季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

犬学5

2009年09月30日 | 
近所に、それも2軒先に黒いラブラドールが住んでいる。この子が典型的なラブラドールで、じつによく訓練されているのに、無類の甘えん坊である。

遠くからでも僕を確認すると、もうお尻を振りふり、日ごろの訓練もどこへやら、といった按配で突進してきて顔めがけて跳びつく。僕もこの子が可愛くてしかたがない。人間である僕はこの子がいくら可愛くても、お尻振りふり跳びつくような真似はしないけれどね。

実はこうした行動は僕に対してだけではなく、家内であろうが、よその人であろうが、つまりこの子が知っている人全員にしているらしい。

これが人間だったら胡散臭い人ということになろう。誰に対しても「ウェルカム」と満面の笑みと抱擁で対する人は、いくら人によるとはいえ、ちょいと用心しようという気持ちを起こさせるのではなかろうか。

リストという人は「ウェルカム」を地で行った人ではないかと僕は想像しているけれど、それでもいつでもどこでも、誰にでもだったはずはあるまい。故にリストはラブラドールではない。

我が家ではもう四半世紀という長い間シェパードを飼っている。シェパードは見た目は厳つく、じっさいに顎の力は非常に強く、腰が落ちて屈んだ姿も力感に溢れる。

性質はラブラドールとはまったく違い、外で人に甘えることは殆んどないといえる。家族に対してだけ本当の意味で心を開き、甘える。

シェパードを飼ったことのない人には、説明しようのない可愛さなのだ。我が家の3頭はどの子も人に対して何の警戒心も示さなかったけれど、摺り寄って甘えるということもなかった。外見上は落ち着いているのだが、いったん家族に対すると、デレデレと甘える。アイ(ンシュタイン)にいたっては、毎日僕の顔を念入りに舐める。やめてくれ、と言ってもなお舐める。犬が舐めるのは恭順のサインである。顔を洗う必要がないではないか、と笑われる。洗うけれどね。

アイは長年母親と供に過ごしたからだろう、いつまでも子犬の性質を保ったまま老犬になろうとしている。

子犬にじゃれ付かれると、もうどぎまぎして、見ていて可笑しい。小さな犬が寄ってきてもコソコソ隠れるのが滑稽である。遊んでおくれ、とねだることはあっても、遊んでおくれとせがまれることは苦手と見える。きっと経験していないからだろう。

そんなアイが上述のラブラドールに対してだけは年長者の態度を取る。

ミケ(ランジェロ)が元気だったころ、このラブラドールが、まるで本物の母親に対するように慕ってくれた。傍で見ていて微笑ましいくらい甘えたものである。

この子とアイは、いわばミケの下では兄弟のような感じだったのだろう。その結果、年上であるアイが上位に立つ唯一の犬が誕生したわけだ。

たま(にしき)の下でのミケと向かいにいたゴールデンの間にも、似たような関係ができていた。ゴールデンもたまを慕っていた。この時は2匹の犬の年齢がほぼ同じだったからではないかと思われるが、一種のライバルのようで、普段はふつうに振舞っているのに、何かの拍子に喧嘩になりかけるのだった。

母性本能の強かったミケはアイが成犬になるまでは食べ物もすべてを譲っていた。それがある日を境に、という感じで急に変わった。

2匹並んで食事をしていたが、ミケは食べるのが速かった。ひと舐めで大量のご飯を口に入れる。アイはたいそう上品に少しずつ食べるから、ミケが先に食べ終える。

するとアイの分を横取りしようとして、体を寄せてくるようになった。アイはウゥと歯をむいて抵抗するのだがお構いなしである。

この奇妙な争いを止めさせることはできなかった。食事の間は常に僕が二匹の中に割って入る羽目になった。この経験は今思い返しても面白い。

きっとあの日が成人式だったのだろう。

「ジャーマンシェパード散歩日記」というブログでは、シェパードの「ずっこけた」魅力がたくさん見られます。和みたい方はひとつ訪ねてみたらいかが。
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公平な審査

2009年09月27日 | 音楽
コンクールや試験での審査について、誤解する人も少なくないから触れておきたい。東方見聞録と題した文へのコメントに対しての返事にもなるかもしれない。

まず一番に考えたほうが良いのが、公平な審査というものが芸術においてはどういう意味合いのものか、ということだ。

分かり易く言ってみよう。僕があるコンクールの審査をしたとする。そこには僕の生徒も参加し、彼(彼女)が非常に立派に演奏した。その場合、僕の点数は最高点に近くなろう。僕がかくあるべし、と教えたことが実現されているのだから当然だろう。

