坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

クジラと生きる

2011年05月23日 | 坊主の家計簿
 朝からひたすら走り回る。
 合間に寺に荷物を取りに来たりなんぞで2度帰る。娘、「パパ!」と。「パパは今日は忙しいねん」と。
 仕事終了。「パパ!」と娘。急ぎの買い物があったので速攻出かける。
 帰宅する。娘はパパが仕事の合間に帰って来た事が昼寝の邪魔になったらしく、夕方なのに寝てた。パパも横で寝る。結構寝る。娘と一緒に2時間ぐらい寝てしまう。

 復活!は20時近く(笑)今日の晩御飯はカレーだったので、すぐには食べれない。んが、腹が減ってたので20時半には食べてたのだが。
 娘も22時には寝る。何やら昨日の遠足で大ハシャギだったらしく、そういえば朝出かける時の珍しく寝転んでたし、お疲れモードらしい。

 娘が寝てから録画していたNHKスペシャル『クジラと生きる』を観る。

 http://www.nhk.or.jp/special/onair/110522.html

 番組を観ながら、「偉いなぁ。。。」と、太地のくじら漁の方々に対して思う。ありゃ、なかなか出来んぞ。
 とにかく、徹底して反捕鯨団体の人に嫌がらせをされる。ありゃ、『抗議』というレベルではない。嫌がらせである。その嫌がらせに対して、まあ、最初のうちはキレてたりしてたのだろうが、最近は『専守防衛』である。太地は憲法9条の町かも知れんぞ。

 っちゅうか、札ビラ切って「金が欲しいのなら、ここにある。これでくじら一頭(やったけな?)を助けてやってくれ」みたいな事も、「おい、札ビラ切って何をヌカしとるねん」なんだが、それが英語なのだ。
 え~。。。厳密には英語かどうか知らん。フランス語かロシア語かスペイン語か知らんが、まあ、とにかく『英語っぽい言葉』であった。っちゅうか、まあ、英語なんだろうが。英語を認識する機能は私にはついていないので。
 で、まあ、英語での抗議である。
 え~。。。英語っていつから世界の標準語になったんだろうか?

 まあ、仮に私の寺の前に「この葬式坊主が!釈尊がそんな事をやってたか!恥を知れ、恥を!」「毎日深夜まで飲酒していて、子どもの事をブログに書く僧侶は僧侶ではない!釈尊に謝れ!仏教寺院の看板を下ろせ!」なんぞと、英語や、タイやスリランカの言葉で言われても、まあ、解らんぞ。札ビラ切ったら「お!寄附ですか?有り難くお預かりします」なんぞというだろうが(笑)

 まあ、『無礼』以前の問題だったりすると思ったりするのだが。
 抗議活動が、本当に『相手に対しての言葉』であるのならば、それは相手に通じなければ話にならない。話が出来ない。話が出来ない所に、抗議もクソもない。

 今回はたまたまNHKの番組だったので、字幕スーパーが入っていて、かなり無礼極まりない言葉だという事が解ったが、まあ、太地の漁師さんの中でどれだけ英語が出来る人が居ているのか知らないが、まあ、大半の日本人に、ペラペラと英語を喋られても通じないと思うし、無礼以前の問題である。

 番組の中で反捕鯨の人が日本語で喋ったのは「死ね」と「殺し屋」だけだった。
 「殺し屋」の方だったと思うのだが、太地のくじら漁師さんの中心人物が、さすがに「殺し屋」と言われて、少し動きが止まった。けど、その怒りは同じ仲間に対して「我慢しろ」になった。「堪えろ、耐えろ、我慢しろ」になった。
 ありゃ、出来ん。

 太地は沖合30キロ程度で黒潮がある。だったら、『くじら供養』という夜祭りで、反捕鯨の人の宿舎に深夜に忍び込んで、ガムテープでグルグル巻きにして、くじらの着ぐるみ的なのもに入れて「ほら、黒潮に乗ってお帰り」と流してしまえば、まあ、遺体は上がらないのだが。
 っちゅうか、まあ、そこまでしなくとも、拉致って黒潮に流してしまえばエエだけなんだが。

