ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

その手に触れるまで

2020-06-11 23:37:52 | さ行

社会に対して、問題意識がある人でも

なかなかここまで目を配れない。

ダルデンヌ兄弟監督には、本当に隅の隅まで、見えているのだ。

 

「その手に触れるまで」73点★★★★

 

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ベルギーに暮らすアメッド(イディル・ベン・アディ)は

つい最近まで

ゲーム好きのごく普通の13歳の少年だった。

 

が、いまはイスラム教の聖典・コーランに夢中。

最近通い始めたモスクで出会った若き導師イマームに感化され

恩人であるイネス先生(ミリエム・アケディウ)との握手も

「大人のムスリムは女性には触らない」と拒絶するようになっていた。

 

そんななか、ある出来事から

アメッドはイネス先生を「聖戦の標的」として

排除する計画を立て始める――――。

 

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ドキュメンタリーを出発点に

70年代からいままで、一貫して社会の「隅」で息をする人々の「現実」を

ビビッドに描き、世界を震わせてきた

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の新作です。

 

「ムスリム(イスラム教徒)」を題材に

13歳の少年の目線で提示された物語は、やっぱり斬新で

違う角度から、世の中を見せてくれる。

 

徹底して弱者の味方をしてきた監督には

本当に社会の「隅の隅」までみえているんだ、と

ミシミシと感じさせられました。

 

 

主人公は

ベルギーに暮らし、イスラムルーツの両親を持つ13歳の少年アメッド。

父が家を出て行き、いまは母と兄と暮らしている彼は

危険な導師に心酔し、妄信し、暴走していく。

 

 

そして恩師である先生を

あろうことか、「聖戦の標的」ととらえて、攻撃を計画するんですね。

 

アメッドのこぶしはまだ小さく、

起こす暴力は、まだささやかだけれど

思春期の少年の心に入り込んだ「洗脳」ともいえる思想は

たやすくはほぐれない。

 

若さゆえ、妄信的にのめり込む純粋さと怖さが

84分というコンパクトさのなかで、強烈に迫ってきます。

 

同時にあらがえない、少年の甘酸っぱい「性」のめざめも

彼を助けようとする周囲の人々の思いやりもよく描かれていて

 

そんななかで

いつ、この幼い少年が「やらかして」しまうのか?と

緊張が途切れなかったし

本当にさまざまを考えさせられました。

 

アメッドの状況は

例えば

命からがら逃げてきた移民、というような

わかりやすい同情や共感の「弱者」には収まらない。

 

ヘタをすると

「助けの手を差し伸べたのに、恩を仇で返してくるテロリスト」となるわけで

 

そこまで社会は彼らに寛容になれるのか?

寄り添えるのか?

 

移民問題の、さらに隅にある「現実」をつきつけられ

実に複雑な気持ちになりつつ

しかし、これが現実。

 

ダルデンヌ監督が放つ矢は

やっぱり正面から向き合い、いま考えるべきことなのです。

 

★6/12(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで公開。

「その手に触れるまで」公式サイト

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コリーニ事件

2020-06-09 23:14:20 | か行

原作が指摘した法律の落とし穴に

ドイツ政府も動いた!らしい。

えらいこっちゃ。

 

「コリーニ事件」72点★★★★

 

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ドイツ、ベルリンの高級ホテル。

そのスイートルームに入ってきた男が、

部屋に滞在していた初老の富豪ハンス(マンフレート・ザパトカ)を

いきなり殺害する。

 

が、男は逃げも隠れもせず

血まみれのまま、ロビーの椅子に座り

その後、おとなしく、警察に捕まった――――。

 

男の名はコリーニ(フランコ・ネロ)、67歳。

ドイツで暮らす模範市民だった彼が、なぜ富豪を殺害したのか?