この場合、僕の態度は公平さを欠くといえるだろうか。

コンクールの審査員たちからしばしば聞かれるのが「私は××番目の演奏は最低だと思うけれど、客観的に見たら弾けているので点数を与えざるを得なかった」という愚痴である。

こんな場合僕は「客観とあなたは言うが、それはあなたの主観だよ」と答える。その結果、僕は理屈屋としての烙印をしっかり押されてしまう。「あなたは理屈っぽいから嫌だ」というわけである。

上記のような場合、該当する演奏は僕にとって(主観的に)弾けていないことがじつにしばしばある。

客観なんていう言葉は誰でも使う言葉になったけれど、そして言葉である以上、厳格な使用法ばかりを要求されるはずもないのだが、この例のような使い方はしてはならないだろう。

自分の演奏を僕たちは(残念ながら)一生聴くことが出来ない。それでも一種の他者の耳で冷静に判断するもう一人の自分の存在がある。そのもう一人の自分の出来不出来が演奏の成果に大きく影響する。

ミケランジェロがシスティナの天井画を描くとき、何度でも脚立から降りて下から見上げたという。まあ当たり前なのだが。

それを今日普通に使われる意味で客観的な目で見ようとしたのだ、と理解してはならない。

彼はただ、距離感をもって自分の絵を把握しようとしたに過ぎない。もう少し詳しく言えば、距離感の中で主観的に見ようとした。

なぜこんなに面倒な言い方になるのか。理由は簡単である。客観というのは本来科学の世界の言葉だと理解しておいたほうが良いからだ。それが日常生活において市民権を持っているわけだが、この言葉は大変豪そうに聞こえるでしょう。なぜかといえば、客観世界を扱う科学がこれほどまでに生活の中に入り込んで支配しているからだろう。みんなそれにやられちまうんだな。豪そうな言葉ってつい使いたくなるものね。

僕たちが怒りに駆られる。そのときに「客観的になろう」と心が命じる。この場合、第三者的に見よう、ということである。

僕が時々床屋に行く。自分が見てもむさくるしい、他人から見たらなおむさくるしいだろう、と判断したときに行く。これを客観的にみてむさくるしいと言ったらおかしいでしょう?

そこで先ほどの審査員の言葉に戻ってみれば、私はこの演奏が大変まずいと思うのだが、他の人が聴いたら良いと言いそうだから、点数をあげないわけにはいかない。こうなってしまう。

どうですか、おかしいでしょう。しかし残念ながらそういうことが実に多い。

僕の生徒の一人が大学でついていた先生は大きなコンクールの審査員だったそうだ。口癖は、コンクールの審査でもっとも難しいのは、他の審査員がいったい何点をつけるかを予想し、それとあまり違わない点数をつけていくことだ、というものだったらしい。

こんなに「無邪気に」自慢してしまう人も少ないが、心の片隅では密かに同じことを感じている人も多いだろう。

公平という意味を芸術等で取り違えると、こうした問題がたちどころに起る。芸術においてもしも公平ということがあるのならば、私心を交えずに純粋に主観的に接する以外ない。
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不思議

2009年09月25日 | その他
科学がこれだけ進歩しても、基本的なことすらほんとうに分かっていないらしい。これは面白い。

一番根本的なこと、例えば人が(あるいは犬が、もみの木が等々、何でもよい)どうしてこのような姿なのか。こんな単純素朴なことがらもまったく理由が分からないのだという。

なぜ人類の姿はこうなのか、堅くいえば形態形成の理論はまったく理解されていないそうだ。これはどうして僕がカッコ良いのかということではないよ、念のため。

胚のあるところが相当する器官になることは知られている。だから適当する時期に相当する胚を除去したら、その器官は形成されない。

まあ、中学くらい行っていればこれは習うだろう。

しかし面白い問題は次の点にある。手と足は同一の胚から形成されるというのだ。それにもかかわらず、手と足が反対に産まれてくることはない。また、4本とも手ということもない。

僕は人類とは思えないと言われるが、それでも4本全部が足というわけではない。4本手があったらピアノも楽に弾けるだろうか。ラフマニノフ?音が少ないからねえ、と言えることだけは確かだ。でもペダルは踏めないなあ。

どうして自然は混同しないでこうして正しい形態を与えられるのか、これが現代科学ではまだ未解決なのだそうだ。

そうしたあまりに根源的な問題が未解決の場合、研究は滞って、最後には未解決のまま放置されてしまう。犯罪だったら時効というところだろうが、研究の場では、ただ誰も振り返らなくなったテーマだということだ。

なぜ誰も振り返らなくなったか。現実の利益をもたらさないからだ。

科学といっても、このように結構人間的なのである。骨董では需要がなければ、たとえどんなに珍しい、価値のあるものでも値が付かないでしょう。付いたって意味がないものね。それとまったく同じ原理が働いているわけである。

