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書道家Syuunの忘れ物

趣味のパソコンやカメラの実機レビュー、書道展の情報発信、CyberLink MVPなのでYouTube配信をしています。

前橋まつり その6 祭りの後始末

2008-10-19 20:10:44 | 風景写真館
今日19日、前橋まつりに参加した町内の打ち上げに参加しました。
子供達と若いお父さん方は、18日にバーベキューがあったと言うことですが‥‥、年寄り?は今日、町内の安い中華料理店での宴会になりました。
最近では、町内の行事に余り出なくなって、何やら行きにくい雰囲気もあるかなと思うところ。
でも行ってみたらそんなことはなかったですね。
さて、まつり最終日の写真は‥‥



夕刻になって、何やらうら寂しく帰るところ‥‥ここに写っている人のほとんどは、子供の宴会の方。



旧利根川の川底の下町から坂を上るところ。
この道は、五間道路といって戦前はメイン道路だった場所、今では道路名でさえ知られていません。
物心ついた頃は、なぜ坂道があるのか不思議に思いました。
そして、元々は国道17号という道はありませんでしたし、多少広かったのも今の50号の起点まで。

この南に下ると元々は沢だったらしく、雷雨になると雨水がこの道路に集中します。
そして、厩橋城の堀がこの道に沿って点在していました。
これは、昭和16年の前橋市の地図を見ると明白に描かれています。



県庁の通りに近くなったところ、未だ坂道は終わりません。
もう少し行くと、今度は南に道が傾斜しています。
前橋と言うところは、群馬の山間部から出てきて丁度平野が広がるところ。
利根川の扇状地です。

それと、前橋市は河川敷でもあるので20m掘ると利根川の砂利になって地盤が良くありません。
一方の北の渋川に行くと、市全体が「岩盤」の上にあるので地震でほとんど揺れないと言います。



ようやく公民館に到着、後からもう少し郊外の山車が通過します。
多少坂道ですからスピードが出ます。この坂は関東平野全体の南東へ傾斜しています。
関東平野全体が、利根川と荒川の扇状地とも言えます。



続けて二台。




後は、山車の飾り付け解体と後片付けが残っています。
今日19日の打ち上げで、祭りは完全に終わりました。
来年は、どうなるのかと言うところでしょう。
ちなみに、山車には中学生以上は乗りません。
小学生で終わりと言うことになります。
小生が小学生の頃は、実は別の町内でした。その後、町名変更に伴って、町内の組み替えがおきて今の組になったと言うわけです。
その時の公民館も潰されて、昔の歴史は塗り替えられてしまいました。

だから、昔、子供時代は山車を引かせて貰えず、当然太鼓を叩いたこともありません。
その当時は、子供も多く山車を引く後にゾロゾロとついて歩いていました。
又、山車と言っても、太鼓を叩くというのは随分後になってからです。

前橋まつり その5 山車の競演1

2008-10-16 19:16:02 | 風景写真館
前橋まつり‥‥午後2時半くらいから、繁華街を半周する。
なぜ半周するのかというと、繁華街の半分から南は急な上り坂になっていて、山車を押し切れないからだ。
要するに、繁華街というのは昔の利根川の川底に出来ている。
だから、地下を掘れば未だに利根川(伏流水)が流れていて、東和銀行の本店の滝はその地下水を利用している。


左奥のアーケード街というのは、「弁天通商店街」といって、その南の「中央通り商店街」に続くところ。
この「弁天通商店街」というのは、未だ空洞化、シャッター通りという言葉がなかった頃から閑散としたところで本当は小さいときから余り行ったことがない。
但し、最近は映画のロケ地としてしばしば登場する。
たしか、「和田アキ子物語」とか御須鷹山日航機事件の映画ロケもここだった。
ちなみに、前橋の半被を着ているのは、前橋市の職員。‥‥結構本格的な格好をしていたりする。



少し古風な山車がある。
この辺(青柳)の山車は、青柳大師があるところ。昔からの山車なのか新しいものなのかは不明。
いずれにせよ、今作るような山車ではないことは確か。