 んが、そんな事もせずに、ずっと耐えて居られる。
 番組内では、1人の、まあ、私と同じぐらいの年齢ぐらいであろう漁師さんの車の前に立ちはだかる反捕鯨の人が居た。携帯で「こんな状況なんですが、どうしたらエエのですかね?」なんぞと。ホンマに辛そうだった。

 その漁師さんの娘さんが通う中学校では「捕鯨と反捕鯨の問題はどうすればいいのか?」みたいな討論を授業でやってはった。それぞれの班なのかな?6人程度の班に別れての議論。

 『違いを認め合う』というのも、意見の一つでしかない。『違いを認め合う』というのと『この意見が絶対である』というのとは同じ『意見』である。
 え~。。。言い方がややこしいな。『違いを認め合う』というのも意見の一つでしかなく、その意見は『絶対に正しい』わけではない。

 捕鯨と反捕鯨。反捕鯨の人にとってみれば、くじらやイルカが殺され食べられる事は、「死刑囚にだって人権はある」というよりも遥かに大きい問題なのかも知れない。
 っちゅうか、え~。。。元々、私が運動なんぞに足を突っ込んだのもブロイラーの問題だったり、最近フェロモン・シバターがプカプカ(あ、よく行くバーです)で署名活動をしているが、棄てられた犬猫や、野良犬、野良猫を殺される事からだったりするのでよく解る。
 まあ、「知能の高い」というのは気に入らないが、でも、まあ、ウイルスだって生きているにも関わらず、『ブロイラー』と呼ばれる鶏や、『家畜』と呼ばれる動物、犬猫なんぞの『解り易い生き物』に対しての感情移入だったわけなので、それだって「知能の高いくじらやイルカを殺すな!」と、あまり変わりはなかったりする。

 「殺さずには生きておられない」なんだが、同時に「殺すな!」である。その「殺すな!」の中に優劣があってはイケナイはずなんだが、優劣がある。『除菌』『殺菌』で殺す事に痛みを感じる事はあまりない。その優劣の価値判断が、「知能の高いくじらやイルカ」だったりするのだろう。で、反捕鯨の人にとっては、『人権』に匹敵する、っちゅうか、まあ、『人権』という思想自体が、人間中心なんだが、まあ、「死刑囚の○○さんが今日死刑執行されました」よりも遥かに大きな問題だったりするのだろう。泣いてはる人も居てはったし。反捕鯨の人だって本気なのだ。まあ、本気でない人は何処にでも居てるが、本気なんだろう。

 正義と正義がぶつかりあう。
 が、くじら漁師さんにとっては、どうやら『正義』でもなさそう。
 今日のNHKスペシャルを見てての一番の事。
 『正義』とか、うんたらかんたらういう以前の問題なのだ。だから、『正義』を押し付けられた時に、「耐えろ!」と声をかけ合ったりしていた。
 「我慢せえや。俺が耐えてるてるねんぞ」なんぞと。きっと、あの中心的存在らしいオッサンはかなりの暴れん坊だと見た。なんか、表現は悪いが、一番喧嘩早い人間が「我慢せえや」なんぞと言ってる風に見えた。だから、「○○さんが堪えるねんやったら。。。」になるのだろうし、また、互いに声をかけ合っていた。

 ちょっと『文化』という言葉を舐めていた。『文化を守る』という事を舐めていた。

 ふと、親鸞の『人倫の嘲を恥じず』という言葉を思い出す。
 
 【ただ仏恩の深きことを念じて、人倫の嘲を恥じず】

 である。

 先日の学習会である先輩が、まあ、年齢的には下なので「○○君」なんぞと言ってしまっているのだが、その先輩が私が全く考えつかなかった視点からの発言をした。


  僧ぞ法師のその御名は
  とうときこととききしかど
  提婆五邪の法ににて
  いやしきものになづけたり

 
 という親鸞の和讃の『提婆五邪の法ににて』を、私は明恵だと思った。しかし、彼(先輩)は、「これは私である」と言い切った。
 え~。。。とりあえず法話で呼ぶ候補に(笑)