他にも、ついに分からないまま誰も(科学者はですよ)本気に取り組まなくなった問題の例として、鳩はなぜ自分の巣に帰ってくることができるのか、というのがある。渡り鳥が帰ってくることができる理由も分からないそうだ。

当然いくつもの学説が仮説として出ては、否定されてきている。たいていの場合、その中のどれかが素人の素朴な質問に対しては、まあそれらしく解説されているけれど。夏休みの子供科学相談とかで時折見掛ける。

蟻が巨大な蟻塚を形成する能力をどこから得ているのか、これも様々な実験の結果、ついに分からないまま今日に至っている。

これらの難問は、帰するところ何の実用性もないから(難問の度合いは高いのに)解明されずに放り置かれている。

でも僕らのような普通に生きている人間にとっては、宇宙の果てはどうなっているか、という問題だって生活に直接間接を問わず全く関係ない、という点においては同じことなんだがなあ。

それでも(科学者側の理由は知らないが)一般人でも宇宙の果ての研究というとロマンを感じるけれど、蟻塚の研究といってもロマンを掻き立てられることはないですね。

なんだかんだ言っても、結局はそんな人間的な事情が研究にも影響するのではないか。面白いことである。

ただしそうは言っても、蟻塚の研究、と聞いて果てしないロマンを感じる人だって必ずいる。ファーブルをごらんなさい。糞ころがしをしゃがんで見続けてあんな立派な仕事を成し遂げた。

渡り鳥はなぜ故郷に帰ることができるのか。それを一心に考え続ける、そういう科学者と知り合いになりたいなあ。





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ブルックナーの容貌

2009年09月22日 | 音楽
アントン・ブルックナーの若いときの写真である。

これをはじめて見た時、僕は名状しがたい感銘を受けた。

ブルックナーの曲しか知らない人は、この姿からどのような印象を受けるのだろうか。あるいは彼のことを知らない人にはどんな男に見えるだろうか。

ついでにブルックナーの弟子筋にあたる人の写真も1枚だけ載せておこうか。と書いて、複数枚の写真を入れる知識がまだないことに気がついた。いろんな人のブログを覗くでしょう、うまいこと写真を散りばめて、文字の位置を考慮して、読む前にもう、うーむと唸ってしまう。こんな芸当をしてみたいものだ。僕だって、ある程度の洒落っ気は持っているから、なにやら黒い文字ばかりの本ブログが見栄えがしないなあと思うのだ。(でもある日、僕のページを訪ねた人が、花の写真とか、天使の絵とか、僕が微笑む写真が色んなところに散りばめられているのを見たらひっくり返るだろうな)

写真が載せられないから拙く文で説明するけれど、弟子筋に当たる人たちは皆、押し出しがきいて立派なのである。いかにも知識人然として、指を顎に添えた写真とか、いかめしい顔に片眼鏡とか、写真を撮られるにもきちんとした対応を知っている。

人間の風貌はその人を語る。昔は40歳になったら顔に責任を持て、と言った。いくら本人が責任を持とうと思っても、あるいは反対に、そんなこと知らないよ、と突っぱねても、あらゆることが顔には出てくるから、そのことについて議論なぞする必要はない。

とにかく外貌にすべて出る。本当は声にも出る。顔以上に出るともいえる。

さてブルックナーのこの顔は、というか姿ぜんたいは、間抜けな田舎の青年が精一杯まともな都会人を気取っている以外の何ものでもない。はっきり言ってしまえばお馬鹿さんの顔だ。
ポケットに手を突っ込んで体裁をつけようとした姿、不安げな顔、どの角度から見ても音楽史上の天才のひとりとはにわかに信じがたい。

そもそもブルックナーに天才という呼び方は何か違和感がある。偉人といえばまだ分かるけれど。

現代音楽界には天才音楽家から女神、プリンス、帝王、貴公子、神様、おかみさんまでいて、もう百花繚乱といったありさまだが、ブルックナーには天才というレッテルすら似合わない。どうだ、現代人は偉いだろう。

そういえばヘンデルを「音楽の母」というけれど(これはもちろんバッハを「音楽の父」というからであるが)最近では音楽するママというのを押し出している人もいるらしい。

さて、若い時代の不安から抜け出て老境に入ってからのブルックナーは、それなりの名声を得る。だが、それで堂々たる姿になった、というわけでもない。

亡くなる直前くらいの写真がある。粗末な家の前で何人かの人に取り囲まれているのだが、白いシャツに吊りズボンをヨレヨレに着込んで、チロルの農夫がはじめて都会に出てきた姿だと説明されたら誰しもが信じてしまう。見たい人は複数の写真の載せかたを(やさしく丁寧に)教えてください。