コリーニは何も語らず、静かに収容されていた。

 

そんなコリーニの弁護人となったのは

若き新米弁護士カスパー(エリアス・ムバレク)。

 

だが、実は殺された富豪ハンスは

カスパーの恩人だったのだ。

 

悩みながらもコリーニの弁護を引き受けたカスパーは

次第に、事件の裏に潜む、恐ろしい真実に迫っていく――――。

 

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「このミステリーがすごい!」でも上位に食い込む

ドイツの刑事事件弁護士にして、世界的ベストセラー作家

フェルディナント・フォン・シーラッハ原作の映画化です。

 

原作小説で指摘された

ドイツのある法律の落とし穴がきっかけとなり

政府が正式に「調査委員会」を立ち上げた、という

強力パワーのリーガル・サスペンス。

まあ、動くドイツ政府もすごいよな、というのが

やっぱりちょっと羨望なのですが(笑)

 

 

ミステリーでネタバレはつまらないので、さらっといきますが

この事件は

たぶん、みなさまのご想像どおり

ナチスドイツ時代に端を発している。

 

で、ドイツには当時の「罪」をうまく回避すべく

ずるこい人々が作った「法律」がある。

 

それに気づいた若き弁護士と

「いやいや、そこは含み置けよ、そしたらキミの将来は安泰だぞ」的な

前の世代の人々とのバトル、ともいえる話なんですね。

 

保身や利己心に従うか、

いや、自らの高潔な良心に従うか。

なんだか、あ~いろんな意味で

いまっぽい!(苦笑)

 

コリーニ演じるフランコ・ネロの

寡黙にしてすごい存在感もいいし、

その彼の背景にある、信じられない「過去」といい

 

トルコ系の血を持つ主人公の弁護士カスパーの

ドイツ社会での地位、差別にさらされてきた現状――なども盛り込まれ

 

全体に魅せるミステリーなことは間違いないです。

 

 

ただ、それゆえに、気になった点もあった。

 

まずコリーニの弁護士カスパーの、

被害者との個人的な関わりゆえの、葛藤やら回想が過剰すぎる。

 

戦時下での行いと、その後の「その人」は違う――――という

複雑さの現れなのかもしれないけど

少々、エクスキューズ(弁明)に見えなくもない。

 

それにね。

弁護には詳しくないけど、依頼人が黙秘してるなら、

まずその人の過去を探るのって、イロハのイ、じゃないの?

てか、絶対に知りたくなるよね?とか、思ってしまうんですが

主人公がなかなかそれに着手せず

中盤に物語がようやく動き出すんですよね。

 

もうちょっと、はよ、やって?と(笑)

 

でも、おもしろかったですよ。

 

ちなみに。

原作者のシーラッハ氏は1964年生まれで、自身もナチ党の実力者を祖父に持つそう。

弁護士になり、過去に正面から「小説」というかたちで向き合う

その姿勢、やっぱ尊敬してしまいます。

 

 

★6/12(金)から公開。

「コリーニ事件」公式サイト

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15年後のラブソング

2020-06-09 23:14:20 | さ行

ハハハ、この宣伝ビジュアルのシーンが

こんなにトンデモな状況だとはなあ!(笑)

 

「15年後のラブソング」71点★★★★

 

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イギリスの地方都市で暮らす

30代半ばのアニー(ローズ・バーン)。

 

アニーは地元の大学に勤める

ダンカン(クリス・オダウド)と15年来の恋人で

夫婦同然の暮らしをしている。

 

が、最近アニーはダンカンにいらつくことが多い。

というのも、ダンカンは

90年代初頭に登場し、あっという間に姿を消した

ロックシンガー、タッカー・クロウ(イーサン・ホーク)に心酔し

彼の追っかけブログを立ち上げ、

世界の仲間たちと、SNSでやりとりすることに夢中なのだ。

 

ある日、ちょっとしたことから

アニーはダンカンのブログに、タッカーに批判的なコメントを書き込む。

すると、返信が。

 

「君の評価は正しい」

――――送り主は、なんとタッカー本人を名乗る男で?!

 

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ビミョーな雰囲気の男女が映る宣伝ビジュアルから

まあなんとなく、ビミョーな男女のラブストーリーを想像しますよね。

 

二股してたのがバレた?