【親鸞聖人自らこの事件について「主上臣下、法に背き義に違し、忿をなし怨みを結ぶ」と厳しく批判されています。しかし、「忿をなし怨みをむす」んだのは、流罪死罪になった方ではなくて、断罪した側であります。たしか『法句経』の一句だったと思いますが、釈尊の教えに、「世のすべての人に憎まるる身にとなるとも、一人を憎む身となることなかれ」というお言葉があります。】(藤元正樹『ただ念仏のみぞ』より)

 なんか、今日のNHKスペシャル『クジラと生きる』を観て、飲みながらダラダラ書きつつ、そんな事を思ったりする。
 そして、改めて『生きる』という事を「考え直さんとイカンなぁ。。。」と思ったりする。
 っちゅうか、まあ、「考え直す」もクソもなく、生きとるんだが、やっぱり、その『生きとる』っちゅう事が『考え』になってしまっている、『思い』の中で考えてしまっている事実を突きつけられたりしている。
 予断もクソもなく、生活の現場。『考え』でなく、生活の現場。

 そんな生活の現場からの『南無阿弥陀仏』の声。お念仏の声。

 ふと「帰ってきなさい。待ってるから」という恩師の声が聞こえる。

 しゃー、寝よう。
 明日は本山へ団体参拝。私は仕事なので、遅れての参加。
 ママ(坊守)は最初からのなので、明日はパパ(私)が娘を起こして、っちゅうか、先に起こされる可能性の方がデカイかも知れんが、まあ、娘を起こして、朝の支度をして、娘を保育園「友達と遊んで待っててね」である。微妙に緊張しています(笑)

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4 コメント

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美味いから喰う。 (ベニマロ)
2011-05-23 09:33:51
シーシェパードみたいな破落戸さんに正論で挑んでも駄目です。「クジラは美味い。だから喰う。」
の一点張りで押し通すのが一番。
それでもゴタゴタ言うようなら、こう言ってやればいいんです。
「君たちがハンバーガー喰うのをやめたら、クジラ喰うのやめちゃる。」
クジラは美味い。先々週も喰った。
クジラは賢い。が、美味い。
だから、喰うのはやめられない。
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Unknown (Hideイタリアーノ)
2011-05-23 23:09:29
言語に興味があるのですが、英語って、一番単純な言語なんですよね。変化や覚えることが少ない。他の国の人が日本にくると少しは日本語を覚えて、同化しようとする。アメリカ人はしない、というかできないんでしょうね...。アメリカに精神的に支配されてきた日本。マイケル・ムーアの映画ってとっても意図的に偏向されているところがありますが、アメリカに毒されてきたことをまだまだ知らない一部の日本人にとっては、入門編としてはきっといいんでしょうね。
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ベニマロさんへ (エロ坊主)
2011-05-24 02:39:55
 クジラは美味いけど、高いから食べれない。。。
 って、いうか、南氷洋での捕鯨も含めて、以前が安過ぎたのかも知れませんね。
 反捕鯨の人に邪魔されると、その分のコストがかかって高くなる&希少価値が高まったりするのでしょうが、う~ん。。。やはり食べたい。

 そういえば、大阪って、太地ではないけど、結構、クジラ王国だったりして。クジラ料理を食べれる店、結構ありますもんね。
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Hideイタリアーノさんへ (エロ坊主)
2011-05-24 02:48:55
 っちゅうか、抗議活動をして、相手に(太地町のクジラ漁師さん)に理解を得ようとするならば、日本語で話すしかないのですが、英語で抗議している&撮影してホームページにアップしてたりするので、ありゃ、自己完結でしかないですよ。本気でクジラ漁を辞めさせようとは思ってない。
 宣教師が海外布教に行くのに、現地の言葉を無視して、自分達の言葉だけで話してても意味ないですし。
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