバーに」とはナカナカならなかったりする。いや、私の場合ね。まあ、誰がやってもビビる状況下だったりするのだろう。で、んな人間に原子力の管理なんぞ出来ない。出来ていないのが実情なんだろう。恐らく、今でも、日本の専門家のトップの人達が関わっていると思うのだが、その人達でもこんな状況だったりするのだし。もう、「無理です。原子力の事故が起こった時に、私たちだって生身の人間ですからパニックを起こしてしまうんです」なんぞと、弱さを確認するしかないと思うのだが。まあ、今回の事故だけはなんとかして貰わないと行けないのだが。

 さて、6月のもんじゅである。計画通りに6月に蓋を開けるのかどうかは知らないが、まあ、当初の計画だったら6月だった。


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落下装置を6月に回収へ もんじゅ、外部委で確認
2011.5.10 20:03
 日本原子力研究開発機構は10日、高速増殖炉原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)の原子炉容器内で昨年8月に落下した燃料交換用装置の回収作業を、6月中に実施すると明らかにした。

 回収法などを検討する外部有識者委員会は同日、装置と容器上ぶたの一部を一体で引き抜く回収方法について原子力機構から説明を受け、作業に必要な手順書や、つり上げ器具が適切に準備されていることを確認した。

 原子力機構は回収後、今秋までにもんじゅを落下前の状態に復旧させ、平成23年度中に第2段階の「40%出力試験」を始める方針。しかし、福島第1原子力発電所事故を受け、菅直人首相は国のエネルギー基本計画の見直しを表明しており、試験開始の見通しは立っていない。

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110510/biz11051020040052-n1.htm
 
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 これは地震と違って、日程が解るはずである。「え?いつの間に引き抜いたん?」なんぞと、もんじゅの現場のおっさんが勝手に引き抜く事はないだろうし。
 その場合に起こる、まあ、日程と、想定される危険だけは発表して頂きたい。後は自分の判断で「ママと娘は疎開して貰った方がエエかなぁ。。。」なんぞと判断するかも知れないし。

 わたしは『溶融』と『融解』との区別も付かない程度なんだが、まあ、んなレベルであっても、「こりゃ、アカンかも知れん」なら、とっとと避難さすし。私は御参りがあるし、「住職が寺から逃げてどないするねん」っちゅうのもあるし、それに、「テメー、今まで散々身体に悪い事をして来て、これぐらいの事でビビって逃げてどないするねん」っちゅうのもある。まあ、門徒さんが全部避難したら東北にカブで旅行しに行くと思うのだが。「誰かこのカブ要りまへんか?」なんぞと。

 『ネットワークでつくる放射能汚染地図』では、若いのに見事な農家の兄ちゃんが居てた。やはり、農作業をしたいらしい。泣きながら「ここで子どもとヨメはんと生活したかったのに」なんぞと。「幼稚園に行って、小学校に行って」なんぞと。
 でも、今は別居らしい。ヨメはん&子どもは避難させているらしい。

 私も寺が大事。その場に残る人が居れば、そりゃ、「え~。。。住職、お前の仕事はなんや?」っちゅう話になるし。まあ、坊守の寺での仕事はどんどん無くなって来ているので、まあ、居なくても大丈夫。なので娘と一緒に避難が無難。

 で、非常に素朴な疑問なんだが、「首都圏も危ない!」なんぞと言っている人が子どもや孫を避難させないのはなんでやねんやろ。
 交通事故で言うと「向うから車が来る!危ない!」っちゅう状況であると判断したのならば、逃げ出すべきではないのか?単純に。「いや、仕事がありまして」も、本気で「危ない!」のなら逃げて当然やろ。仕事もクソもなく。非常に単純な話なんだが、生活は『生きている』から出来るのであって、でんなぁ。あれがよく解らん。まあ、単純に死を覚悟してはるのかも知れないのだが。
 「私は大丈夫」なのかな?それとも不安を煽っているだけなのかな?
 っちゅうか、まあ、これも『村意識』なのかも知れん。微妙に差別表現だったりするのだが、まあ、閉鎖的な空間の中で「みんなと一緒でないとイヤ!」みたいな感じ。あるいは「長老が判断して決めてくれないと!」なのかな?
 個がない。

