パラドクスの小匣

南原四郎、こと潮田文のブログです。

林会長,上野監督は辞任せよ!

2008-06-11 19:01:38 | Weblog
 スピード社の水着解禁の記者会見で、上野監督とやらが、「終った後で,水着のことで言い訳はさせません」と抜かしたが,どの口でいうかである。

 記者会見では、どの記者も質問していなかったようだが、オリンピックの本番で着ることができないのだったら,当然、その選考大会でも着てはいけないはずだが、禁止していなかったため、スピード社の水着を着て好記録を出し、代表に選ばれた選手が、たしか二人いたはずなのだ(前にも一度書いたけれど)。

 言い換えれば,選ばれて当然の選手が二人、落選してしまったということだ。

 もちろん、本番では使えない(当時の時点で)水着を着て出場した選手にも多少の責任はあるが,まさか、これほど早く泳げるとは思っていなかったのかもしれない。

 いずれにせよ、本番では着ることのできる水着が3社だけなら、その3社の水着の着用のみで選考会を開くべきなのに、それをしなかった水連のとんでもないミスなのだ。

 とはいえ、今から選考会をやり直すことも難しいだろうから,せめて、上野監督、林水連会長は責任を取って辞任したらどうか。

 というわけで,念のため、ネットで調べたら、スピード社の水着を着て選ばれた選手は、100メートルバタフライの岸田真幸選手だった。日本新記録だったが、記事には、「意外といっては失礼だが、伏兵的存在」と書かれていた。(もう一人は、800メートルリレーメンバーの、松本尚人選手だった。)

 以上、誰も気がついていないみたいなので、一言してみたが、決して,岸田,松本両選手に意地悪しているわけではない。ただ、「さあ、これで一件落着!」なんて言っているのを見ると、人をバカにしているというか、何か,慌ててミスを隠しているように思えてしかたないのだ。(これが見抜けないマスコミときたら、いやはや,何を見ているのか、と嘆ぜざるを得ない)

本当に本当の事

2008-06-10 21:45:24 | Weblog
 今回の秋葉原事件について、知事として、このような凶悪事件を抑制する手段を考えているかと聞かれた石原都知事が、「残念ながらないね。こういう人物はいつでもいる」と答えたそうだ。

 さすがに正論だ。こういう時に、政治家が驚き慌てて、「絶対許せない!」とか騒いでみせ、さらにナイフの規制とか、派遣社員の待遇をどうするとか、規制強化で対応しようとしても、逆に人々を不安に陥らせるだけだ。

 行政(官僚)のなすべきことは、何よりも、犯人を捕まえることだ。今回は、幸いにも捕まったが(まあ、これで逃げ切られたら――犯人の加藤智大は、逃げ切る積もりでいたらしいが、最近の警察の無能ぶりから、そう思うのもアリだったかも――どうしようもない)、犯人逮捕がもっとも大事なのだ。

 犯人も捕まえられなくて、「犯罪ゼロを目指す」とか、どの口が言うか、である。

 ユングも言っているけれど、犯罪、あるいは犯罪報道というものは、人々にとって、トランキライザーのような効果をもたらす面がある。誰もが、自分が被害者でなかったことを安堵し、感謝する気持ちになれる。「犯罪ゼロの社会」なんて、ユングの指摘が正しければ、「もっとも恐ろしい社会」なのだ。

 しかし、すべての官僚は、「犯罪ゼロ」を「貧困者ゼロ」を目指す。「犯罪ゼロ」、「貧困者ゼロ」なら、犯罪対策も貧困者対策もいらない、というわけだ。しかし、本音は、「犯罪ゼロ」、「貧困者ゼロ」を目指している限り――ということは、永遠に――自分の身分は安泰でいられるからだ。

 これに対し、「公権力による規制は一切無用である」と言ったのが、例の「負の所得税」の提案者、ミルトン・フリードマンだが、フリードマンは、驚くべきことに、医師免許とか、運転免許なんかも無用だという。