第3番交響曲のアダージォの終結部で、急に弦楽器がトレモロに変わって長い息のフレーズが天空に弧を描くような箇所がある。

僕はここを聴くとニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の一節を思い出してしまう。

きちんと紹介しようと思ったのに、どこだったか分からなくなって(本はあるよ)急に思い立ったときの常でどうしても見つからない。不正確な記憶によって紹介する。

私は沈み行く太陽を羨ましく思う。
今、太陽はすべてを与え、黄金の光を撒き散らせて沈んでいく。
そのときは、もっとも貧しい漁師でさえ、黄金の櫂で漕ぐ。

ブルックナーとニーチェは共にワーグナーの影響の下にあって、しかもエピゴーネンにならずにすんだ大きな人物だ。しかし見かけ上はなんと違った人だろう。

愛する神のために書いたブルックナーと、神は死んだというニーチェ。でも作品を通じて、どこか深いところで繋がっているのを僕は感じる。
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虫の声

2009年09月20日 | その他
今年の夏は例年よりも短かった。夜更けに風呂につかると庭先の虫の声がひときわ目立つ。ああ、雑草を抜かなかったのは正解だったなあ、と思うひと時である。来年も抜かないでおこう、と覚悟を決めるひと時である。決して怠けていたのではない、この安らぎのひと時を望むが故である、と思い込めるひと時である。

去年も同じことを書いた。しかしもっとずっと後であった。

今年の夏は例年より短かったといったけれど、ではどうしてそんなことが分かるのだろう。去年虫の音について書いたのがもっと後になってからだ、というのもどうして分かるのだろう。

僕が本気でそう問いかけたならば、皆さんは重松はついにボケたと確信するはずです。大丈夫、まだボケてはいませんから。

言うまでもない、カレンダーがあれば、今日はまだ9月中旬だということが示される。去年の記事を辿ってみればいつ書いたかも知れる。

虫のことを書き出して去年云々を言っていたら本居宣長に「真暦考」という文章があることを思い出した。暦というものが無かった上代について述べたものである。

暦というものは便利なもので、これを持たなかった古の人はさぞかし不便であっただろう。ひとはすぐそんな風に考えるけれどもそれは違うと宣長は言う。

その木の実がなるのは、その季節のその頃、この草が生えるのは、いつのいつごろ、その草が枯れるのは、何時の何時頃などと知って、あるいは田の作物や畑の作物に関しても、稲の刈り時は何時頃、麦の穂が熟すのはこの頃、というように理解し、あるいは鳥が南方へ行ったり帰って来たりを見、虫が穴に入ったり出てきたりを知るなど、すべて天地の様子から、時節に従って、移り変わるものによって、季節の何時頃と定めていた。

宣長はこう書いている。

さらに

それでは古の人は親しい人の命日も分からず不便ではないか、と論じる者に対し次のように言う。

暦を持たぬ時代、あの木の葉が散り始めた日にあの人は死んだ、人々はそう決めていたから、次の年も、また次の年もその木の葉が散り始めた日が命日であった。そういう大らかな受け取り方をしていて過たなかった、と。

例えてみればこういうことだ。

今日僕が死んだとしよう。虫の声がたけなわである。暦が無い時代であれば来年ふたたび虫の声が高くなったとき、僕に親しい人は「去年の今日あの男は死んだのだ」と思い出すであろう。(実際はだれも思い出さないかもしれないがね、それはまた別のことだ)

今日僕たちは暦を使っているために、来年が猛暑でこの時期にかんかん照りであっても僕の命日として記憶を新たにするであろう。

いったいこれは正しいことであるか。こう宣長は問いかける。いや、積極的に古の人の感じ方に寄り添ってみると言った方が正確だ。

暦に従った命日とあらゆる情と結びついた古代の命日と、いったいどちらが人間として正確といえようか。

むろんこの世から暦を追放することはできない相談であるが、宣長の言うところは何の難しさもないと合点するだろう。

暦が正しいではないか、というような態度を宣長は漢心(からごころ)といって嫌った。

桜をこよなく愛でた宣長について触れたから、時期はずれだが山桜の写真を載せておく。季節はずれのブログだ、時期はずれの写真もご愛嬌だろう。

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偉大なものは滅びやすい 2

2009年09月18日 | 芸術
偉大なものは滅びやすいという小林秀雄さんの「逆説」から、音楽家のばか者について話が及んだ。それが前回の記事である。

小林さんの論文は、痛切な響きを持っていて、そこからこんなバカらしい話に及んでしまうのが悲しいのであるが、それが今日の現実ならば仕方あるまい。

ベートーヴェンの楽曲は幼稚園児でも考え付くほど単調なメロディーではないか、と学生にしたり顔で力説する音楽家がいると書いた。

音楽家だと本人はそう思っているはずだし、学生のかなりはそう信じて疑わないだろう。しかしね、宇宙人は地球人の姿をして我々の中に入り込んでいる、というのが通り相場ですよ。気をつけたほうがよい。

