鼻先を突き合わせて
ちょっとローマまで~♪
飛び乗りそうになりました^^
バーリ中央駅に止まっていた
「ETR600/フレッチャルジェント (Frecciargento)」
2022.12.21撮影
シャトルバスの運転手さんが教えてくれたバーリ駅の隅っこにある地下通路へと行きましたが、あ~やっぱりなぁ…案じた通り、階段と並行して設置されているエスカレーターは止まっていて、歩いて降りるしかありません。降りれば、当然上がらなければならないし、スーツケースに目を落としながら暗澹たる気持ちでした。しかし、ここはもう腹をくくって…ヨイショ#
バーリ中央駅にて
↑ この階段を降りて上がって…
横にはエスカレターがあるけれど
動いていなかった"(-""-)"
懸念事項がものの見事に的中したことに苦笑もしながら、大きなスーツケースを持って一段足を下ろした時、突然背後から一人の男性がこのスーツケースを抱えて下まで運び、更には地下通路を進んで上へ続く階段へも一気に駆け上がってくれたではありませんか。あれよあれよという間のことでした。
飛行機の搭乗時、計量したスーツケースの重さは15キロ。見た目ほど重量はないものの、それでも15キロのお米を担いで~となれば、私には相当な負担です。もう恐縮しながら、彼の後ろを小走りに付いて行くことになりましたが、どんなに有難かったかしれません。
バーリ中央駅地下通路
この通路もどんどん進んで…
あのまま❛お米❜を担いで一人で階段の上り下りをしていれば、腰なり肩なりどこかをきっと痛めていたに違いないのです。まるで、米つきバッタのごとく、ここでも、頭を幾度もさげてお礼をいいましたが、階段を上り切るとその彼は「Buon viaggio」(良い旅行を!)と言ってスーツケースを私に渡し、帰宅するらしい足取りで去って行きました。
イタリアに到着して早々、こうして沢山の親切を受けた訳ですが、奇しくもバーリはサンタ・クロースの眠る町。もしや、あの三人の方たちは、聖ニコラが、見るに見かねて私に使わされた「救世主」…それほど心身ともに助けられ、救われた出来事でした。(バーリの救世主・完)
※次頁では駅の北口から南口へ行く時の注意事項を…
余談
バーリ到着翌日に訪れた
壮大な外観を持つ
プーリア・ロマネスク建築の「サン・ニコラ聖堂」
2022.12.17撮影
結婚式が行われていた為に、内部をゆっくりと見学できませんでしたが、この場所こそが、あのサンタ・クロースのモデルとなった「聖ニコラ」が祀られている教会です。トルコ生まれであるために像のお顔はアジア系の褐色を帯びていますが、当地の人たちからはとても愛された実在の司教です。
古くは4世紀の話なのでどこまでが真実なのか、今も様々な論争が続いていますが、ニコラはキリスト教の信者にとっては最も尊敬に値する聖人であり、死後の人気も不動であった為、なんとイタリア人(商人とも船乗りともいわれる)が、彼の遺骸を生地から持ち帰ってきたのだそう…事の真偽はともかく、現在もこの教会は世界中から巡礼者が訪れる聖地になっています。
左:教会内入口近くにある聖ニコラ像
右:教会の斜め前に立つニコラの銅像
共に 2022.12.17撮影
右側、左手に持つ聖書の上に球(当時のお金)が乗っていますが これがサンタ・クロースの贈り物
貧しい貴族の3人姉妹を救うため、聖ニコラはこの家の窓から贈り物の金貨を投げ入れたとされる
なんて素敵な! カッコいい! 優しい!方に
出会えたのでしょう(^○^)
大きな荷物をヒョイ!?涙が出ちゃいますね!
またお会いできたら、日本のお土産を差し上げたいくらいですね!
私も一回だけ、ロンドンでありましたよ。
地下鉄で、席を譲ってくれるのも、自然に代わってくださいますよね。
と、ここまで叫びたくなるのは、つい昨日事です、
娘の家に行くのに、最寄り駅からの電車に乗る時です。
たったひとつ空いている席がありました。
私は、普通にそこに向かったのですが、後ろから未だ20歳前後のの大学生くらいの男性が、私と競うように、
その先に滑り込み座るやいなや、ゲームを始めたのです。
ま、いいや、、足を鍛えようと思いながら、暫く立っていましたら、
隣に立っていた男性の目の前が空きました。
でもその男性は、座る気配無し。私は「いいですか?」と聞いたら、「あ、すみません、どうぞ!」と、言った途端に
またまた若い男子が、ちゃっかりそこに座りました。
チラッと私を見て知らんぷり。
日本の若い男子…悲しくなりましたよ。
イタリアの男性、ステキングだわ。 親父ギャグで締めてすみませんm(_ _)m