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ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

ドリーミング村上春樹

2019-10-22 23:58:39 | た行

美しきグレイヘアの翻訳家は

凛した姿勢で、言葉に向き合う。

 

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「ドリーミング村上春樹」70点★★★★

 

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1995年に村上作品と出会い、

以後、村上春樹の作品を15作品以上、翻訳している

デンマーク人翻訳家メッテ・ホルム氏を追う60分のドキュメンタリー。

 

カメラは

「風の歌を聴け」を翻訳する彼女の姿、そして

2016年に村上春樹氏がデンマークを訪れ、

二人で対談講演をするまでを追いかけます。

 

さらにメッテ氏が日本を訪れ、

村上世界の一端を探すように

深夜のデニーズに行ったり、地下鉄に乗ったりする姿も映し出される。

 

そのトーキョーの空にはふたつの満月が出ていたり

メッテ氏を遠くから

『かえるくん、東京を救う』(『神の子どもたちはみな踊る』収録)の

「かえるくん」が見守っていたり

 

ドキュメンタリーなんだけど、どこかパラレルワールドのような

幻想的な雰囲気もあって

ちょっと「変わった」作品ではあるんです。

 

なんといってもこの映画に

村上春樹氏は、登場しないんですよ。

 

正直「え!」と思ったのは確かですが

まあ、それが目的の映画でないんですね。

 

監督のニテーシュ・アンジャーノン氏は1988年生まれのデンマーク人。

「アクト・オブ・キリング」(14年)などを制作した

プロダクションに所属している実力派で

メッテ氏の翻訳で、村上作品と出会ったそう。

そんな彼が、媒介としてのメッテ氏を追いながら、

大好きな村上春樹を考察した、という映画なのだと思います。

 

それに、とにかく

メッテ・ホルム氏の姿が魅力的なんです。

 

 

単語ひとつに極限まで悩み、

ストイックに翻訳に向き合う。

 

「風の歌を聴け」のデンマーク版の装丁の見本をみて

「気に入らない」とハッキリ言って

編集者を真っ赤にさせたりもして(笑)

 

猫が傍らにいる、暮らしぶりのステキさにも目を奪われつつ

そして映画は彼女の、ドラマチックな人生にも迫っていく。

 

観ながら

「ドストエフスキーと愛に生きる」(14年)

翻訳家スヴェトラーナさんを思い起こしました。

 

 

二人には共通点が多くて

翻訳家は作家とつながり

自身を通して、その言葉を人に伝える仕事。

丁寧に、繊細に。それは生き様にも現れるんだなあとつくづく。

 

おなじみ「AERA」のいま観るシネマで

メッテさんにインタビューさせていただいてます。

本当にステキな方!

猫好きな村上氏の素顔についてもお話しいただいてます。

ぜひ映画と併せてご一読くださいませ!

 

★10/19(土)から新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。

「ドリーミング村上春樹」公式サイト

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天才たちの頭の中 世界を面白くする107のヒント

2019-10-13 01:03:59 | た行

この質問、自分もしてみたくなっちゃって

先日、この映画にも登場する

ウィレム・デフォーにお会いしたとき、聞いちゃった!(笑)

 

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「天才たちの頭の中 世界を面白くする107のヒント」70点★★★★

 

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「あなたはなぜクリエイティブ(創造的)なのですか?」

 

――この質問一つを携えて

世界中のスゴイい人たちに30年以上も会い続けているドイツ人監督が

その記録をまとめたドキュメンタリー。

 

一体何人登場するか数え切れないけれど、

タイトルによると107人らしい。

 

デヴィッド・ボウイやタランティーノ、ジャームッシュ監督、

日本からは天才アラーキーこと荒木経惟氏や、北野武氏、

 

はたまた

マンデラ氏やゴルバチョフ氏、ホーキング博士などなど

本当にスゴイ人たちばかり。

(ワシが取材でお目にかかったことのある

イザベル・コイシェ監督もいる!)

 

まず、それを88分にまとめたのがエライ!