元ダンナとイマ彼?――――とか、予想したのですが

いやいや、想像を超える面倒くささだった(笑)。

 

 

いまは姿を消した伝説ミュージシャン(イーサン・ホーク)にハマって、

彼の超ヲタになったダンナ(かと思ったけど、結婚はしてなかったのね)と、

そんな彼との間に隙間風が吹いてるヒロイン。

 

ある日、ヒロインがひょんなことから

そのミュージシャン本人と繋がって――――という

まあSNS時代にはなくもない展開。

 

で、このワンシーンは

かつての美青年伝説ミュージシャンから

ヒゲぼうぼう、もっさいオヤジと化したイーサン・ホークと

(腹、出とる!笑)

 

彼となんでだか

知り合ってしまったヒロインと

 

伝説ミュージシャンのヲタ・ファンで、

まさか向かい合ってるのが本人だと思ってないクリス・オダウドが

握手をしてる、というシチュエーションなのでした。

 

 

 

とにかく、キャストたちがいい味出していて

真剣だけど、どこか間の抜けたハハハあり。

 

大人になりきれない大人たちの

ちょっとしたドタバタに

なんだか笑っちゃうのが、悪くなかったです。

 

しかし、舞台となるこの街って

最近、なにかの映画でみたような・・・・・・なんだっけ。

 

★6/12(金)から公開。

「15年後のラブソング」公式サイト

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ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語

2020-06-08 23:54:36 | さ行

グレタ・ガーウィグ監督が

「若草物語」を見事にアップデート!

 

「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」74点★★★★

 

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19世紀後半、南北戦争時代のアメリカ。

牧師である父が戦地に赴いたマーチ家では

母(ローラ・ダーン)と、個性豊かな四姉妹が家を守っていた。

 

控えめで常識人な長女ベス(エマ・ワトソン)、

小説家を目指す次女ジョー(シアーシャ・ローナン)、

そして心優しい三女ベス(エリザ・スカンレン)、

そして、意外と現実志向な四女エイミー(フローレンス・ピュ-)

 

そんな四姉妹は、あることから

隣人の若者セオドア・ローリー(ティモシー・シャラメ)と

仲良くなる。

 

そして若き乙女たちがそれぞれ

さまざまな出来事にぶつかるなか

 

ジョーは小説を書き上げ、

新聞社に持ち込むが――――?!

 

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その年のワシ的ベスト1映画「フランシス・ハ」(14年)の主演にして

その後も

「マギーズ・プラン」(17年)

「20センチュリー・ウーマン」(17年)

などへの出演で輝き

 

満を持して

アカデミー賞ノミネートもされた

「レディ・バード」(18年)で監督デビューした

(前置き長くてスミマセン。でも、なんか感慨深くてw

 

グレタ・ガーウィグ監督の新作です。

いや~進化したなあ!

 

古典「若草物語」を見事にアップデートさせたと思う。

 

 

グレタ・ガーウィグはずっと

もがきながらも「自ら立とうとする」女子を演じたり、

描いてきたヒトで

 

この「若草物語」は"心の友”だったよう。

 

今回、それをきっちり昇華させて

1868年ごろの悩める女子たち、

特に自立しようともがく次女ジョーを、活写してるんですね。

 

ワシ、原作はそれこそ小学生時代とかに読んで、

中身はあまり覚えてなかったけど、

美人で優しい長女メグに、活発でボーイッシュなジョー、

おとなしい三女ベスに、おしゃまな末っ子のエイミー。

 

なかでもやっぱりジョーに

一番感情移入したことは、ほんのり憶えている(笑)

 

 

そんなジョーを

シアーシャ・ローナンが感受性豊かに体現していて

まず、ああ、なんか甘酸っぱいものがこみ上げてきて懐かしい!という感じです(笑)

 

しかし、ここが映画ならではというか

ガーウィグ監督の腕なのでしょう。

 

ジョーと仲良く転げ回っていた

男友達セオドア・ローレンス(ティモシー・シャラメ)との関係を

非常にうまく描写することで

自立女子の「欠け」も、悲しみも実に見事に表してるんですね。

 