 実際、つい先日、20年間無免許で消防自動車を運転していた男が逮捕された。ワイドショーのコメンテイターは口々に、「なんでわからなかったのか」とか言っていたが、実際には、誰もが、「免許なんかなくても、20年間、問題なく仕事をこなしていたのか、すごいなー」、と思ったはずだ。無免許医師が捕まって、「周囲の評判はよかった」などとコメントされる場合も多い。

 もちろん、運転免許も医師免許も不要というのは、自動車教習所も医学部も不要というわけではない。ただ、交通事故であれ、医療事故であれ、事故の原因は、免許の「有無」ではなく、充分な技術の「有無」にある、という単純な事実を言っているに過ぎない。

 そして、現在、その「充分な技術の有無」は、国をはじめとする「公権力」が判定しているわけで、それが「免許制度」だが、それよりも、「市場」に任せたほうがよい、というのがフリードマンの主張なのだ。

 細かいことはともかくとして、実は、私は、以前は自動車免許をもっていたが、あまり運転技術がうまくなく、乗り続けていたら絶対に事故を起こすにちがいないと思っていたので(実際、オートバイではちょくちょく事故っていた)、うっかり免許書き換えを忘れて、半年程オーバーしてしまったことをきっかけに、免許を放棄してしまったのだが、交通事故というものは(文字通りの、「運」の問題は別として)、「運転免許の有無」ではなく、「技術の有無」の問題だというのは、本当に本当の事だ。

運命、という錯覚

2008-06-09 21:28:32 | Weblog
 秋葉原で……引っ越しておいてよかったなあ。

 実際のところ、去年あたりから、秋葉原のあちこちでわけのわからない、変な事件が結構頻発していた。歩いていてもどこがヤバいのかわからない、のっぺりした街なのだが、近年の秋葉原には犯罪者を引き付ける何かがあるのかもしれない。

 それにしても、犯人は、「人が沢山いるから」ということで秋葉原を選んだようだが、だったら、渋谷を通ってきたというから、渋谷でもよかったはずだ。なんで秋葉原でなければならなかったのだろう?

 そんなことを考えると、犯人が、渋谷でも新宿でも、犯人の住む静岡でもなく、「秋葉原で殺る!」と決めたとき、今回殺された7人の人の運命も決まってしまったような《錯覚》に襲われる。

 というのは、一昨日、古本屋で岩波文庫の「アラビアンナイト」の1巻~3巻を買って読んでいるのだが、その第16夜あたりの話だ。

 ある金持ちの商人に男の子が生まれたが、占星術師が、この子供は15歳でカシブという男に殺されて死ぬ運命にあるという。その日は、ある前兆によって知られる。それは、磁石でできた島の天辺にそびえる銅像が海に落ちたら、その日から数えて40日目だという。

 そして、ある日、その磁石島の銅像が海に落ちた。

 そこで商人は、かねて、秘密の無人島に作っておいた地下室に、15歳にならんとする息子を40日分の食料とともに送り込んで、危機をやり過ごそうとした。

 ところが豈図らんや、この無人島で有り様を見ている男が一人いた。それは、銅像を海に落としたカシブで、その後、件の島に漂着していたのだ。

 カシブは、秘密の地下室に潜り込み、少年を見つけ、話を聞くと、自分がこの少年を殺す運命にあることを知る。しかし、カシブは、少年のあまりの美しさに心を奪われ、自分がこの少年を殺すはずはないと思い込み、自分の正体を隠したまま、40日間をその少年と過ごす(うふふ)。

 さて、40日を過ぎようというその日、もう大丈夫だと安心した少年は、喉が乾いたので西瓜を食べたいといった。カシブはそれを聞いて、ベッドの上に立って包丁を手にとったとき、なんと、少年がふざけて男の足をくすぐった。