そして107人の賢者の金言が五月雨の如く降ってくる

その贅沢さ。

 

たった一言だけの場合もあるけれど、

シンプルな質問だけに、相手の「答え」も千差万別。

 

自身の出生や、両親の影響を語ってくれる人、

創作の源を真摯に明かしてくれる人、

見事な返しを見せる人・・・・・・

 

その対応に、その人のセンスと教養、人柄が現れて

おもしろいんです。

 

シンプルかつ明快な答えとしては

哲学者スラヴォイ・ジジェク氏の

「創造性とは、頭のなかに生まれたアイデアを

しっかり"形”に整えること。それができる人が創造的」

という言葉に

ずしーん、と来た。

 

そして「絶妙な返しで賞」には

ミヒャエル・ハネケ監督、

美術家アイ・ウェイウェイに「お見事!」をあげたいです。

 

★10/12(土)から新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

「天才たちの頭の中 世界を面白くする107のヒント」公式サイト

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鉄道運転士の花束

2019-08-15 23:55:49 | た行

人身事故と鉄道運転士。

気になってたこのテーマをよく描いてくれた!

 

「鉄道運転士の花束」73点★★★★

 

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鉄道運転士のイリヤ(ラザル・リストフスキー)は

これまでに28人の人を殺してしまっていた。

といっても、もちろん轢死。

運転士に人身事故はどうしてもつきものなのだ。

 

そんなある日、イリヤは線路にいた少年を助ける。

「帰るところがない」という少年シーマを、イリヤは家に連れて帰った。

 

そして数年後。

シーマ(ペタール・コラッチ)はイリヤの養子として育てられ、

イリヤに憧れ、鉄道運転士を目指していた。

 

19歳になったシーマは、めでたく運転士となるが

事故を起こすかもしれないという不安で

夜も眠れなくなってしまい――?!

 

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なんだか、ロマンチックそうなタイトルが

内容と微妙に違う気もするんですが(笑)

ここは、あえてこれに「引っかかる」のがいいかもしれない。

と、思えるほどにユニークなセルビア映画です。

 

人身事故と鉄道運転士、という題材がまず興味深い。

もちろん事故は悲しいし、運転士の心の傷になりもするけれど、

この映画には悲愴や悲観がなく

死にまつわる話をかなーりブラックなユーモアで

描いているところがユニーク。

 

まず冒頭から

「え?運転室に犬がいますけど?!」とプッと笑わせて

どこかのんきな雰囲気が漂ってる。

 

さらに主人公イリヤが住んでるのが、列車を改造した家で

え?ナニコレ?!な素敵さだったり、

なんだか、いろいろおもしろいんです。

 

で、イリヤが養子にしたシーマ少年は

親の背を見て鉄道運転士になるんですが

人を轢くのが怖くて、パニックを起こしてしまう。

そんな息子に、イリヤはどうするか?

 

タブーも無視!なユーモア地雷だらけなので

あらゆる展開が予想でき、しかし

まったく先が読めないおもしろさでした。

 

 

セルビア映画って、あまりなじみがない気がしたけど

クロアチア、スロベニア、セルビア合作の

「灼熱」(2015年)とか

エミール・クストリッツア監督の

「オン・ザ・ミルキー・ロード」(17年)もセルビア後援だったり

 

ブルガリア発の

「さあ帰ろう、ペダルをこいで」(12年)も合作にセルビアが入ってる。

 

 

なるほど、予測のつかなさや、風変わりなおもしろさは

このへんの感じに近いのかも。

 

それに

運転席に座るシーマくんの切迫した横顔が

サライネスさんの漫画「誰も寝てはならぬ」のマキオくんにそっくりなのも笑えるんですよー(笑)

バスじゃないけどね。



★8/17(土)から新宿シネマカリテほか全国順次公開。

「鉄道運転士の花束」公式サイト 

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トム・オブ・フィンランド

2019-08-04 23:55:48 | た行

フレディ・マーキュリーらに

多大な影響を与えた画家がいたんです。

 

「トム・オブ・フィンランド」70点★★★★

 

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第二次対戦下のフィンランド。

戦地に赴くトウコ(ペッカ・ストラング)は

死と隣合わせななかで

軍服姿の兵士たちの姿に、密かに胸をときめかせていた。

 

戦争が終わり、家に帰ったトウコは

妹(ジェシカ・グラボウスキ―)に優しく迎え入れられ、

妹の紹介で広告会社で絵を描く仕事を得る。

 

当時のフィンランドで同性愛は法律で禁止されていたため

トウコは自分がゲイだと妹にも話せず、

夜の公園に行っては

取り締まりにおびえながら、相手を見つけていた。

 

そしてトウコは自分の内面を発散させるため

こっそりと男たちの絵を描き始める。

 

そして、1957年。アメリカの雑誌に送ったその絵が

表紙を飾ったことで

トウコの運命は大きく動き出し――?!