繁華街を半周したところで、止まってしまった。
何か、古い山車が曲がれなくなったとか。いずれにせよ、今年は大がかりな山車を余り見なかった。



立川町通りに集まった山車。
山車の上に乗っているのは、鎧を着た武者なのだがほとんどは人形。
但し、大手町の山車だけは、本物の鎧を着た人が乗って、手を振ると見ているお客さんが驚くという。



だんだん夕暮れが近くうら寂しくなる。



繁華街、中央通りの賑わいはこんなところ。
さっきここの道を山車が真っ直ぐ入って行き、昔のメイン繁華街交差点を左に曲がり、銀座通りを通って半周。
今はこの辺も、シャッター通りなのだが、まつりの時だけは大賑わい。
本当に、どこの街なのかと不思議に思うもの。

前橋まつり その4 マーチングバンド3

2008-10-15 18:38:18 | 風景写真館

マーチングバンド午後の第2部。
マーチングは、午後2時30分くらいから30分ぐらい。
第1部は街の中心部の学校が多く、山車に乗る児童が多かったようだ。第二部の方は、大方郊外の山車を出すには遠すぎる地域の小学校が多いのかもしれない。



今度の場所は、立川町通りと言って、旧繁華街の少し外れの通り。
元総社南小‥‥多分、郊外に住宅地が広がって出来た小学校か?



こんどは、元総社北小‥これも同じだろう。



桃木小‥もものきしょう
これは、前橋の東の比較的新設校。(昭和53年創設)



昭和28年開校の岩神小‥‥当時は郊外だったのが、今は中心部に近くに。



大胡小‥‥近年の町村合併で前橋に統合された地域の小学校。
ここまで、電車‥上毛電鉄? 又はバス出来たのでしょうか。



同じく、旧大胡町の小学校。



永明小学校。
昔は、こんなところに学校があったのかという‥‥明治7年創設。‥‥旧木瀬村立永明小学校
旧木瀬村の学校で、昭和30年に城南村に合併してその後、前橋市立永明小学校‥‥とある。



笂井(うつぼい)小学校。
やはり元木瀬村の小学校で明治7年創設。
しかし、元南勢多郡第十七小学校だったり、駒形小学校と合併したり、昭和31年城南村と合併で城南村立となったり、昭和42年に城南村が前橋市に合併して前橋立‥‥



広瀬小学校‥‥これは伊勢崎寄りに作られた広瀬団地建設に伴って出来た小学校。



元総社小学校‥‥利根川の西の伝統校だが、戦前は総社村だったところ。
今は、新前橋駅の近くと言えばわかりやすい。
こう見てみると、児童なのに背が高い子供がいる。
結構違和感があって、面白いものだ。
但し、ここに掲げたマーチングバンドは、11日にパレードをしたところがあって、全体の半分というところ。
次回は、山車関係に移る。


前橋まつり その3 マーチングバンド2

2008-10-14 18:54:27 | 風景写真館
マーチングバンドがいつからパレードをしているのか知らないが、昔は鼓笛隊だった。
その鼓笛隊というものが前橋市内の小学校で一斉に作られたのが、多分昭和37年頃だったかもしれない。
だから、その翌年昭和38年(1963)頃が最初だろう。

小生に頃は鼓笛隊だから、太鼓の連中はがんばっていたが、その他大勢の笛の方は「やる気なし」で吹いた真似という連中が多くいた。
だから、小生の小学校は格別演奏が下手だった。



パレードのうちの中央小学校を忘れていた。
中央小学校というのは、前橋駅から5分の一等地にある小規模小学校。
元々桃井小学校から分離したいきさつのある学校で、沿革を見たら創立が昭和32年だった。
(設立当初・児童数1579名 教職員46名 31学級(含 栄養士))



元々桃井小学校の通学区域を同一にするようなところだから、学校間も校舎の屋上からなら見えるほど近い。
戦後のベビーブーマーが入学して、桃井小学校がパンク状態になって、前橋市立第一中学校移転した後に仮校舎として作られたとあった。
近年、桃井小学校は、終戦時の総理大臣として有名な鈴木貫太郎の母校でもあるが、今や1学年50人足らず。
学校選択制も来年度廃止されるものの、中央小も同程度の人数で、近々桃井小に統合される。
何か、最近では危機感を持って教育に力を入れていると言う噂なのだが。



