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"四季折々 この一枚″

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右馬允(うまのじょう)・大鹿村を訪ねて

2013年11月14日 10時42分14秒 | 紀行


11月8日、浜松で開かれた同窓会に出席した家内が、友人たちと9~10日の一泊二日で
長野県下伊那郡大鹿村大河原に旅をしました。

この項は、家内が撮影してきた大鹿村の宿舎近辺の写真です。

浜松から東海道線で豊橋へ。
そこから、飯田線に乗り換え、特急、普通電車と乗り継いで「伊那大島」下車。
およそ、4時間の列車旅です。

駅は長野県下伊那郡松川町。天竜川の上流です。

大鹿村は、駅から、さらにバスで、およそ40分。

大鹿村大河原の旅舎・右馬允(うまのじょう)に到着です。

「右馬允」は江戸時代、馬に関する取りまとめをする者に与えられた
由緒ある役職名だったそうです。

大鹿村の名主だった前島家は代々、これを屋号としてきました。

宿のテーブルは、かって、屋敷の門であった扉が使われていました。

明治から昭和のはじめにかけては造り酒屋として栄えました。

現在は、過去の文化遺産を今に蘇らせ、未来へ伝える「右馬允」として、
伝統を守っていこうと意気込んでいます。

「人に歴史があれば、家にも歴史あり」です。

宿の煙と鄙びた大鹿村の木々や風情が心を休めてくれました。

南アルプスの山塊に抱かれた静かな山村ですが、この日はあいにくの雨模様。

「天気であれば、はるかに、南アの山々も見えたのかなあ」とおもいながら、
帰りの列車に乗りました。

 

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神戸文学館と関西学院

2013年11月03日 15時17分21秒 | 紀行

11月の連休初日の二日、雨の心配もなかったので神戸市灘区王子町の

「神戸文学館」を訪ねました。

神戸王子動物園の西側、煉瓦づくりの「文学館」は、かってこの地にあった関西学院
原田の森キャンパスの礼拝堂、チャペルを生かしたものです。

内部には、明治以降の神戸にゆかりのある文学者を時代ごとの
テーマに沿って紹介。

神戸を愛し、神戸を描いた作家たちの作品も展示され、
蔵書も並んでいました。

上の模型は、昭和4年、キャンパスが上ヶ原へ移転する前の風景です。
(手前にチャペルが見えます)

明治22年(1889)に創立された関西学院は、昭和4年(1929)に上ヶ原
(現在の西宮市)のキャンパスに移るまで、この原田の森に2棟のバラックから
出発したと伝えられています。

この写真は、大正11年ごろ、関西学院正門西側の風景です。
門柱は、現在の上ヶ原キャンパスの正門に移設されているそうです。

明治37年(1904)に建てられチャペルは、
明治の洋風教会建築としては神戸市内最古のものと言われています。

神戸大空襲や阪神・淡路大震災を経て、平成18年(2006)、
神戸市の文学館として生まれ変わりました。

ときあたかも、関西学院は、来年、平成26年(2014)に創立125周年を迎えます。

神戸とかかわった文学者や作家は数多く、堀 辰雄、宮本 輝、
山崎豊子、司馬遼太郎、庄野潤三、新田次郎、野坂昭如、などなど。 

王子動物園の西隣、関学の原点とも言う、この「文学館」にも大勢の人たちが
訪れるかも知れません。

 

写真は文学館の南から撮ったものです。

手前の道路は、かって、神戸の市電が走っていました。

南へ少し下がるとJR灘駅があります。 

小学校の4年生から昭和20年の空襲で焼け出されるまで、
灘駅の南東にあった自宅から、この市電に乗って熊内町にある
雲中小学校(当時は国民学校)へ電車通学をしたことを思い出しました。

遠い昔のことです。

 

 

 

 


