ジャック・デリダ
ジャック・デリダの著作を漁っている訳でないため、「マルクスの亡霊たち」(ジャック・デリダ藤原書店)は、何時もの如く付箋紙だらけですが、まだ自分に落とし込めていません。
訳者(増田一夫)解説にある他者からの批判と期待に応えている旨記されていますが、その背景について無知のため、(考え方の)難解さに一層拍車がかかっています。
同書第2章においてフランシス・フクヤマとマルクス主義的言説空間との両方を批判しています。
以前メモしました「不可逆」、「可逆」と、捉えることもできます。
ジャック・デリダは、フランシス・フクヤマの論理は、巧妙な構造(左または右から批判されることを想定し、批判をかわす文章が必ず付けられている。)を持つと指摘しており、また、彼の言説を「福音書」と名づけています。
ジャック・デリダの指摘とは別に、フランシス・フクヤマの引用文を読んで、「戦争」の語彙は出てきませんが、資本主義は成長と行き詰まりを繰り返し、行き詰まりを打破するアイテムは「戦争」であり、「戦争」を肯定している論理と考えました。
また、ジャック・デリダはオルタナティブ・グローバリゼーションを具体的に描いていないと考えます。
訳者(増田一夫)の解説で「唯物論」は脱構築の対象とはならないと書かれていますが、脱構築の対象とならないのは、「唯物論」ではなく「弁証法」ではと考えます。
前掲同書の第5章において「ドイツ・イデオロギー」・「資本論」について書かれていますが、著者は経済には関心がなく(マルクス経済学)、読んで考えたところは、別に機会があればアップしたいと考えます。
「マルクスの亡霊たち」(ジャック・デリダ藤原書店)
ジャック・デリダの著作を漁っている訳でないため、「マルクスの亡霊たち」(ジャック・デリダ藤原書店)は、何時もの如く付箋紙だらけですが、まだ自分に落とし込めていません。
訳者(増田一夫)解説にある他者からの批判と期待に応えている旨記されていますが、その背景について無知のため、(考え方の)難解さに一層拍車がかかっています。
同書第2章においてフランシス・フクヤマとマルクス主義的言説空間との両方を批判しています。
以前メモしました「不可逆」、「可逆」と、捉えることもできます。
ジャック・デリダは、フランシス・フクヤマの論理は、巧妙な構造(左または右から批判されることを想定し、批判をかわす文章が必ず付けられている。)を持つと指摘しており、また、彼の言説を「福音書」と名づけています。
ジャック・デリダの指摘とは別に、フランシス・フクヤマの引用文を読んで、「戦争」の語彙は出てきませんが、資本主義は成長と行き詰まりを繰り返し、行き詰まりを打破するアイテムは「戦争」であり、「戦争」を肯定している論理と考えました。
また、ジャック・デリダはオルタナティブ・グローバリゼーションを具体的に描いていないと考えます。
訳者(増田一夫)の解説で「唯物論」は脱構築の対象とはならないと書かれていますが、脱構築の対象とならないのは、「唯物論」ではなく「弁証法」ではと考えます。
前掲同書の第5章において「ドイツ・イデオロギー」・「資本論」について書かれていますが、著者は経済には関心がなく(マルクス経済学)、読んで考えたところは、別に機会があればアップしたいと考えます。
「マルクスの亡霊たち」(ジャック・デリダ藤原書店)