 くすぐられて驚いたカシブは、包丁をもったまま少年の上に倒れ込み、少年の胸深く、包丁を突き刺してしまった。

 ……という話。

 ちなみに、「アラビアンナイト」というと、どうしてもバートン版が有名で、以前、少し読んだことがあるのもバートン版(大場正史訳)の角川文庫だったが、実はバートン版は、一部「抄訳」といってもよいところがあり、より完全なものは、マルドリュスという、エジプト人でフランス語にも堪能な学者が、フランス語に訳した「マルドリュス版」なのだそうで、岩波文庫はこのマルドリュス版である。

 奥付を見てみたら、全部で26巻もある。「三国志」が10巻だったから、かなり長いなー。でも、バートン版よりさらに面白そうなので、とりあえず、1巻~3巻を読みながら、残りは、折々古本屋で探すことにしよう。

泳ぐのは僕だ!…けど

2008-06-07 22:18:28 | Weblog
 スピード社の水着の圧倒的早さが証明されたようだけれど、こんなことは半年以上前からわかっていたことなのに。

 どこのマスコミも指摘していないけれど、スピード社の水着着用可ということにするなら、本来だったら、選考会をやり直すべきだろう。なぜなら、一月ほど前のオリンピック選考大会で、それまでは平凡な選手だったのがスピード社の水着を着て好成績を挙げ、一躍代表に選ばれた選手が、数は少ないけれど、いたはずだ。

 要するに、本番で着用できないのなら、当然選考会でもスピード社の水着は着用禁止にしないとおかしかった。

 これほどの差が出るとは予想していなかった、と言うかもしれないが、専門家ならとっくにわかっているべきことだろう。

 ともかく、日本人はこういう「制度設計」があまりうまくない。

 たとえば、路上喫煙の禁止だ。ある外国人が、禁止するなら、屋内喫煙の禁止でないとおかしいと言っていたが、横浜市だったか、屋内喫煙を全面禁止に踏み切ったのだが、先に路上喫煙を禁止してしまっているから、喫煙者はどこでも煙草を吸えなくなってしまった。

 タスポも同じだ。これは、官僚の「行政指導」で導入されたらしい。本格的実施は来月かららしいが、JTは、場合によっては担当官庁に「損害賠償」を請求したらどうか。

 「たかが制度されど制度」で、ちょっとした工夫でいろいろなことができる。

 たとえば、日本の国会では「党議拘束」が一般的に行われているが、これを「禁止」したらどうか。こんなものがあるから、政策よりも、「政局」が興味の中心になり、投票マシーンでしかない、陣笠議員なんてのが出てくるのだ。

 そもそも、国会と制度というと、バカの一つ覚えで、議員定数のことばかりが話題になるが、最近ではあまり言われない。これは、少し前までは自民党が地方選出議員が圧倒的に多かったので、その観点から、「反体制・反与党」が体質としてしみ込んでいるマスコミが、定数是正を声高に要求してきたと思われるが、最近では、必ずしも地方選挙区=自民党という図式ではなくなった。それで、あんまり言わなくなったのだと思うのだが、「党議拘束」の禁止は、「定数是正」とは本質的に異なり、もし禁止されたら、ものすごいインパクトがl確実にあると思う。

 実際、「党議拘束」は、憲法で保障された「政治表現の自由」に抵触する恐れがあるのだから、誰か、行政訴訟を起こそうという、学者、知識人はいないのか。

 というわけで、今、「党議拘束」問題はどう扱われているのか、ウィキペディアで調べてみたら、「党議拘束は、憲法第51条――両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない――に抵触するという意見があるが、党議拘束は「院内規制」なので合憲、という意見が主流である云々」と書いてあった。

 「院内か院外か」が議論の中心とはまた、せこい話だ。もっと堂々と、「表現の自由」という観点から考えたらどうかと、思う。

泳ぐのは僕だ!…けど

2008-06-07 22:03:19 | Weblog
 スピード社の水着の圧倒的早さが証明されたようだけれど、こんなことは半年以上前からわかっていたことなのに。

