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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

予知能力について

2007年12月17日 16時06分13秒 | えいこう語る
16日の朝日新聞日曜版に、カマキリがその冬の積雪量を予知し、秋に木の葉に卵を産むという記事があった。
卵を産む位置が高ければ鳥に食べられ、低いと雪に埋もれるからで、積雪ぎりぎりの高さに産み付けるという。童話に出てくれば死神のようイメージを持たれる、カマキリの得意技に驚いたが、その名の語源はギリシャ語で「預言者」だと言う。
「山道を歩いていたら、2メートルもある大きなカマキリが現われ、お前の命は後1ケ月しかないぞと言われると、私は妙に納得してしまった。」
こんなストーリーがふと浮かんだ。古代人が「預言者」を連想したのは、納得のいくところだ。
ところで私の周りの「予知能力的」なものを考えてみた。
カラスが一箇所に群れなし、何時もと違い低くしゃがれた声で鳴く時、私の村のカラスは「死の預言者」になる。実際、そんな時には死期が迫っている人がいたりするので、確率は相当高い。
数年前までは、墓参りには多くの食べ物を供えた。それがカラスのご馳走になり、放り投げた物を空中でキャッチすると言う芸当も見せてくれた。今はお墓の清掃が徹底され、食べ物は持ち帰る習慣になった。カラスの世界では、お盆の墓参りも今では楽しいイベントでは、なくなって来ているように感じる。
先日墓参りをした。墓地には誰もいなかったが、鈴(りん)を鳴らすとカラスが何処からともなく飛んで来て、高い木の上で待機している。
団子を空中に放り投げると、グライダーのように飛行して空中でキャッチした。さすが技は鈍っていないなと感心した。
夏に蝉を追いかけ、空中では捕食する事もたまに見ることもあるが、その蝉さえも自然林の伐採などでかなり減少している。
そのうちカラスの空中キャッチも退化していくのだろうか。それとも子供やお年寄りの弱者を狙う習性を身に付けるのだろうか。時々そんないたずらカラスを見る事があるので心配である。
「予知能力」は「匂い」が関係するような気がする。カマキリは秋の風の中に雪の匂いを、カラスは人間の死臭を未然に嗅ぎ分ける力があるのではだろうか。
最近は様々な分野の消費動向は「清潔」がテーマで、経済を底上げしている傾向がある。その行き着く先は「潔癖」と言う名の「差別」が経済の大原理になりはしないだろうか。
賞味期限の問題も、少し過ぎても自分の舌や鼻で判断する能力があれば良いという世代もあるが、期限過ぎると絶対食べないと言う世代もある。
干した焼き魚の味を腐っていると言う者もいれば、その臭味が美味しいと言う者もいる。
最近干した鰈を焼いて食べると「カレイ臭」なんて冗談ともつかない言葉が脳裏をかすめるのは、ちょっぴりやるせない。
後10年もすれば世界中が高齢化社会になる。
「住みにくい世の中になる」と言う「予知能力」だけは確実に持っている、団塊世代の私である。