2月27日
食類 天ぷら2 98円
ポン酢 198円
うどん玉 18円
オニオンサラダ 100円
ハラミ 459円
外食 回転寿司 486円
合計 1359円
2月累計 110683円
一昨日、昨日とよく遊んだので今日はヘロヘロ。
しゃて、フルハム三浦である。懐かしい。。。っちゅうか、この『フルハム三浦』って今時の若者には解らんやろ。おっちゃんぐらいの年齢でないと解らんやろ。お前等『オレたちひょうきん 族』とか、『景山民夫』って知らんやろ。
と、オヤジ自慢。
しかし、久しぶりの『ロス疑惑』報道。
これも、最近の若者には解らんやろ。
「なんやねん。単なる殺人事件と違うんけ?」やろ。そうなのだ。実は単なる殺人事件なのだ。
殺人事件は毎年1200~1300件ぐらいあるらしい。当然、結構多くの殺人事件報道がある。それはロス疑惑当時も同じである。件数は知らんが。
また、殺された方は1人である。当然、殺された方にとってはたった一度の人生だし、殺された方の遺族にとっても同じである。犯人が何人殺したか、あるいはその事によって社会的制裁を受ける罪の軽重など関係ない。
ただ、『社会』に与える影響力が少し変わって来る。死刑と無期は違う。
ロス疑惑の犯人が日本で有罪になったとしても、日本国家が与える罪は無期が最高だろうし。事実三浦元容疑者も無期懲役の判決だった(後に無罪判決)。
だから、若者にとっては「何を騒いでいるの?」なのだろう。
その視点は重大である。
三浦氏は非常にマスコミにとって使い易かった。そのキャラクターが立派に成り立っていた。だから、『フルハム三浦』等という景山民夫のキャラが成り立った。つまり、三浦氏のキャラが使い易かった、つまり視聴率が取れる人であった。
テレビはNHKを除いて全て広告収入で成り立って居る。他の殆どのマスコミもしかり。
つまり視聴者、読者に注目される記事を書く事によって数字が取れるわけである。それが殆どのマスコミの実態である。
三浦氏はその辺で非常に好都合だった。
事件と全く関係のない三浦氏がスワッピングパーティーなんかに出ている写真が掲載されたりした。三浦氏がどういう性生活をしているかという事と事件とは全く関係ないにも関わらずそういう写真まで出回った。
つまり、言葉は悪いが三浦氏は『おもちゃ』だったのだ。
確かに三浦氏は他の事件で有罪になった。が、しかし、それもそれ程騒ぐ事件ではなかった。ただ、三浦氏というキャラクターが数字を呼んだだけなのだ。
最近では、2ちゃんねるで『画伯』と呼ばれていたらしい人の殺人事件がある。
これは『画伯』と呼ばれて居た人は被害者遺族にも関わらずそのキャラクターが成り立っていた為にマスコミに偏見を持たれ注目され、2ちゃんねるでは名前から『画伯』と呼ばれた。あの方がもしキャラクターとして成り立っていない方なら、あの事件はそこまで注目されたのだろうか?殺人事件は年間に1200~1300件ぐらいあるのだ。容疑者が捕まった報道も多くある。だが、その中で注目され、ロス疑惑のように未だに騒がれる事件は少ない。はず。
この辺がマスコミなのだ。
マスコミは数字を取れる注目されやすい題材を探す。
しかし、その事は決して他人事ではない。
え~。。。正直な話、注目されたくないっすか?
多くの群れの中に居る。その群れの中で注目されたいが故に目立つ行動を取る。
しかし、それは決して『最初からは違っていない』安心感。
最初からの異物ではない。最初からの異物とはマイノリティ。
多数派の群れの中から目指す変わった事。変わった表現。それで注目されたい。目立ちたい、個性的でありたい。
「オレはアイツ等と違う」
別に無理から個性的にならなくてもエエと思うのだが。
平々凡々でも、っちゅうか、平々凡々って凄くない?
