天津10 2002-12-16
昨日、天津市へ行ってきました。私には寒くて,空は曇っていました。
歩いて15分の開発区中心からバスが出ています。始発と終発が
決まった時刻に発車する以外は、客が貯まると出て行くような感じ
です。台湾の人達は、taxiで行った方が良いよと言ってくれましたが、
時間潰しに行く訳ですから、いくら長くかかろうと構いません。バスなら
いろんな所を見れますから。1時間半かかって途中も止まって、超
満員(但し立ち客はいません、補助席も全部使って座る)で走ります。
天津駅に近づくと、ぽろぽろ降りはじめて、駅で大半が降ります。
バスはその先の広場まで行って終点です。これで5元(15倍して
日本円)です。私はtaxiを拾って海光寺へ。知人から頼まれた、
その人が生まれた家を探しに行きました。その寺が基点で、昔の
日本人租界の跡を訪ねたのですが、結果的に、私は大きな間違いを
してしまい、全然違う場所を彷徨い歩いていました。間違いの基は、
戦前の地図では両側に水路がある太くは無い道が、今は水路を
潰して大きな道になっており、それを戦前の地図にある、太い道と
信じ込んで歩き出しましたので、完全に1ブロック隣りを探して
いたのです。おまけに、そのあたりは再開発されて巨大ビルと昔の
レンガ作りの今にも崩れ落ちそうな建物が混在して、どっちもが
日本人租界のあったことを否定しているかのように見えました。
午後から冷え込んできて、雪も降ってきました。道端で、お好み
焼きをホットケーキ状にして売っていました。それを買い(1元)
歩きながら食べました。もうこれまでと、諦めて、taxiを拾い、駅に
行きました。駅は人で溢れており、私が帰る方向の汽車は、1時間
以上も後です。切符を買おうにも、どの窓口に並べば良いのか
判りません。私はスプリングバインダーのメモ帳に、自分の乗りたい
列車の番号、行き先、発車時刻、プラットホームNo.を大きめに
書いて、並んでる人に見せて、ここか?と身振りで訪ねます。
片っ端から(それ程切符売り場があります)聞いて行くうちに取っ組み
合いの喧嘩をしている所に遭遇しました。切符を買う列の喧嘩なので、
皆がそっちに気を取られ、列が開いたすきに、メモを切符窓口の駅員に
見せると上に行けと教えてくれました。上に行くと商店街があり、
いろいろ売っています。時刻表や地図・雑誌の売り場で、天津の
詳細地図を買い、インスタントラーメンとオレンジを買い、自分が
乗るプラットホームの階段の所に行くと、駅員が切符を売っていました。
ローカル電車ですから、これで良いんですね。会社の人から、汽車に
乗るのはよせと言われていましたが、もう大丈夫、次回もこれにします。
汽車は定刻どんぴしゃに発車して40分で塘沽駅に到着しました。
ここから開発区までの道はもう大丈夫覚えました。汽車賃が4.8元、
バスも考えているんですね。私が租界探しの間違いに気づいたのは、
寮に帰って、じっくりと、買ってきた地図と、戦前の地図を、見比べた
時でした。もう一度あそこに行かなくっちゃ。