「自己実現」を最優先課題としてきたジョーは

彼の想いを知りつつ、するりするりと身をかわし、

最終的に、彼からのプロポーズを蹴る。

 

でも、後から

さみしさを吐露する。

 

 

そんなジョーの心境、

「あのときは、自分のことで精一杯だったの!でも……ああ!」と、

なんつうか

自分の心に、心根がようやく追いついたような

しかし、すでに時遅し!な

このもどかしさ。

 

しかも、シャラメですよ? もったいなさすぎる!と

胸、苦しいす(苦笑)

 

長女メグのエマ・ワトソン、繊細なベス役のエリザ・スカンレン

お母さん役のローラ・ダーン、みなハマってましたが

 

「ミッドサマー」(19年)

フローレンス・ピュー演じる四女エイミーが、

彼女の醸し出す「厚み」から、予想以上に立体的なキャラとなり、

かなりの存在感を放ってます。

 

★6/12(金)から全国順次公開。

「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」公式サイト

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お名前はアドルフ?

2020-06-05 23:55:31 | あ行

いまや、ドイツは世界の羨望の的。

あ~メルケルさん、日本に貸してくれないかなあ。

 

 

「お名前はアドルフ?」70点★★★★

 

********************************

 

エリザベート(カロリーネ・ペータース)は

夫で哲学者のスティファン(クリストフ=マリア・ヘルプスト)と

自宅でのディナーの支度の真っ最中。

 

ディナーには

もうすぐパパになる、エリザベスのイケメンな弟トーマス(フロリアン・ダーヴィト・フィッツ)と、

彼の妊娠中のパートナー(ヤニーナ・ウーゼ)、

さらに

エリザベスの幼なじみの友人レネ(ユストゥス・フォン・ドホナーニ)が招かれている。

 

が、少し早くきた弟トーマスが

思わぬことを言い出した。

 

「生まれてくる子の名前は、アドルフにする」

 

――――はい?! アドルフ・ヒトラーと同じ名前を

自分の子どもにつける? 正気か?!

 

一同はすったもんだの大騒ぎになるが――――?!

 

********************************

 

あの、アドルフ・ヒトラーと同じ名前を、自分の子につける?

おまえ、頭、沸いとんのか?!

――――という名前を巡る騒動を発端にした

ドイツ発のシニカルコメディ。

 

もともとフランスのヒット舞台劇だったものを

プロデューサーや監督が「これをドイツでやらんでどうする!」と

映画化したそうです。

まずは、その心意気が、いいね!

 

で、映画は

イタリア映画「おとなの事情」(17年)にも通じるような

ある日のディナーを90分の映画にした

ワンシュチュエーションの会話劇で

 

アドルフ、という名前を巡る討論から、

次第に身内同士の(やや下世話な。笑)本音バトル、

さらに、「ええ?そうだったの?」な

大告白大会になっていく、という展開。

 

想像よりも「アドルフ」うんぬんはメインテーマにあらず、

それにどう反応するか?から暴かれていく

人間の「本音」に焦点があたっている。

 

なので

政治的な討論、とかではなくて

話が、どこにでもある身内ネタや内輪もめになっていくのが

意外でもあり、なるほどなーと思いました。

 

それでも

騒動の発端となる「アドルフ」に

ドイツの「傷」を思うのはたしか。

 

でもドイツはそれに向き合い、しっかり謝罪もし、

原発廃炉、難民の寛容な受け入れ――――と、前を向いて国作りを進めてきた。

 

ネオナチや難民排除の空気があったけれど

しかし、今回の"コロナ神対応”で

いまドイツ株は急上昇!

 

この映画を観ながら

ドイツの人々が、歴史を噛みしめ、乗り越えんとしている様をリアルに感じ、

そこで体得してきた成熟度をうらやましく思う・・・・・・のは

ワシだけではないはずです。

 

コロナ禍に、より、いろいろを思わせる映画でございました。

 

★6/6(土)からシネスイッチ銀座ほかで公開。

「お名前はアドルフ?」公式サイト

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