保護者(昔の言い方で・父兄)は、街の周り中を走り回ると言うのがこのパレードの特徴。
もちろん子供の写真、ビデオを撮るためである。



この清里小学校も新市街地にあるもので、沿革から言うと明治7年青梨子村正法寺内に学校を開設とある。
しかし、この手の小学校というのは、今で言う私塾に近く、実際は「明治25年、清里尋常小学校となる。」というのが本当のところだ。



ここも新市街地の小学校。
駒形小学校と言えば、ほとんど伊勢崎と思えるようなところで、昔は「駒形」として栄えたところだろう。
沿革は、明治6年駒形新田に小学校を創設し、豊受小と称する。‥‥とあって、明治26年に駒形尋常小学校と改称する。‥‥とある。




この山王小学校は、新興住宅地の拡大に伴って出来たところ、だから創設は昭和54年。
それでも、20年度新入生が90人と言うことだから、一世代が終わったというところだろう。




下川渕小学校。
HPには、創設明治8年とある。
しかし、昔は前橋市ではなかったところの利根川の渕。
だから下川渕。
ただ、高度成長期の終わり頃も大団地が建設されて、拡充されたのがこの小学校というものだ。



芳賀(はが)小‥‥これは赤城山の南面にある学校でその上に芳賀団地という団地が作られた。
沿革を見たら、昭和3年に上空から取られた全景写真があった。
昔の郡部の小学校というのは、大方歴史は古いことが多い。


桂萱東小学校。
桂萱を「かいがや」とは中々読めなかった。
実は、桂萱小学校と言うのがあって、今では移転した前橋高校に近くなってしまったが、それより東。
合併してしまった大胡に近いところの学校が桂萱東小学校。
昔は、知らなかったと言うのか、なかったかもしれない。HPを見たら沿革などなかった。
一方、桂萱小学校と言うのは歴史が古く、「明治7年上泉町玉泉寺を仮校舎として開校、上泉学校と称する。」
とあった。



群馬・前橋まつり その2 マーチングバンド1

2008-10-13 22:35:00 | 風景写真館

群馬県の県都 前橋の三大まつりの一つ、前橋まつりの2日目。
三大というから、その他は1月9日の初市まつり、通称だるま市。そして、7月の七夕まつりと言うことになる。
市内の小学校マチーングバンドが1日目の11日の午前と午後、12日の午前と午後に分けてパレードをする。
今から何十年前は鼓笛隊でだった。
当時は、6年生だけで200人もいたから、6年生だけの参加だった。
しかし今や少子化で5-6年生を中心にしても100名そこそこの学校が多い。



これは、土曜日の午後パレードが終わった後の国道。まつりとあって、何やら人が出ている。



二日目12日の最初のパレード先頭、群馬県で最初に出来た伝統校の桃井小学校の集合の様子。
(明治5年、群馬県で最初の小学校「第一番小学厩橋学校」として創立され、平成20年度で創立136周年を迎えました。HPより)
何やらお母さん方が写真を撮ったりしているのだが、実は重い楽器を学校から運ぶのが「お母さん方」のようだ。
どこかの小学校のマーチングで大太鼓を持っていた小さな少年の太鼓を持ち上げていた‥‥この人お母さん‥というドレッシーな格好の人がいた。



先頭の旗を持つグループは、5年生。
6年生は、マーチング専門。



ここで見ると、桃井小の児童は全体的に背が低い。
後で出で来るように、これが小学生という大きな児童もいる。



ここから、街の中心街を一周。
おまつりと言えば中心となる「立川町通り」は、午後後半の組で撮っている。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥



パレードの順番はどういうのか分からないが、次に「敷島小」という順番。
昔からそうだったのかね。
敷島小(明治6年創設・四番小学校)は、前橋市の市街地北に位置する小学校。実は、中心部と言って良い場所にあるのに不思議と郊外名称がついている。
多分設立当初、この小学校の北側一面田んぼ以外何もなく、「敷島」という水道の浄水場がある利根川上流が見えたのかも知れない。
後述するように、城北小に位置する小学校。