 どこのマスコミも指摘していないけれど、スピード社の水着着用可ということにするなら、本来だったら、選考会をやり直すべきだろう。なぜなら、一月ほど前のオリンピック選考大会で、それまでは平凡な選手だったのがスピード社の水着を着て好成績を挙げ、一躍代表に選ばれた選手が、数は少ないけれど、いたはずだ。

 要するに、本番で着用できないのなら、当然選考会でもスピード社の水着は着用禁止にしないとおかしかった。

 これほどの差が出るとは予想していなかった、と言うかもしれないが、専門家ならとっくにわかっているべきことだろう。

 ともかく、日本人はこういう制度設計があまりうまくない。

 たとえば、路上喫煙の禁止だ。ある外国人が、禁止するなら、屋内喫煙の禁止でないとおかしいと言っていたが、横浜市だったか、屋内喫煙を全面禁止に踏み切ったのだが、先に路上喫煙を禁止してしまっているから、喫煙者はどこでも煙草を吸えなくなってしまった。

 タスポも同じだ。これは、官僚の「行政指導」で導入されたらしい。本格的実施は来月かららしいが、JTは、場合によっては担当官庁に「損害賠償」を請求したらどうか。

 「たかが制度されど制度」で、ちょっとした工夫でいろいろなことができるが、たとえば、日本の国会では「党議拘束」が一般的に行われているが、これを「禁止」したらどうか。実際、「党議拘束」は、憲法で保障された「政治表現の自由」に抵触する恐れがある。

 国会と制度というと、定数のことばかりが話題になるが、「党議拘束」なんてものがあるから、陣笠議員なんてのが出てくるし、政策よりも、「政局」が興味の中心になってしまう。

 もし、「党議拘束」が禁止されたら、ものすごいインパクトがあると思うが、誰か、行政訴訟を起こそうという、学者、知識人はいないのか。

 それで、今、ウィキペディアで調べたら、「党議拘束は、憲法第51条――両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない――に抵触するという意見があるが、党議拘束は「院内規制」なので合憲、という意見が主流である云々」と書いてあったが、「院内・院外」が議論の中心とはまた、せこい話だ。もっと堂々と、「表現の自由」という観点から考えたらどうかと、思う。

栄養過多

2008-06-04 23:25:46 | Weblog
 このところ、じりじりと事務所にやってくる時間が遅くなっている。

 今日も、「夕刊早や読み」みたいな番組を見てから、御出勤。(別に出勤ではないのだけれど)

 そこではじめて知ったというわけではないのだが、ウガンダ死去。太っていたので、棺がパンパンとかお通夜に出た人が話していたが、糖尿病の合併症による突然の死なので、闘病の結果、げっそり痩せて別人のようだったとか、そういうのではなかったらしいのが救い。

 あまりテレビで見た記憶はないのだが、顔は知っている。愛嬌のある顔で、仕出し弁当にマヨネーズをたっぷりかけて食らいついているビデオを流していたが、今回の死は、「デブタレント」の草分けということで、テレビ局の演出家あたりから、「食え食え」とけしかけられた結果と思えなくもない。いや、思って当然。

 医事評論家の中原氏が出演していて、糖尿病の怖さについていろいろ語っていたが、95%は「生活習慣」、すなわち「食べ過ぎ」「運動不足」であると言っていたが、だったら、一言、「バラエティ番組でいろいろ無茶食いしたり、させたりするのはどうかと思いますねえ」とか、「グルメもほどほどに」ぐらい言ったらどうか。何のための出演か。言いたくても、それだけは言わないようにと釘をさされているのだろうか。コメンテーターの宮崎も、だんまりのまま。

 それから、番組の餌食になったのが、1年程前、交通事故死した子供の写真をホーム頁に、その死をおちょくるようなコメントつきで掲載し、免職となった元小学校教師が、またまた小学校に侵入して「盗撮」して捕まったという「事件」だが、「盗撮」というから、着替え室とか、トイレに忍び込んだのかと思ったら、運動会だった。どうも、運動会で撮影していい人は、胸にリボンをつけた保護者のみと決めているらしいのだ。