ただ、僕にも覚えがあるとも書いた。それだけは説明しておこう。

僕がまだ子供だったころ、長い休暇に祖父母のところへ行くのを常としていた。祖父母の家にはピアノはなかったから、裏手にある遠縁の家にお邪魔して少しだけ弾いたりしていた。

もういつのことだったか忘れたが、いずれにしても子供のころだ。5年生あたりの夏だったはずである。

ベートーヴェンのソナタ集を持って帰省していたのだが、蝉時雨のなか(その家ではピアノは広い縁側に置いてあった。農村の昔からある造りを想像してもらえればよい)練習というより、あの曲この曲と渡り歩いて楽しんでいた。

作品110の冒頭を弾いてみたとき、僕はびっくりした。なんじゃ、これは!と思った。ピアノを習っている人ならば楽譜を知っているでしょう。右手の単純なメロディーはともかく、左手の伴奏型を見てもらいたい。

序でに若い人には、当時の小学校にはピアノを弾ける教師など殆んどいなかったことを知っておいてもらいたい。音楽の時間には、仕方なく教師が伴奏を弾くのであるが、当然ながら伴奏はメロディーがどう流れていこうが常にドミソドミソで押し通すのだった。

教師も辛かったろうが僕も辛かった。

僕が始めてみる作品110の冒頭の伴奏型はまさに音楽の時間を思い出させる音型だったのである。

びっくりするというより、どう言ったらよいか、狼狽に似た感じを覚えた。ベートーヴェンは熱情ソナタなどを通じて僕が尊敬してやまない作曲家だった。それが音楽の時間の、苦痛を覚えるほどひどい伴奏と同じ伴奏を書くとは!

例えて言うならばね、絶世の美女(女性からいえば水も滴るいい男)がいたとしようか。その人を密かに見つめていたら爪楊枝でシーハシーハした、そんな感じだ。そしてこれを真面目に受け止めて「人間かくの如し」と言ったら芥川の世界になる。

僕はまだ純朴だったから、見てはならぬものを見てしまったような心地がして、楽譜を閉じた。この伴奏型は、力を溜めに溜めてメロディーが無限に広がっていくのを支えなければあっという間に学校音楽の時間まで堕してしまうことに、子供の僕は気づかなかった。

そのまま僕が歳を重ねて、純朴さを失っていったとしたら「ベートーヴェンなんざ、子供みたいな伴奏とメロディーしか書けないじゃないか」と学生に言い放つバカになっただろう。

しかし考えようによっては、ベートーヴェンの曲は良い、なぜならばベートーヴェンは偉いからである、という感じで尊敬の念を抱く人も多いから、この手のおバカさんには素直に言ったと褒めてあげても良い(ような気がしてくる)。

このようなパロディーは実生活においてしばしば見られる。友人がアメリカに行った折、テレビが(当時の)レーガン大統領の演説を映し出していた。America is great, because America is good! と言ったそうだ。

ベートーヴェンに限ったことではないのだが、彼の音楽は特に分かりやすい。「運命」にしたってソソソミーファファファレーととぼけた声で歌って御覧なさい。フィナーレをドーミーソーファミレドレドーとやって御覧なさい。この作曲家はアホか、と言いたくなります。そしてそう感じたとき、不思議や不思議、感じた当人がアホなのです。

小林さんのパテティックな調べが、こと音楽の現状を目の当たりにすると、ご覧のようなスケルツォに堕ちてしまう。

小林さんが滅びやすいと言ったのは、すでに書いたが、偉大であるが故、追従者の列ができるということであった。

音楽の基本である音は消え去るものだから、再び生き返るということも難しかろうという思いから、こんな脱線をしてみた。
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偉大なものは滅びやすい

2009年09月16日 | 芸術
偉大なものは不滅である、というのが通常の人の感覚であろう。巨人軍は不滅です、というフレーズには笑わせてもらったけれど、偉大なものならば不滅とまではいかなくても、他のものよりはずっと長持ちする、というのが素直な感想だろうね。少なくともそうあってほしいと願うのが人情か。

さてここに、小林秀雄さんの言葉で(出典が確かめられぬままだが。例によってね。しかしどこかに必ずあります。疑う人は全集を見てごらん)偉大なものは滅びやすい、という一見逆説めいたのがある。

