坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

シーツ

2007年06月25日 | 坊主の家計簿
 6月25日

 雑費  JR            160円
     南海           320円
     敷きシーツ        580円
     掛けシーツ2      1160円
 食類  酢秋刀魚         100円
     酢鯖           100円
     コロッケ          42円
 外食  たぬき          270円

 合計              2732円
 6月累計           68485円

 所属寺の学習会。今日は『降魔』。

 所属寺に行くには最寄りの駅からスーパーの中を通り抜けるのが一番の近道。で、そのスーパーには無茶苦茶美味いコロッケを売っている店があって、店が開いてる時間ならほぼ100%買い食いしている。人気店らしく、いつでも揚げ立てのコロッケが食べれるし。
 で、今日もそのコロッケもある事やし、スーパーの中を通っていたら、セールでシーツが安かった。丁度買わんとあかんかったので購入。1枚1000円の予算を見越していたので安く買えて嬉しい。あとは天気のエエ日を狙って一度洗って天日干ししてから使用やな。シーツでも、タオルでも新品をそのまま使うのはイヤやし。
 特にタオルとかは大変でっせ。新品のタオルはエエタオル程何度も洗ってからでないと使えない。余計な繊維を取ってからでないと使えない。しかも、他のもんと一緒に洗うとタオルの繊維が他の洗濯物に移って大変なのだ。

 この辺を近藤典子先生はどういう風にしているのだろうか?

 まあ、外でブイブイいわしてる人だって、外でブイブイいえるのはちゃんと布団を干したり、シーツを洗って交換したり(もの凄い面倒)、タオルの繊維を取ってから使えるタオルにしてる人が居てるからでっせ。
 そんな「御陰様」の声が響き渡らない世の中っちゅうのは、あくまでも『御陰様』で封じ込める、『奥様』として封じ込める、っちゅうのは健全ではないな。『健全』という言葉は好きではないし、誤解を生みやすい言葉だが、だが『健全』ではないな。

 夕方のコロッケ屋には揚げ立てのコロッケを買うオバちゃんが居た。共働きなのかなんなのかは知らん。「コロッケ10個とアジフライ4枚」の家族構成は解らん。
 でも、まあ、なんだ、別に『母の味』で育てないと子どもがグレる、っちゅう事もないし、グレたらグレたでエエやんけ。グレて苦労して解る事もあるし。

 「親があっても子は育つ」の名言通り、誰だって『家庭』の犠牲になる必要はない。
 同時に、

【犠牲者がその烙印を投げ返す時が来たのだ。殉教者が、その荊冠を祝福される時が来たのだ。
 吾々がエタであることを誇りうる時が来たのだ。】(宣言より)

 『家庭』を支えて来た誇りをもって世に出て声を伝えて貰いたい。

 ただ、続く文章は

【吾々は、かならず卑屈なる言葉と怯懦なる行為によつて、祖先を辱しめ、人間を冒涜してはならぬ。そうして人の世の冷たさが、何んなに冷たいか、人間をいたはる事が何であるかをよく知つてゐる吾々は、心から人生の熱と光を願求禮讃するものである。
 はかくして生まれた。
 人の世に熱あれ人間に光あれ】(宣言より)

 だったりする。
 『人間を冒涜してはならぬ。』という言葉が、あるいは

【夫等のすべてが吾々によつて、又他の人々によつて毎に人間を冒涜されてゐた罰であつたのだ。】(宣言より)

 が大事ではないのか?