季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

白文

2013年10月27日 | 音楽
ある曲をはじめて練習するにあたって、まず楽譜をコピーし、修正液で音符以外のあらゆる記号を(テンポの表示まで)消し去ってみると面白いだろう。ただし間違っても音符を消してはいけないよ。何の曲だか分からなくなるから。

そして音符だけを頼りに曲を仕上げてみよう。ショパンの小品、リストの小品、グリーク辺りが手始めには良いかと思う。

聞き覚えがある曲でも構わない。これは今日仕方のないことだし、数回聴いただけで細部まで覚えていられたら、それも才能だ。

漢文で返り点を一切付けていないのを白文というでしょう。白文を自在に読みこなしたならば、漢文の素養は充分だといえますね。

演奏も同じこと。演奏というか、楽譜の読み方といったほうが正確だろうか。演奏と一口にいっても、楽譜から読み取る作業と実際に音にする作業と両方あるからね。でもふつう偉そうに解釈なんて言っているのは読み取る方でしょう。

リタルダンドと書いてあるから、ディミヌエンドと書いてあるから守る。そんな消極的な態度ではいけないのである。ここは少しゆっくりしたい、楽譜を見たらリタルダンドと書いてあった。そんな風になりたいものだ。

カワイイ

2013年10月23日 | その他
「カワイイ」僕があまり好きになれない言い方だ。思わずカタカナで書いた。

犬はかわいい。これは平仮名。犬はカワイイと書く気にはなれないね。読む気にもなれないでしょう?

ではカワイイと書きたくなるのはどんな場合か。

スポーツ選手なんかで、ちょっと上手で見た目も良さそうな男の子が出ると女性が「カワイイ!」と騒ぐね。こういう場合、どうしても「かわいい」ではなく「カワイイ」と書かねば気がすまない。ひがんでいるんじゃないぞ、断っておくけれど、ちくしょう!

で、この「カワイイ」があるうちは、あらゆる分野で(といっても限定されるけれどね。「原子力の研究をしています。」「きゃー、カワイイ」なんて事態は起こらないだろう)本当に力がある人は出ないだろう。

いや、下手な予想はしなくてよい。でも我が演奏界では結構あるのだね。言われた本人も、若いから無理もないが、なんとなくその気になってしまう。しかしそのうちあごの下に肉が付き、頭は薄くなる。チェホフの小説みたいになってしまったが、これが現実だ。

それとも僕の空想が過ぎるだろうか。まあ言われたことのない僕としては空想をたくましくする以外に術はない。

と書いて正直に書くが、僕もかつてかわいいと言われたことがあった。振り返れば当時僕は2歳くらいだったはずである。確かに言われた気がする。

雑感

2013年10月16日 | その他
先達て病院の待合室でぼんやりしていた。

と背後で「あなた」と呼びかける声がした。振り返って立ち止まった年配の男の細君だったのだろう。
優しい声であった。声の主を確かめる無遠慮をしなかったが僕は心動かされた。

こういった呼びかけ自体が目立って少なくなったと思われるのに加えて、その声の調子は古風で、まるで昔の日本の小説を読む心地がした。細君と書く以外ない、そんな調子。

何の変哲もない、僕の生活点描である。

長いフレーズ

2013年10月11日 | 音楽
演奏で息が長い、フレーズが長いというのはほめ言葉である。それも大変程度の高い。

しかしピアノでそう感じさせる人はじつに少なくなった。まずそれ以前に不自然である。あるフレーズのどこに(ひとつとは限らない)重心、とでもいおうか、があるのか、直感的にとらえきれていないのが目立つ。

どうしたらその勘を養うか?勘というと何やらいい加減に聞こえるが。ピアノ以外の、たとえば交響曲を、カルテットを、歌曲を聴きたまえと言うしかない。おでんの汁がしみわたるように、音が身体にしみつくのを待つしかない。必要なのは知識ではない。

それができない限り息が長いというのも苦痛を与えるだけのことになる。

音楽家を目指す若い人たちへ

2013年10月04日 | 音楽
この長い呼びかけは僕が書いたものではない。シューマンの「音楽と音楽家」のなかにある短文のタイトルである。

もちろん変哲もないタイトルだ。「ショパン」だの「音楽の友」だの、楽器店のレクチャーのチラシを見て御覧なさい、どこにでもある。

それらの内容は、ソルフェージュの必要を説いたり、講習会のお誘いだったり、ぺんぺん草の摘みかた、洟のかみ方だったりする。

ひと言で片付けるなら、引越し屋の宣伝と大して変わらないのである。

と言って大家が書いた文章だからこの短文を持ち上げるのではない。他のどんな作曲家がこんな文章を書くだろう、これはシューマンという男をよく表していると感に堪えぬから紹介する。

他の作曲家がこのような題の文章を書くと思えますか?ベートーヴェンが、ワーグナーが、ショパンが。ブラームスだってチャイコフスキーだってまるで想像できないでしょう?

シューマンの口調は教え諭すようでもあり、祈るようでもある。「あなたが音楽を学びたいならば合唱のなかで歌いなさい。それも中声部を。そうすればあなたは立派な音楽家になります」

彼の作品が浮かび上がる。彼を苦しめたのは誠意という魔物であった。