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自分の身の回りで起こったことの記録であったり、横浜での生活日記であったり・・・です。

河西回廊5泊6日の旅ー1-概要

2005-10-07 21:09:48 | Weblog
天津171             5007

河西回廊5泊6日の旅ー1-概要

天津市在住の日本人の旅行会で、シルクロード河西
回廊に行く事が決まり、一行13人の中に入れて貰
いました。

河西回廊って何処?河西は黄河の西、回廊は宮殿・
寺院などで、建物・庭などの周囲をとりまいている
長く折れ曲がった廊下(大辞林)です。この場合、都
(みやこ)長安(今の西安)から西へ蘭州、武威、
張掖、酒泉、安西、敦煌へ連なる狭い地帯のことです。

特に武威から敦煌までは、北と南を山脈に挟まれた
狭い砂漠地帯で、長さは1000kmにもなるので、この
名前が付けられたものと思います。

昔は、この敦煌までが、王朝がいろいろ変わったに
しても、所謂漢民族の土地で、敦煌の外は、西域と
呼ばれ、匈奴とかウイグルとか、時代によって種族は
違っても、所謂異民族の土地であると看做されてき
ました。戦後は大中国となり、新疆ウイグル自治区と
して中国に編入されています。それ故でしょうか、
中国では新疆が、中国に編入されてから、如何に良く
なったか、強調されています。

私達の旅は、昔の中国の西の要塞の地、敦煌から東へ
安西、酒泉、張掖と4泊し、最後に回廊から外れて、
幻の西夏王国の首都があった銀川に泊まる5泊の旅で
した。そこで何を見たのか。洞窟の中に作られた仏像
と、その周囲の壁画、長城と関所(砦)跡、墳墓および
その内部の様子、王城の跡、展示館や博物館で出土品
(本物、複製品)や模写絵等を見学、お寺や仏塔や廟の
見学、そして街をそぞろ歩いての骨董屋巡りなどでした。

それはそれは楽しい6日間では有りましたが、朝7時に
ホテルを出て、あちこち見学をし、休憩をしながら
とは言え、その日のホテルに、夜の10時半到着、その間、
女性も含めて砂漠の中での、全員立ちションと言う、
昔のキャラバン隊もかくやと思われる厳しい行程の日も
有りました。以下各地の報告に譲ります。