若者の一人旅(11)-シェムリアップ(カンボジア)-

2013年09月23日 10時17分34秒 | 紀行

一人旅も、いよいよ、最終コースにはいりました。

ハノイからバスを乗り継ぎ、ホーチミン市を経由しカンボジァのプノンペンを経て、
シェムリアップに入ったといいます。

この間、約1,600キロ。たいへんな長いバスの旅です。

ベトナムのハノイを出たのは、8月31日。

何日かかってカンボジアのシェムリアップに着いたのか私の手許では定かでありません。

シェムリアップは、あの有名な「アンコールワット遺跡」の町です。

シェムリアップ国際空港は、観光客のため、拡張工事が行われたと書いてありました。

彼はアンコールワットを観たあと、上海、乗り継ぎで、

9月6日に関西国際空港に帰ってきました。

                   
  500数十枚の写真はすべて彼が撮影したものです。
 その中から、私が適当に、よく映っている写真を取り上げました。

 一枚いち枚に説明が付けられなかったこと、日付がはっきりしないことは、撮影者と

 説明者が異なるためで申し訳ありませんでした。

 とにかく、アルバイトでためた貯金を持って、一ヶ月以上の海外旅行に出かける 
 現代の学生。        

 現地で、海外の若者と交流しながら、一緒に旅をする。

 21歳の青年にとって、その意義は大きかったとおもいます。

                                                              (おわり)    

                                       

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若者の一人旅(10)-ハノイ(ベトナム)-

2013年09月22日 11時25分46秒 | 紀行

彼の旅も、だんだん、終わりに近づいてきました。

8月26日、夕方、ビエンチャン(ラオス)のルアンプラバン空港を飛び立った飛行機は、約1時間で
隣国のハノイ(べトナム)、ノイバイ空港に着きました。

市内には、ベトナム戦争当時のおもかげを残し、市民に戦禍のあとを伝えています。

                                                        (つづく)


若者の一人旅(8)‐アユタヤ(タイ)-

2013年09月19日 15時40分50秒 | 紀行

バンコクからアユタヤへ。

アユタヤへは鉄道やバス、船で行けるそうですが、彼は鉄道で行ったといっていました。

バンコクからは一日におよそ15本の列車が出ています。所要時間は約1時間30分です。

アユタヤは、約400年間にわたってアユタヤ王朝の都として栄えたところ。

かつては、日本人街もできていたそうです。

その遺跡は世界遺産に登録されています。

鉄道を利用してアユタヤの遺跡を見た彼は、いよいよラオスへと向かいます。

(つづく)                 


若者の一人旅(7)-バンコック-

2013年09月18日 14時26分52秒 | 紀行

8月半ば、彼の一人旅は、タイのバンコクに行きつきました。

 東南アジアまでくれば、彼のようにゴムぞーリ姿の若者がいっぱいです。

これから、鉄道でアユタヤへ行ったとのことですから、次回はアユタヤをお伝えします。         

                                            (つづく)

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若者の一人旅(6)-マカオ-

2013年09月17日 09時45分31秒 | 紀行

台風一過、きょうの関西地方は雲ひとつない青空が広がっています。

シリーズでお送りしている、孫の一人旅、きょうは「マカオ」です。

マカオへはフェリーで行ったと話していました。

所要時間は、わずか1時間。

かってはポルトガルの植民地でした。

 

この日のホンコンも快晴だったようです。

彼は、ゴムぞーリ姿でカジノに行ったと言っていましたが、そんな服装の
人たちも多く来ているのでしょうか。

ロングの写真ばかりですが、こんな場所ではアップの写真を撮るのも難しいでしょう。

次回は、タイのバンコックです。  (つづく)


若者の一人旅(4)‐北京-

2013年09月14日 14時42分52秒 | 紀行

前回に続いて、北京市内の写真を掲載します。

中国では、「現地の若者とも友達になった」といっていましたが、
写真は、やはり観光写真です。

これも、彼が撮影してきた写真の中から、私が選択して掲載しているので、「何処」の
「なにか」まで詳しく表示ができません。

 

北京の写真の中から良い写真のみ選んでみました。

ここまでは、大きな都市ですから、彼の英語でも通じたのかとおもいます。

次回はホンコンです。                                  (つづく)

 

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若者の一人旅(3)‐北京-

2013年09月13日 13時46分02秒 | 紀行

宿泊は、すべてユースホステルの利用を考えていたそうです。

出発前に、日本から予約した所もあれば、現地で調達したところもあるとのことでした。

そして、上海から北京へは、彼のスケジュール表によると、およそ5時間の列車旅です。

                                               (つづく)

 