平々凡々と云っても、一人一人は必ず違う。個体差がある。
別に無理から『個性的』という作られた存在にならなくとも、元々個性的だし。
注目される。例えば英霊になんぞならなくてもエエやん。世間の注目を浴びる生き方を目指さなくとも別にエエやん。
それがフラワーカンパニーズの名曲『東京タワー』の精神でっせ。
http://listen.jp/store/artword_1000753_31841.htm
注目される生き方。目立つ生き方は、しんどい生き方。
当然、商業主義のマスコミは煽りまんな。それが仕事やし。
マスコミに煽られて、いや、煩悩に煽られているのが実態やけど、煩悩は煩悩でっせ。欲は欲でっせ。無欲に成れんでも、欲は欲でっせ。
食類 天ぷら2 98円
ポン酢 198円
うどん玉 18円
オニオンサラダ 100円
ハラミ 459円
外食 回転寿司 486円
合計 1359円
2月累計 110683円
一昨日、昨日とよく遊んだので今日はヘロヘロ。
しゃて、フルハム三浦である。懐かしい。。。っちゅうか、この『フルハム三浦』って今時の若者には解らんやろ。おっちゃんぐらいの年齢でないと解らんやろ。お前等『オレたちひょうきん 族』とか、『景山民夫』って知らんやろ。
と、オヤジ自慢。
しかし、久しぶりの『ロス疑惑』報道。
これも、最近の若者には解らんやろ。
「なんやねん。単なる殺人事件と違うんけ?」やろ。そうなのだ。実は単なる殺人事件なのだ。
殺人事件は毎年1200~1300件ぐらいあるらしい。当然、結構多くの殺人事件報道がある。それはロス疑惑当時も同じである。件数は知らんが。
また、殺された方は1人である。当然、殺された方にとってはたった一度の人生だし、殺された方の遺族にとっても同じである。犯人が何人殺したか、あるいはその事によって社会的制裁を受ける罪の軽重など関係ない。
ただ、『社会』に与える影響力が少し変わって来る。死刑と無期は違う。
ロス疑惑の犯人が日本で有罪になったとしても、日本国家が与える罪は無期が最高だろうし。事実三浦元容疑者も無期懲役の判決だった(後に無罪判決)。
だから、若者にとっては「何を騒いでいるの?」なのだろう。
その視点は重大である。
三浦氏は非常にマスコミにとって使い易かった。そのキャラクターが立派に成り立っていた。だから、『フルハム三浦』等という景山民夫のキャラが成り立った。つまり、三浦氏のキャラが使い易かった、つまり視聴率が取れる人であった。
テレビはNHKを除いて全て広告収入で成り立って居る。他の殆どのマスコミもしかり。
つまり視聴者、読者に注目される記事を書く事によって数字が取れるわけである。それが殆どのマスコミの実態である。
三浦氏はその辺で非常に好都合だった。
事件と全く関係のない三浦氏がスワッピングパーティーなんかに出ている写真が掲載されたりした。三浦氏がどういう性生活をしているかという事と事件とは全く関係ないにも関わらずそういう写真まで出回った。
つまり、言葉は悪いが三浦氏は『おもちゃ』だったのだ。
確かに三浦氏は他の事件で有罪になった。が、しかし、それもそれ程騒ぐ事件ではなかった。ただ、三浦氏というキャラクターが数字を呼んだだけなのだ。
最近では、2ちゃんねるで『画伯』と呼ばれていたらしい人の殺人事件がある。
これは『画伯』と呼ばれて居た人は被害者遺族にも関わらずそのキャラクターが成り立っていた為にマスコミに偏見を持たれ注目され、2ちゃんねるでは名前から『画伯』と呼ばれた。あの方がもしキャラクターとして成り立っていない方なら、あの事件はそこまで注目されたのだろうか?殺人事件は年間に1200~1300件ぐらいあるのだ。容疑者が捕まった報道も多くある。だが、その中で注目され、ロス疑惑のように未だに騒がれる事件は少ない。はず。
この辺がマスコミなのだ。
マスコミは数字を取れる注目されやすい題材を探す。
しかし、その事は決して他人事ではない。
え~。。。正直な話、注目されたくないっすか?
多くの群れの中に居る。その群れの中で注目されたいが故に目立つ行動を取る。
しかし、それは決して『最初からは違っていない』安心感。
最初からの異物ではない。最初からの異物とはマイノリティ。
多数派の群れの中から目指す変わった事。変わった表現。それで注目されたい。目立ちたい、個性的でありたい。
「オレはアイツ等と違う」
別に無理から個性的にならなくてもエエと思うのだが。
平々凡々でも、っちゅうか、平々凡々って凄くない?
平々凡々と云っても、一人一人は必ず違う。個体差がある。
別に無理から『個性的』という作られた存在にならなくとも、元々個性的だし。
注目される。例えば英霊になんぞならなくてもエエやん。世間の注目を浴びる生き方を目指さなくとも別にエエやん。
それがフラワーカンパニーズの名曲『東京タワー』の精神でっせ。
http://listen.jp/store/artword_1000753_31841.htm
注目される生き方。目立つ生き方は、しんどい生き方。
当然、商業主義のマスコミは煽りまんな。それが仕事やし。
マスコミに煽られて、いや、煩悩に煽られているのが実態やけど、煩悩は煩悩でっせ。欲は欲でっせ。無欲に成れんでも、欲は欲でっせ。
でも、こういう事が結構あったりします。
で、出た結論。
やっぱし、家族って似るとかイイますやん。で、やっぱし同じ環境で学んだから結構似たような時に似たような事を考えてたりして♪