この言葉は、僕にはじつに素直に入ってくるのだが、皆さんにはどうだろう。

偉大な思想にせよ、芸術にせよ、偉大であるがゆえに必ず信奉者の列をともなう。小林さんはたしか柳田国男と柳田学派、ユングとユング学派について語っていたと思う。

柳田さんの学説は柳田という個人の鋭敏な感受性に支えられたものであるが、その「説」は感受性抜きでも受け継がれる。それどころか柳田さんの「説」を発展させたり、それによって柳田さんの説を未熟なものと見做すことさえできる。ユングの場合でも事情は同じだ。

後継者と称する人たちはこうして「偉大な」思想、作品をこねくり回す作業に陥りやすい。

小林さんが「滅びる」というのはそういうことだ。だから続けて言う。「(偉大ではないものは)滅びることすらできない」と。さらに「(時間を越えた、場合によっては国さえ違った)自分のような存在のうちにふたたびよみがることも可能なのは同じ理由によるのである」とも。

小林さんは、よく逆説的論説をする人といわれるけれど、僕はそう感じたことがない。むしろ当たり前のことを正直に言う人だと思う。文学者はよくまああんな迷い方をするなあと半ば呆れている。

僕たちが無反省に「偉大なものは不滅である」と決め込んで惰眠を貪っているときに滅びやすいというフレーズが飛び込んでくる。それに驚いた人が逆説的だと論評するのではないか。

このごろ、僕はこのことばをよく思い出す。音楽の世界では「再び甦る」ことは大変難しいだろうと思うから。つまり偉大なものは滅びやすい、までは真実であるが、ふたたびよみがることは、こと音楽においてはありえるのだろうか、という気持ちが強いのである。

造られた楽器を見るでしょう、あるメーカーのものは最近良くなった。まあ、1970年ころは、戦前からあるメーカーも、ひどいものだったことを考えると当たっていなくもない。といっても喜べるものではない。それ以前が悪すぎたのだから。戦前に造られた楽器は、どこのメーカーをとっても実に美しいのだが。

良くなった、それはどこも似通った「道具」を作るようになった、失敗作は造らなくなった、くらいの意味だ。

あるいはオーケストラで各奏者同士を「騒音」から隔離できるような防音壁の開発が待たれる、との「正論」を聞かされたり。

この「正論」はおかしい、という別の「正論」だってある。良心的にものを考える人はそちらの「正論」に傾くことが多いようだ。

それにしたところで単なる「意見」であって耳ではないから、防音壁がなくて「自然」を標榜する音の前には簡単に、これこそ本物だと認めてしまうだろう。そう思うと力が抜けてしまう。ちょうど「手作り○○」と銘打てば味や品質が保証されたような気がしてくるのに似ている。

オーケストラが現在人々が知る形態になってようやく百年ちょっとだ。しかもオーケストラがオーケストラとして機能したのはもうだいぶ昔のことになった。そうしてみると所謂クラシック音楽といわれるものは何と短命で果敢ないものか。

音大の比較的若い教師(つまり世間から見れば立派なプロだ)が、学生たちを前に「ベートーヴェンなんか、小学生並だ。有名な第九だって、ファーソララソファミレーミファファーミミなんて誰でも思いつくじゃないか」と得意然と言い放った、とその講義に出席した生徒から聞いた。

このばか者の言うことはある意味で本当のことだ。僕にも思い出がある。こんなばか者は放っておけばよいのだろうが、納得してしまう学生も多いと聞けば、そういうわけにもいかない。

ある意味で本当で、この男がどうばか者であるのか、それは後で書く。その男が本ブログを閲覧する偶然があらんことを。







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子供

2009年09月13日 | その他
こども110番という、何のことかよく分からない制度がある。我が家はなぜか分からぬままに、こども110番の家に認定されている。おそらく常に家の主が在宅で、暇そうに見えたのだろう。

そんなわけで我が家の門扉には「こども110番の家」と書かれた看板が掛かっている。

幸いにして駆け込んでくるこどももおらず、看板がみすぼらしくなっていくのは平和の証だと思うことにしている。

この看板は子どものためだから(多分ね)「こども」と平仮名で書かれているわけだろうが、近ごろ子供と書かれたものが少なく、子どもと書かれたものが多いのはなぜだろう、と思っていた。

漢字制限で漢字と平仮名を混ぜた書き方が多いのには憤慨しているが(最近話題になったものでは覚せい剤。覚醒と書かないくらいなら覚醒という言葉を使わないほうが良い。書くことは間違っても、読むことは誰でもすぐ慣れるではないか)子供がそういった制限に引っ掛かるはずもない。

偶然見掛けたサイトで、子供と漢字で書くのはマスコミにおいて避けるべき例のひとつだと知った。

その起源および理由は、これは信憑性のほどは分からないが、かつて羽仁説子さんが供という漢字はお供という言葉を連想してよろしくない、と言ったことに端を発しているのだという。

そのことから芋づる式に、じつにたくさんの自粛用語があることを知って驚いた次第である。

驚くと同時に抗議したい気持ちになった。

ドイツ語はご承知のように、男性名詞、女性名詞、中性名詞があり、定冠詞も3通りある。例えばFamilie(家庭)は女性名詞で die Familie だ。これに、女性が家庭を守るべきだ、という古い観念の名残で、怪しからん、と息巻く人がいるのだろうか?