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若者の一人旅(2)‐上海-

2013年09月12日 14時41分27秒 | 紀行

前記のようなリュックを背負って、彼が旅をしたコースはおよそ次のとおりです。

茨城空港ー上海ー(列車)-北京ーホンコンーバンコク(タイ)-(列車)-アユタヤーヴィエンチャン(ラオス)-ハノイ(ベトナム)-(バス)-ホーチミン経由ー(バス)ープノンペン(カンボジヤ)経由ー(バス)-シェムリアップ(アンコール・ワット観光)ー上海(経由)-関西国際空港

それでは、上海の続きの写真からご覧いただきます。

この最後の写真は、北京へ向かう鉄道の上海の駅だそうです。  (つづく)


若者の一人旅(1)-上海へ-

2013年09月11日 17時00分22秒 | 紀行

8月3日、突然、私の携帯にかかってきた電話は、いちばん上の孫からでした。

「今、茨城空港、これから中国に向かって出発する」という、
いささか要領の得ない内容でした。

聞いていくうちに次のことがわかってきました。

これから1ヵ月以上をかけて、西への旅に出る。

スケジュールは、パソコンでわかるようにする。

帰国は、多分、9月に入るだろう。
とのことでした。

その彼が、9月6日の午後1時、入院して手術を受けたばかりの
私の携帯へ、また突然、電話をかけてきました。

今、関西空港に帰ってきた。

これから、そちらの家へ行きたいが、いいだろうか。
との問い合わせでした。

もちろん、「否や」はありません。
横にいた家内と話をさせ、家内は、自宅へとんで帰りました。


退院後わかったことですが、21歳の若者は、11キロを越えるリュックを背負い、
ゴムぞーり姿で、自分の英語の力がどこまで通用するか試すため、35日間の一人旅に
挑戦したのです。

リュックの中には、デジカメ、スマートホン、パソコン、キンドルという電子ブック。それに磁石、自転車の盗難防止チェーン、トイレットペーパー、洗濯バサミから、洗濯物を吊るす紐まで、
なかなか用心のよい世帯道具が入っていたそうです。

そして、撮ってきた写真が約500枚。

旅のつれづれの写真ですから内容はともかく、私の一存で、よさそうな写真を数枚ずつ、
彼がたどった道を追ってみたいとおもいます。

まずは、最初の目的地、上海です。

                                                 (つづく)

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宝塚北部に旧家を見る

2013年06月28日 15時11分59秒 | 紀行

宝塚市北部の西谷地区は自然豊かな農村地域です。

先日、この付近を車で走っていたら白壁の広壮な屋敷が見えたので
立ち寄ってみました。

地区センターとつづきになったこの屋敷は、かってこの土地に住んでいたお医者さんが
宝塚市に寄贈されたものでした。

地区センターの案内で内部を見せてもらいましたのでご紹介します。

土地、家屋とも寄贈された方のお名前は、龍見 赳(たつみたけし)さんと呼ぶそうです。

あまりにも、難しい名前なので地区センターにたずねました。
そして、「たけし」をPCに打ち込んだら、やはり、この字が出てきました。

 古い写真が飾ってあり、現在と比較しやすいかとおもい、ここに披露しました。


「いちご」の高設栽培

2013年05月25日 14時45分52秒 | 紀行

その「いちご」は、大きなビニールハウスの中に、上から吊り下げたタンブラーのなかで
栽培されていました。

タンブラーには、もちろん、土が入っており、注水から排水、液肥まで、コンピューターで
管理されているそうです。暖房や通気にも気が使われていました。

タンブラーが人の腰ぐらいの高さにあり、イチゴ狩りに訪れた人は、「はさみ」と「箱」を借りて
ぶら下がった「いちご」を摘んでいきます。

昔のように、畑の土の上での栽培ではないため、虫もつかず、清潔で、
摘んだ「いちご」は、洗わずにそのまま食べられます。

これを「高設栽培」と呼んでいるようです。

いちご狩りの要領は、予約制で、時間は45分。食べ放題、大人、一人1,500円。

「1月から6月中ごろまで、楽しめる」と言っていました。

この日も、西宮と尼崎市内からバスで訪れた幼稚園児が、「いちご狩り」を楽しんでいました。

敷地は約6,300㎡、ハウスなどの施設3,700㎡のこの「いちご園」、

「フルーツファーム果楽土」は、兵庫県川辺郡猪名川町にあります。

                                                 (写真は、5月24日に撮影しました)