 危なければ逃げればイイじゃん。実際に報告されてからでないと解らんが、もんじゅの蓋を開ける時に、私が「こりゃ、危ないな」と判断したら、娘&ヨメはんに旅行に行って貰いまっせ。借金してでもお金を渡して「君達はこれで若狭湾にでも旅行に行って来なさい」と(笑)
 まあ、風向きを考えつつ、娘はコシのない柔らかいうどんが好きなので「博多でうどんでも食べて来たら」とか、「熊本に良い寺があるから坊守として研修して来い」とか、「琉球親鸞塾を視察して来い」とか。別に一家心中するつもりはないし。パパは多少の放射能以上には身体に悪い事をして来たし、まあ、住職が地域から逃げたら話にならん。それこそ、寺から出て行かんとアカン。
 
 んが、まあ、そういう判断の時に、え~。。。これまた微妙に差別発言なんだが「村の長が決めて呉れないと判断出来ない」っちゅうわけでもない。元々、日の丸・君が代&天皇制に反対の、かつ、そういう集会に行ったりする筋金入りの非国民だし(笑)

 これまた『島国根性』とか言ったりすると、「うちの島はそんな事はない!」っちゅう、ステレオタイプ発言になったりするのだが、まあ、なんか、『島国根性』であったり、『村意識』であったりする、まあ、問題のある表現方法なんだが、そういう表現方法で呼ばれて来た、個のなさが露呈している気がする昨今。

 そういえば、「だって○○君もやってたもん」の時に「ほな、○○君が死ぬ言うたら、あんたも死ぬんか?」なんぞと、ありがちな話を思い出したりするのだが。

 で、そういう人達が大キライであろう言葉の自己責任。国家に頼るのでなく、自己責任ではないのか?残るのも、逃げるのも。危険かどうかを判断するのは国家ではない。国家は国家としての判断を下す。それは国家としての判断であって、その判断に個人が従わねばならない筋合いもない。国家が「安全です」「ただちに危険のない数値です」なんぞと言っても、個人の自己責任で「アカン。」と判断すれば逃げればイイ。個人的な判断でもって「大丈夫」と判断すれば残ればイイ。
 それだけの様な気がするのだが。。。まあ、当然、国家が打ち出した安全基準が、安全でなければ国家の責任は問われるわけなんだが。

 『民主主義』の『民』は、個々それぞれの私たちである。決して『国家』ではない。天皇でもない。
 この共同体の『民』は、『国家』や『天皇』の判断がなければ、自分の人生も決める事が出来ないのか?自分や、我が子の生命を国家の判断に任せるのか?
 
 非常にシンプルな話。自己責任の自己判断でもって、「子どもが危ない!」と思えば、子どもや孫を避難させればイイ。別に政府の判断を待たんでもエエやろうが。


 そういや、讃岐の『花畑うどん』は、あんまりコシがなかったな。

 http://www.tk2.nmt.ne.jp/~osaka/udon/hanabatake.html

 讃岐も最近行ってないし、今年の夏休みは讃岐うどんツアー『いざ!花畑へ!』にしようかな?
 ん?田町のスーパーホテルは家族で泊まれるのか?パパは22時には寝れんぞ(笑)隠れたロックバー王国の高松に行ってロックバーに行かない事は、讃岐に行ってうどんを食べない事に匹敵するのだが。パパ的には(笑)深夜に抜け出して、裏の地下にあるロックバーに行って来よ。っちゅうか、まだやってるのかどうか知らんが。

 それまでに「稼げ!働け!」である。
 なので、え~。。。もんじゅ、無事になんとか。。。

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2 コメント

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なぜか逃げない (芳立)
2011-05-22 23:51:41
>非常に素朴な疑問なんだが、「首都圏も危ない!」なんぞと言っている人が子どもや孫を避難させないのはなんでやねんやろ。

ええ、非常に疑問です。さっさと逃げればいいのに、逃げないでいつまでも居残って「危ないわ危ないわ」ってうっとうしい。

最後は自己責任・自己決定だと思うんですけど、そこが分かっていない人が多すぎるんですよ。で、周りも自分と同じ決断をしてくれないと不安になるという特徴もあります。

私は「逃げなくていい」の立場ですが、もし逃げなかったことによって将来私の健康に甚大な害があったとしても、それは私の決定による責任ですんで。逆に、もし逃げたことによって、今の生活、仕事、境遇の良さを失い、多大な経済的損失をこうむったとしても、それはその人の決定による責任。
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Unknown (エロ坊主)
2011-05-23 01:22:35
 そういう面でいうと、とっとと逃げ出したきっこなんぞはある意味潔いですね。まあ、別な面のうっとうしさ&それ以前に『きっこの中の人って誰?』というのもあって、本当に逃げたのかどうか解りませんが(笑)

 そういえば、きっこは例の『耳なしうさぎ』について何を書いてるのかな?
 http://itaishinja.com/archives/2728676.html
 後でチェックします。きっと大変な事になっているのでしょうが(笑)
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