 スナップ写真そのものが成立しなくなっているという話はよく聞くのだが、なるほどと思った。

 深夜、「百識」を久しぶりに見る。フジテレビの元女子アナで、フランス人と結婚した中村なんとかとそっくりだった藤なんとか君が、すっかり精悍になっているのに驚く。ああいう顔をしているだけに、本当はすごく気が強いのではないかと思ってはいたが……。

 ところで、その「百識」のテーマは「学校の給食」だったが、解答者の一人が、答えを当てて「だってオレ、今、給食食べてるもん」に笑う。若いなー。

 しかし、デザートにメロンがついたり、伊勢海老の味噌汁がでたり、キャビアが出たり(伊勢海老やキャビアはさすがに特別の日に、地元の漁協のプレゼントとからしいが、)、もちろん、カロリー計算はしているのだろうが、贅沢過ぎる。

 一食あたり原価は、全国平均で600円。(ジャニーズ連中は、「百円くらいじゃない」とか言っていて、あまりに高いので絶句していたが、私も同感。まあ、メニューを見れば、それくらいはたっぷりかかるであろうことはわかるのだが。「給食」とは質素なものという先入観がある)それを親と国で半々に負担しているらしい。ということは、親の負担は一ヶ月300円×20日として、6000円。「払えない」という人が出るのもわかないではない。どこかで倹約しようと思ったら、給食費、ということになる。

 むしろ、メニューをもっと質素にして、原価を300円に押さえ(「原価」だったら、300円で充分できるだろう)、全額、国が負担でいいではないか、全然、と、「これ、全然うめ~よ」と若者言葉で喋るジャニーズ連中を見ながら、思った。

福田は今…

2008-06-02 18:45:41 | Weblog
 二年程前に、S歯科で作ったマウスピースが、どうもあまり調子がよくないのだが、作った直後に御徒町に引っ越してしまったので、我慢して「慣れる」のを待っていたのだが、どこまで我慢すべきなのか、そこがわからず、新宿に舞い戻ったのを期にちょっと相談してみようと、今日、以前、南原企画のあった幸ビルの隣にあったS歯科を訪れたところ、定休日でもないのにシャッターが降りている。

 廃業してしまったのだろうかと思って、ふと幸ビルを見ると、何やら廃虚同然。すぐ近所で、幸ビルと同じ大家の手でマンションが建設中なのだが、これができたら、きっと幸ビルも壊してしまうのだろうなあと思いながらたたずんでいると、中から幸ビルの一Fで魚専門の料理屋を経営している板さんが出てきたので、「あ、久しぶりです。実は、今年のはじめに新宿に戻ったんですよ。で、以前、S歯科にお世話になったところを見てもらいに来たんですが、しまっているんです。どうしちゃったんでしょう」と尋ねると、板さん、「Sさん、死んじゃったんだよ。ガンで」

 び、びっくり。

 まあ、S医師はそんなに若いわけではないけれど、元気そうだったのに。

 それで、しょうがないので、ネットで「マウスピースの使い方」で検索してみたら、「中には食事をするときに外してしまう人もいます」とかあって、いやはや、そんなに酷いのか、あわないマウスピースって。

 正直言って、S医師には、「先生には、馴れるのにはかなり時間がかかるよと言われましたが、一年以上たってもなかなか馴れなくて、うっとおしくて、最近では、普段は外していて、食事の時だけにつけるようになってきてしまっているのですが、これはいけないことでしょうか」、と、聞いてみようと思っていたのだが、上記ウェブのQ&Aなどを総合してみると、食事の時にちゃんと使えていれば、まあ合格、不満でも、あまり文句は言えない、ということらしい。

 ただし、薄いティッシュペーパーなどを挟んでマウスピースをつけると、結構、安定する感じがあるので、どこか修整が必要なことはたしかなようだ。(ちなみに、お分かりと思うが、マウスピースとは、入れ○のことである。)

