夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

筒井筒 その後

2013-02-20 15:26:29 | 教育

(國學院大學図書館蔵 奈良絵本『伊勢物語』)

今日は昨日とは別クラスで、古文の公開授業を行った。普段はもっと落ち着きのないクラスで、5月の公開授業の時には、保護者の前で雷を落としたこともある。(5月30日の記事参照)。しかし、今日はよく集中していて、別のクラスかと思うくらいいい雰囲気で授業ができた。生徒を叱る場面もなく、一度だけ、居眠りしかけた生徒をネタにして、「な寝たまひそ。」(おやすみにならないでください、の意)と注意して、笑いを取ったくらいだった。ちょうどそのとき、「な…そ」はゆるやかな禁止を表す、と教えていたところだったのだ。

さて、今日の授業は、『伊勢物語』第23段「筒井筒」の最後の場面。このクラスは進度的に遅れていたのが幸いして、公開授業でこの作品を扱うことができた。

前回の場面は、幼な恋の男女が大人になって結婚したが、その後、女が親を亡くして生活が不如意になり、男は河内の高安に住む裕福な女に、新しく通うようになった。しかし、元からの妻は嫌な顔も見せず、逆に、夜半に立田山を越えて高安に行く夫の身の上を案じる和歌を詠んだりしたので、男は限りなく愛おしく思って、高安の女のもとには通わなくなってしまった、という話だった。

今回はその後日談である。男がたまさかに高安の女のところに来てみると、彼女は通い始めた当初こそ奥ゆかしく装っていたが、今はうちとけて、自分の手で直接しゃもじを取って、器に盛っているのを見て、男は嫌気がさして通わなくなってしまった。彼女は、男の住んでいる大和の方角を見やって、
  君があたり見つつををらむ生駒山雲なかくしそ雨は降るとも
と詠んだり、
  君来むと言ひし夜ごとに過ぎぬれば頼まぬものの恋ひつつぞ経る
と歌ったりしたが、男はついに通ってこなくなってしまった。

メイン発問は、一つだけ。
Q男はなぜ、高安の女が「手づから」、自分の手でしゃもじを取ってご飯を器によそっているのを見て「心うがり」、嫌気がさしてしまったのですか?

生徒があっさり、「身分の高い女性のすることじゃない」と答えてくれたので、大いにほめた。その上で、現代の女性なら普通にすることだが、当時は身分ある女性なら召使いにさせるべきことで、はしたない行為だから、男は幻滅したのだ、と説明を加えた。
ついでに雑談。
高安の女は、それまでよそ行きの自分で接していたけれど、慣れてきて地金が出てしまったのだろう。食事の時には特に素の自分が出やすいから、今でも、大口を開けて食べたり、口に食べ物を含んだまましゃべったりして幻滅される話はよく聞く。みんなも、交際相手とつきあいが長くなって安心しかけた頃が危ないから気をつけよう、などと他愛もないことを話す。

…先ほど、録画しておいた授業のビデオを見て、昨日の授業よりずっと面白く感じた。(自分の授業を自分で面白いというのは変だが)。やはり、古文の方が授業していて楽しいかな。もちろん、ミスも幾つもあったし、改善点も多いが、昨日よりずっとリラックスして、柔らかな表情でやれているな、ということを感じた。…今日は、他の先生方の授業も3つも見学できたし、収穫の多い一日となった。

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