 

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同性愛が厳罰だった時代に

天才的な絵のセンスで自身のイマジネーション世界を描き、

しかし名を明かすことがなかなかできなかった

実在の画家の半生を描いた作品です。

 

彼の絵は

フレディ・マーキュリーや、デザイナーで映画監督のトム・フォード、

写真家ロバート・メイプルソープなどに

多大なインスピレーションを与えたそうで

なるほど、絵を見ると改めて

その影響力の大きさに、納得してしまう。

 

なにより、同性愛の情報が少なかった時代に

その絵は「自分だけじゃない」というメッセージになり

世界あらゆるところにいた

孤独な少年たちの力になったんだな、と思う。

 

 

映画はすごく誠実に作ってあって

過激な性描写などもなく

抑制を効かせつつ、しかも主人公の内面に迫っている。

 

トウコ役のペッカ・ストラングも

フィンランド版カンバーバッチ系というか

端整で繊細なキャラでいいし

しかも、本人にけっこう似ている!

 

 

劇中に、戦争下での経験、

特に

敵兵であるソ連の若者をナイフで刺した瞬間が何度も繰り返されて

そうした身体の感覚、

自身の性的感覚などを思い出しながら、それを昇華させ、絵を描くアーティストの高みを

うまく表しているなあと感じました。

 

そして彼の絵をいま、フィンランド政府が切手にも使用していることにも

見習うべき!と思うしね。

 

 

ただ

彼の絵が好きかどうかは

観客にも分かれるところかもしれない(笑)。

それはしょうがないですね。やっぱアートだから。

 

 

自分のセンスや好みは、当然あっていい。

でも、それと違ったものを好む人や、違う意見を持つ人を

排除したり、嫌悪してはならないのです。

 

 

監督のドメ・カルコスキ氏は

1976年キプロス共和国生まれで、5歳でフィンランドに移住した方。

「トルーキン 旅のはじまり」(8/30公開)も控えておりますので

注目です。

 

★8/2(金)からヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。

「トム・オブ・フィンランド」公式サイト

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隣の影

2019-08-01 02:05:48 | た行

アイスランド発、ブラックな隣人トラブル・スリラー!

 

「隣の影」69点★★★★

 

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アイスランドの街に住む

アトリ(ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン)は

あることから浮気がバレて

妻(ラウラ・ヨハナ・ヨンズドッテル)に家を追い出されてしまう。

 

幼い娘もいるし、なんとか関係を修復したいのだが

取りつく島もない妻を前に

とりあえず郊外にある実家に居候することに。

 

だが、実家は実家である問題を抱えていた。

 

実家の庭には見事な木があるのだが

それが隣家のポーチに影を作っていると

お隣からクレームを言われていたのだ。

 

しかも、隣人の(若作りの)妻がそれを言ってるものだから

アトリの母は「絶対に切らない!」と譲らない。

 

どこにでもありそうな、隣人トラブルは

しかし

次第にエスカレートしていき――?!

 

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隣の家の庭木によってできた影をめぐるいさかいが、

どんどんこじれていき――?!というスリラー。

 

隣人トラブルといえばアルゼンチン発の名作(迷作?)

「ル・コルビュジエの家」(12年)を思い出しますが

 

 

人間関係の難しさは万国共通。

 

しかもアイスランドといえば

「馬々と人間たち」(14年)

にはじまり「立ち上がる女」(19年)

キュンとする「ハートストーン」(17年)まで

不思議おもしろ映画の多産国!と期待値が高かった。

 

実際、シニカルがたっぷりまぶされ

多分にブラックで、おもしろい部分もあったのですが

オチに向かうあまりの展開には、ちょっと引きました(苦笑)

 

 

もっと笑える話だったらよかったのになあ。

 

冒頭、お間抜けなことから

主人公アトリの浮気(っていうほどでもないところがまた気の毒)がバレるくだりとかは

ブブブと笑って見ていたのだけれど

その後、彼が奥さんとよりを戻そうとする行動は、

まったくシャレにならないし(てか、怖い

 

いがみあう隣家がそれぞれに犬と猫を飼っていて

「彼らに何かあるのでは?!」――とフラグが多すぎて、心労するし

どんどんこじれていく人間関係のオチが

わお!これか!と(笑)

 

まあ、それはそれでおもしろくはあるんですが。

 

つくづく、笑いとブラックの加減って難しい。

 

それにやっぱり女って、怖ええ・・・・・・。

 

★7/27(土)からユーロスペースほか全国順次公開。

「隣の影」公式サイト

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