 読売新聞に、ガソリンが170円台に突入してファミリーレストランやゲームセンターなど、郊外に立地している業種が軒並み売り上げが激減しているのだそうだ。そして、社会面の見出しに、「家計直撃、悲痛な声」とあった。

 「悲痛な声」は、郊外業者のことで、必ずしも「一般家庭」のことじゃないはずなんだけどねえ、さもないと意味がわからん記事になるよ、と言うのは、ガソリンが、リッター当たり130円から170円に上がったからといって、個人の家庭の場合だったら、正直言って、暮らしていけないわけではない。

 要するに、「悲鳴」というのは、記事における郊外業者とか、運送会社などにとっては、まさに「悲鳴」と言っていいのだが、対家庭、もしくは個人の場合、行動に与える「心理」の影響をどう考えるか、という問題であり、その結果、郊外業者が「悲鳴」をあげることになるのだ。(もちろん、それらの「行動」の集計が「経済の諸数値」となって現れるのだが)

 たとえば、一時期、廃止されたガソリン税が廃止されたままだったらどうなるか。そのときには、リッター当り150円くらいになっているだろうが、この「値上げ」は、郊外に出かけるのを控える、という行動にまでは結びつかないのではないか。

 要するに、役人の眼には、「元に戻しただけ」でも、消費者の眼には、増税でしかなく、したがって、今の170円超というガソリン価格は、増税プラス値上げという構造になってしまっており、それだけ心理的打撃が大きいのだ。わかっちょるのか、福田!といっても、福田は今ヨーロッパらしいが。

驚異の大逆転……

2008-06-01 21:05:53 | Weblog
 全日本バレー男子チーム、イタリアに驚異の大逆転……負け(笑)。

 笑っちゃいけないかも知れないけれど、点を入れるたびの、あのおおはしゃぎを見せられていると、つい、言いたくなる。「勝ってから喜べ」と。

 イタリアチームの監督が、「日本は勝つことを恐れていたのではないか」と言ったらしい。いや、ヨーロッパの人はうまいこと言う。たしかに、そうだ。

 何故なら、勝利を伴うゴールというものは、そこに飛び込む選手にとって、まだ誰も突破したことのない、「壁」なのだ。したがって、どうしても、その直前に、無意識に、「恐れ」が生じてしまう。誰も足を踏み入れていない真っ白い処女雪に足を踏み入れるとき、少し緊張する、あの心理だ。

 ……と思うのだけどね。

 しかし、点を入れるたびに繰り広げられる「喜びの輪」については、不思議に思う人は少なくないらしく、「何故、あんなに喜ぶのですか」ときいた人がいて、その答えは、「本当は相手に向かって、ネット越しにガッツポーズをしたいのだが、マナーにもとるということで禁止されているので、点をとった瞬間、後ろ向きになり、輪を作ってみんなと喜びを分かち合う習慣ができた」のだそうだ。

 まあ、単に一人の選手(女子選手……だったと思う)の意見に過ぎないけれど。

 NHKの地球温暖化をめぐるドキュメント番組を見た。北極海の氷がなくなり、餌場を失って餓死した白熊を象徴的に扱いながら、一方で、温暖化を一大チャンスとして資源開発に乗り出す企業がいる、といったストーリーだった。

 温暖化していることは、たしかに事実に間違いないということはよくわかったが、その原因となると、二酸化炭素と決まったわけではないということはスルー。

 もちろん、「本当のところはわからない」なんて発言をしたら、立場が悪くなるから、マスコミはともかく、政治家なら誰もそんなことは言わないが、でも本音のところでは、「わからない」という事実をしっかり胸においておかないと、まずいことになる。

 その点、福田は極めて心もとない。国内の不人気を対外交渉で挽回するんだということで、アフリカ諸国に大判振舞をし、クラスター爆弾交渉でも、あっさり譲歩してしまった。不人気挽回のためというか、そもそも、「いい顔をして喜ばれたい」、という心理が基本的にあるのだろう、この人には。

 洞爺湖サミットでは、「温暖化」が主要テーマになるらしいが、あぶないあぶない。