城東小(昭和2年創設)、身長が165は越えるような児童がいる。
小学生の中に混じると、巨人の様なのは何やら違和感というのは面白い。
城東小は、街の東。
今は旧市街地に位置すると言うものの、昔は市街地の外れの郊外だった様に思われる。

同じ城南小(大正12年創設)は、駅の南の大部遠くにある。
群馬県庁があるところが、昔の前橋城(厩橋城)の城郭の跡。
その西側には利根川が流れ、戦前は利根川の西は総社村で前橋市ではなかった。(昭和29年合併)
だから城西小はなく、城北小に当たるのが、敷島小。
そして、前橋城(厩橋城)の城郭の中にあるのが桃井小(第一番小学校)と言うことになる。



勝山小‥‥利根川を挟んだ川向こうの小学校。
詳しくは知らない、昔の「勝山城」の名にちなんだとか。





総社小‥‥明治6年12月18日創設‥‥とはいうものの、総社町尋常小学校の創設は明治26年。
郊外の学校の方が力を入れて、衣装もだんだん派手な感じ。


群馬県・県都・前橋まつり 始まる その1

2008-10-11 21:39:20 | 風景写真館
群馬の県都 前橋で前橋まつりが始まった。
前橋まつりは、最近では「だんべい」という妙な踊りを踊るのか流行で、午後からは街の中心部で幼稚園、保育園児の「だんべい踊り」があった。
うちの子供が小さいときは、こんな時には何やら写真を撮りに行った記憶がある。その頃は、当然銀塩カメラだった。



山車というのは、どこの街でも立派な古い山車があって、それを引っ張る。
しかし、前橋は、「前橋大空襲」という集中的な空襲があって、中心部は焼け野原だったから旧市街地の山車は新しいもので、趣はない。
知らない人が多いかも知れないが、前橋というのは戦争中「本土決戦」の司令部が置かれたところだ。
近年前橋も統合によって、新市街地というところが増え、新市街地の山車には凄いものがある。
今度、前橋も中核都市になるそうである。
高崎市がここも高崎、という山の奥まで、榛名山の麓まで、高崎にしたから今人口は高崎市の方が若干上回っている。
それも、今やほとんど一体となっている富士見村が来年合併するから、又人口的には前橋が上回ることになる。



今日、11日街の中心部まで、練り歩く山車も少数ある。
こういう町内は子供の数が多くて、太鼓を叩く子供も上手くならないと叩かせてもらえないのだそうな。
一方、県庁の廻りの町内では、太鼓を叩ける子供もおらず‥‥要するに老人ばかりで祭りの山車は出さないとのこと。中心部は、マンションが出来てやっと住民が増え、町内が維持出来るというものだ。


露出時間 : 1.00秒
レンズF値 : F2.5
露出制御モード : 絞り優先AE
ISO感度 : 154
対象物の明るさ : EV-3.9


夕刻5時を回って町内を一回り、夜の県庁など見たことはなかった。最近の省エネでライトアップはしていなかったが、何やら怪しげな照明があるものだ。
10日の地元紙「上毛(じょうもう)新聞」に書いてあった。
「乳がん撲滅の願い込め」ラストアップ。
このピンク色の妙な光は、カラーフィルターを被せて対応とか。
点灯時間は、日没から午後8時まで、31日まで行うそうだ。
まつりでまともに新聞読んでいないからね‥‥‥知らなかったというもの。



夜6時を回ると十三夜の月では、まだまだ暗い。
いずれにせよ、明日の街の中心街へ出る練習で、いろいろテストをしている。





今日の山車の運行は終わり、明日12日に備える。
但し、小学生の5-6年はマーチングが昼過ぎからあって、結構忙しい。
マーチングと、街での山車は12日。
それにしても、夜遅くまで「だんべい踊り」は続くのかと思わせるくらい遠くまで曲が聞こえてくる。

