書論「書学を学ぶ人のために」の誤謬???
書論「書学を学ぶ人のために」は、大野修作先生が連載(書道美術新聞)している「書論」である。
今回は、「道教と書の関わり」‥ちょ(衣辺に者)遂良の書を中心に‥
この先生の悪文ぶりにはいつも泣かされる。まあ大江健三郎並といったら、大喜びしてしまうかも知れないが全く論旨が掴めない。
今回「道教研究家」としての本領発揮か、と思うといつも通り昔の名跡は「なに」との概略だけ。
顔真卿だって書道の世界では身近かも知れないが、中国唐時代・玄宗皇帝末期の人物。
例の安録山の変の時、平原郡の太守(開元22年【734年】進士・785没)だから日本の奈良時代の人物の超エリートなんだな。
こんな頃の人たちだから、色々な迷信や宗教に絡んだって不思議ではない。それで、現在としては「道教に関する」碑や文書が沢山?残っているわけたが、そういう「文」を書いてくれと言う要請と、「大事な物だから」残しておくということだったのだろう。
だからカトリックの聖書だって古い物が残っていると言うことだ。
王義之の「黄庭経」にしろ、「難解で‥‥意味不明だからこそ神秘的で有難い教典と崇められてきた面もあるでしょう。」と当時も現在も内容を放棄している。
‥‥この辺は大野先生の持論とは多少違うのでは???
ハッキリ言えば、こういう古い古筆は内容を理解するということではなく、書いた「書体」を学ぶということ。
なんだか馬脚を現した、「道教と書の関わり」でした。
次に、「于右任と『標準草書千字文』」‥文字改革の視点から‥‥‥
于右任が稀代の草書の名手であり、「死筆なし」といわれるその草書に現在でも‥‥
と言われるが、無学な小生は「于右任」‥‥(1879?1964)
毛沢東や周恩来とも親交が有ったとも書かれているが、政治家だから当たり前だろう。
その中で、面白いこととして女性に関する事柄、智永の「千字文」と標準草書千字文が改訂によってだんだん内容が異なることが書かれている。
「妾御績紡、侍巾帷房」の部分は→→「耕さく御猟、款整帷房」となっているという。その理由として、「妾の存在を認めることは時代に逆行するという意識があったと思われ、‥‥」と言うことなんだそうだが‥‥
「妾」という言葉は、「わらわ」と私という意味にも用いられた。
だから、日本では「めかけ‥二号さん。彼女」と言う筈だったはずなんだか、古代中国では一般の女房・奥さんの意味でも用いられたはずだ。
もっとも、清朝時代などは‥‥正妻と妾は当然だったが。
だから「侍巾帷房」なんて言うことが書いてあるのだ。‥「寝室での作法」
こんなので‥‥結局何が書いてあるかと言えば、現代中国の漢字の簡素化・簡体字、漢語併音、普通話、などの普及について。
そして、普通話を正確に記すためのローマ字による字音表記法など。
なんと中国は日本に比べて、文字に関して1,000年も遅れているではないか。于右任老師にしろ若い頃日本で学んだのだから‥‥‥‥
もうそろそろ「中国」から離れたらと思うのだが。