どの世界も想像を絶する人が住むのが常であるから、もしかしたらドイツにだってそういう人がいるかもしれない。しかしその声にまともに反応する人は殆んどないだろう。

女性が家庭を守るべきだ、という意見は持つ必要がない。ここら辺の言い回しは大変デリケートさを要するね。

つまり外で仕事を持ちたい人は断然持つべきだし、持ちたくない人はその通りにすればよいだろう。

それらの意見と言葉とを一緒にしてしまう愚について僕は常識的な感想を述べるだけである。

職業を、身体的特徴を、他国を侮蔑するのは当然よろしくない。しかし、だからといってそれを含む言葉を禁止したり自粛したりすることは、いったい正しいだろうか。そもそも言い換えたところで、侮蔑する心さえあればいくらでも侮蔑できるではないか。

こういう背景には、人の外側のみを見る、一種政治的な思考があるのではないか。いや、人の外側さえも見やしない。あるのは「自分は正しい、人間的な態度をとっている」という自己満足だけだろう。

羽仁説子さんの息子は進さんだろう。他の人より秀でているように、一歩先んじているようにというエリート意識丸出しだ、羽仁家の正体見たり、なんて言う人がいたら言うほうがどうかしているではないか。その上ご本人までが上から目線の「説教を垂れる」の字を有しているのだから。多分「子ども」の由来は噂話だろうよ。

お供を連想させるから漢字は望ましくないなんて、これらの噂と同じレベルの言い掛かりさ。

このテーマはもう少し詳しく分かったらもう一度書いておきたい。
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2009年09月10日 | 音楽
数年前、メニューインの若いときの演奏の映像が発見され、世界中の話題をさらったことがある。

初めて見たときびっくりした。彼は神童であったが、青年期を過ぎてからは精彩を欠き、歳を重ねてからもう一度人間性によって「復活」した。これがメニューインについての「噂」だったから。噂といって悪ければ、理解のシナリオだったから、と言っておこうか。

フィルムで見るメニューインは30歳くらいだろうか、その噂とはまったく違う、鮮やかとしか形容できない、ゆるぎのないアポロのように見えた。

あらゆる難所をいとも簡単に弾きのける。それも弾き飛ばすことなしに。上体は文字通り微動だにせず、無造作に両脚に均等に体重がかかり、弓使いも左手も、文句のつけようがない。

歳をとってからの演奏は何度か聴いたことがある。もちろんそれ以前の録音も。実演を最後に聴いたのはたしか、ハンブルクのミヒャエルス教会だった。弓の根元でコントロールするのは難しいのであるが、メニューインはもう長いことそれができずに苦しんでいた。

いや、苦しんでいたというのは僕の勝手な想像だが、その時も音はかすれたり、ギィと不快な雑音になったりしていた。彼がそれに気づかぬはずもない。しかし、全体にしみじみと語るような演奏で心打たれた。心打たれたからこそ、苦しんでいたのだろう、と忖度できるのである。

色々な映像で見る限り、弾く姿勢も次第に前かがみになっていったようだ。

僕は弦楽器奏者ではないから、ここから先は想像の域を出ないのであるが、この人の弾く姿勢の変化は、音楽の感じ方が大きく変わっていったところから来るのではないか。

たしかどこかで、自分の若いころを評して一種のハイフェッツであったと言っていたと記憶する。これは非常に正確な自己批評だ。もちろんメニューインはハイフェッツではない。だが、音楽を前にしてたじろがず、ほとんど即物的と呼びたいほど無駄のない表情を与えるところなどは、彼がハイフェッツ的な精神の影響下にあったことを窺わせる。

ではハイフェッツと違うところは何か、と問われれば顔である、と答えたい。音楽家のくせに何という答えだ、と言われそうだが、上述の若い映像でもっとも目立つのは、一見アポロのような端正な顔の中にある、燃え上がりそうな眼差しだ。冷たい知性とはまったく縁のなさそうな。ハイフェッツには絶対に見受けられない目だ。

このような男が戦後、フルトヴェングラーという、メニューイン自身の言葉によれば「自身がプロデューサーである必要のなかった最後の人」に関心を抱き、惹かれていったのは不思議でもなんでもないように思われる。

