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テディちゃとネーさの読書雑記

ぬいぐるみの「テディちゃ」と養い親?「ネーさ」がナビする、新旧の様々な読書雑想と身辺記録です。

~ 庭と花のものがたり ~

2025-03-17 22:03:35 | ブックス

「こんにちわッ、テディちゃでス!

 たかはしィさァ~んッ、おつかれェさまでスゥ~!」

「がるる!ぐっるるがるる!」(←訳:虎です!守ったぜ富士山!)

 

 こんにちは、ネーさです。

 ドラマ『ホットスポット』最終回を迎えてしまいました……

 もう高橋さん&仲間ズに会えないのは寂しいんですけど、

 ありがとう!の拍手を送りながら、

 さあ、本日の読書タイムは、こちらの御本を、どうぞ~♪

  

 

 

       ―― 印象派のモネ《花の庭・水の庭》へ ――

 

 

 写真と文は南川三治郎(みなみかわ・さんじろう)さん、

 2024年10月に発行されました。

 『Giverny : Le jarden de Claude Monet』と仏語題名が、

 『ジヴェルニー 睡蓮に魅せられて』と日本語副題が付されています。

 

 国立西洋美術館に大行列を成さしめた

 『モネ 睡蓮のとき』展は、

 無事に東京展終了となって、

 現在は京都市京セラ美術館に会場を移しています。

 会期は2025年3月7日~6月8日ですので、

 東京展に行きそびれちゃった御方は、

 お出掛けしてみてくださいね。

 

 さて、そのモネ展で人気だったのは――

 

「いちばんにんきィはァ~すいれんッ!」

「ぐるがるるる!」(←訳:断然スイレン!)

 

 クロード・モネさんは、

 1840年にパリで生まれ、

 5歳のときにノルマンディーのル・アーブルに移住するも、

 18歳の頃に画家ウジューヌ・ブーダンさんと出会って

 絵を描くことの面白さに目覚め、

 1859年にはパリへ。

 

 1865年にはサロンに初入選しましたが、

 その後は落選が続き、経済的にも苦境に陥ります。

 1874年、友人たちと展覧会を開催して

 『印象・日の出』などを出展、

 賛否両論となったのは有名な出来事ですね。

 

 モネさん、この頃には既に、

 パリを離れ、

 セーヌ川下流のアルジャントゥイユに

 暮らしていました。

 

 そこから、同じセーヌ河畔のヴェトゥイユに引越しますが、

 1879年9月、愛妻カミーユさんが病没。

 衝撃を受けたモネさんは

 家に閉じ籠ります。

 戸外でのスケッチを止めてしまって、

 描くのは花や果物といった

 静物ばかり……。

 

「おそとにィゆきましょゥ、もねさんッ!」

「がるぐるるるるがる!」(←訳:外はいいお天気だよ!)

 

 モネさんが確かな光を見出したのは、

 4年後のこと、だったでしょうか。

 

 セーヌ川とエプト川の合流地点に、

 モネさんは小さな村を見つけたのです。

 村の名は、ジヴェルニー。

 

「おおォ!」

「ぐっる~!」(←訳:やった~!)

 

 1883年、創作活動の拠点はジヴェルニーに、

 と決心したモネさんは、

 川岸近くに建つ邸宅を購入しました。

 間髪入れず取り組んだのは、

 庭造り。

 

 庭師さんたちを指揮して、

 時にはモネさん自身も庭道具を握り、

 サクラを植え、フジを植え、

 家のテラスにはバラ、

 水辺にはスイセンやヤナギ、

 池も造成して太鼓橋を架けて、

 水面には、そう、スイレン……!

 

「やッとォ、きましたでス!」

「がるるるるぐる!」(←訳:スイレンのお庭!)

 

 モネさんの後半生の、

 或いは画業全体の、

 大きな命題となる

 水面のスイレン。

 

 この御本では、

 モネさんの略伝と、

 ジヴェルニーの庭が誕生・成長してゆく経緯、

 庭の植物たちや邸宅内部の写真、

 モネさんのアトリエ風景、

 そしてもちろん

 スイレンを描いたモネさんの絵画も

 紹介されています。

 

 1926年12月、

 この世界に別れを告げるまで、

 モネさんのこころを占め続けた花の庭へ、

 印象派好きな方々、

 庭園好きな方々は、

 ぜひ、旅してみてくださいね♪

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