三重高校・高田高校バトン・ぐんま総文・パレート part26 第14小隊・第26悌団

2008-09-01 14:53:54 | 風景写真館
三重高校・高田高校バトン・ぐんま総文・パレート part26 第14小隊・第26悌団

三重県・三重高等学校・高田高等学校
マーチング
相可高等学校






メーカー名 : PENTAX Corporation
機種 : PENTAX K10D
ソフトウェア : K10D Ver 1.30
変更日時 : 2008:08:06 18:45:30
露出時間 : 1/30秒
レンズF値 : F4.0
露出制御モード : プログラムAE
ISO感度 : 400
Exifバージョン : 0221
オリジナル撮影日時 : 2008:08:06 18:45:30
露光補正量 : EV0.3
自動露出測光モード : 分割測光
フラッシュ : 発光禁止
レンズの焦点距離 : 70.00(mm)
レンズの焦点距離(35mm) : 105(mm)



埼玉県・星野高等学校マーチング・ぐんま総文・パレート part25 第13小隊・第25悌団

2008-08-31 08:34:59 | 風景写真館
マーチング・ぐんま総文・パレート part25 第13小隊・第25悌団

埼玉県・星野高等学校









メーカー名 : PENTAX Corporation
機種 : PENTAX K10D
画像方向 : 左上
幅の解像度 : 180/1
高さの解像度 : 180/1
解像度単位 : インチ
ソフトウェア : K10D Ver 1.30
露出時間 : 1/25秒
レンズF値 : F4.0
露出制御モード : プログラムAE
ISO感度 : 400
Exifバージョン : 0221
オリジナル撮影日時 : 2008:08:06 18:43:51
露光補正量 : EV0.3
自動露出測光モード : 分割測光
フラッシュ : 発光禁止
レンズの焦点距離 : 55.00(mm)



実は、この写真はパレードが終わったとき、行く先に走っていて撮影したもの。
10分でこの通り暗くなっています。
最近のカメラは、1/20でも充分手持ちが出来ます。
しかし、他の写真はほとんど被写体ブレになっています。行進しているのは意外と早いものです。

メーカー名 : PENTAX Corporation
機種 : PENTAX K10D
ソフトウェア : K10D Ver 1.30
変更日時 : 2008:08:06 18:57:54
露出時間 : 1/20秒
レンズF値 : F4.0
露出制御モード : 絞り優先AE
ISO感度 : 400
オリジナル撮影日時 : 2008:08:06 18:57:54
露光補正量 : EV0.3
自動露出測光モード : 分割測光
フラッシュ : 発光禁止
レンズの焦点距離 : 55.00(mm)


埼玉県・山村国際高等学校・バトン・ぐんま総文・パレート part24 第13小隊・第25悌団

2008-08-31 00:30:14 | 風景写真館
バトン・ぐんま総文・パレート part24 第13小隊・第25悌団

埼玉県・山村国際高等学校








メーカー名 : PENTAX Corporation
機種 : PENTAX K10D
ソフトウェア : K10D Ver 1.30
変更日時 : 2008:08:06 18:42:16
露出時間 : 1/30秒
レンズF値 : F5.6
露出制御モード : プログラムAE
ISO感度 : 400
Exifバージョン : 0221
オリジナル撮影日時 : 2008:08:06 18:42:16
露光補正量 : EV0.3
自動露出測光モード : 分割測光
フラッシュ : 発光禁止
レンズの焦点距離 : 210.00(mm)
レンズの焦点距離(35mm) : 315(mm)

京都府京都女子高・ぐんま総文・パレート part23 第13小隊・第24悌団

2008-08-30 13:56:38 | 風景写真館
京都府京都女子高等学校バトン・ぐんま総文・パレート part23 第13小隊・第24悌団

京都府・京都女子高等学校




機種 : PENTAX K10D
ソフトウェア : K10D Ver 1.30
変更日時 : 2008:08:06 18:37:34
露出時間 : 1/50秒
レンズF値 : F4.5
ISO感度 : 400
露光補正量 : EV0.3
自動露出測光モード : 分割測光
レンズの焦点距離 : 135.00(mm)
撮影モード : マニュアル
ホワイトバランスモード : オート
レンズの焦点距離(35mm) : 202(mm)

薄曇りの夕方、大分暗くなってきました。
レンズ解放で1/50が精々。近くになると被写体ぶれが多く写真になりません。
最新のカメラだとISO1600程度までなら実用になるのですが。