メニューインとフルトヴェングラーは何度も共演を繰り返し、メニューインは後年、その影響がいかに強烈だったかを語っている。録音に残るベートーヴェンやブラームスの協奏曲の演奏は、じつに生々しい。

発見された映像でのアポロ的な世界は、フルトヴェングラーという存在に触発されて、はるかかなたに消え去っているかのようだ。ブラームスの協奏曲ひとつ聴いてもそれは窺える。

彼のような種類の人間はフルトヴェングラー無しでも変化をしていったかもしれない。

しかし、演奏の中に途轍もない人間的情感を投げ入れる術を、また、そうしたいという衝動を与えられたのは間違いないことだと僕は思う。また、衝動を持つに充分な苦しみがあったと僕は直感する。

若き日の完成度は砕け散った。演奏する身体は精密機械のようなものだ。名人においてはとくにそうだろう。どこかにそれまでと違った要素が入り込むと、簡単に修正できることではない。

中年以降のメニューインの前かがみの姿勢は、僕にそんな想像をさせる。弦楽器奏者は笑うかもしれない。しかし弦楽器奏者が音楽的に、また人間的に勘がより鋭いと思う根拠も、僕は見出さない。
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音楽に関する素朴な質問

2009年09月07日 | 音楽
楽曲分析といったら無味乾燥な授業を反射的に思ってしまう。現在の音大では少しでも血の通った授業がなされていることを期待する。

僕のブログに目を通してくれている人たちの大半は音楽関係だろうと思うから、ひとつ僕の素朴な質問に答えてもらいたい。

ショパンの練習曲は単音のアウフタクトが多いでしょう、なぜでしょう?僕のようなアマチュアはそういう疑問を持つことがしばしばなのです。

アウフタクトの単音は楽曲分析の対象にならないのである。頭の良い奴は分析的に説明してみればよい、できないだろう。ざまを見ろ。

分析といっても根底に理解がないとあっという間に行き詰るものだ。では理解とは何か。芸術への理解とは愛着を持つことだ。ビクビクする必要はない。

言い換えれば、愛着のない分析は何ものももたらさない、ということ。

それをはっきり知っていれば、分析の対象になりえないものだって恐れる必要がないと合点できるだろう。

ぜんたい、音楽家あるいは音楽を習う人たちは、言われたことを丁寧に、従順に守る傾向にある。それは必要な態度でもあるけれど、もっと疑問を持ち続けたらどうだろう。

アウフタクトだけに留まらない。もうひとつ。

モーツァルトの曲などで、前打音が書いてあると普通の十六分音符に弾くでしょう。それはそう習ったわけでしょう。これはなぜそう弾くのか。

ベートーヴェンの7番ソナタ1楽章の第二テーマでも殆んどのピアニストがふつうの八分音符にするけれど、エドウィン・フィッシャーは所謂前打音として短く弾いている。どちらが正しいか?と問う前に、両者の感じ方、考え方の由来を思うべきなのだ。

いったい前打音はなぜふつうに弾かれることがあるのか?作曲者の身になってごらんなさい。ふつうに弾いてよいところはふつうの16分音符で書いた方が(ベートーヴェンのソナタの場合は8分音符)はるかに手っ取り早いではないか。わざわざ面倒をかける必要がどこにある?

ある同業者にその質問をぶつけたら、流暢にこうした書法は主に下降音形に現れるとかイ音云々とかを解説してくれたが、それは僕でも知っている。では同じ条件の音形でふつうの16分音符のところもあるのは一体なぜだ、と重ねて訊いたらそんなことは私は知らない、とのことであった。

こういうのを思考の怠慢と呼ぶのである。そこで僕は色んな同業者に同じ質問を投げかけてみる。答えが返ってくることは稀である。重ねて、では子供の頃(大人になってからだって良いさ)なぜだろうと疑問に思ったことはないだろうか、と訊ねると、ほとんどの人が疑問に感じたことはある、と答える。

せっかく物事のへそに迫る機会を得ながら、みすみす逃しているのである。

ピアノを習う人たちは、熱心な人であるほど従順だ。何事もそうだが、なぜだろうと自問するより、すべて言いなりに「努力」した方が短期的な効率はよい。

しかし、そんな効率は底が知れている。だから世に言う「解釈」とは、思い余った成人した音楽家が施す「化粧」と同じことになってしまうのだ。

もっと屁理屈を言う癖をつけよう。横車も押そう。そこから出てくる根本的な道筋だってある。従順よりはましだと僕は思う。

読んでいるうちに最初の問いを忘れてしまった人はいませんか。この問いに、答えはCMの後に、なんてことはないよ。

答えはないからね。僕の答えはある。各人が自分の答えをみつけよう。納得がいったとき、それこそが「答え」なのです。
コメント (3)
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