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インドネシアからの看護師、介護福祉士の受け入れ

2008-05-24 10:30:46 | 福祉
 昨日は今年一番の暑さで、30℃近かったようだ。スズムシの音が似合うし、スイカもおいしく感じた。スズムシは自分で増やすことができず、ちょっと早いが今年も取り寄せた。この分だと7月にはもう1度取り寄せることになりそうである。

 16日(金)のNHK「おはよう日本」によると、インドネシアからの看護師と介護福祉士の受け入れを、早ければ8月からでも実施に移すとのこと。同日国会で承認された。受け入れ斡旋を国際厚生事業団がおこない、日本人と同等の報酬と労働条件となっている。
 2年間で1000人規模である。日本で4年以内に国家資格を取らなければ滞在期間切れとして、帰国しなければならない。
 ところが実際は介護福祉士の資格を取るのは、きわめて難しいだろう。日本語検定というのがあり、1級(中学生ぐらいの能力か?)レベルで大学に留学している学生とて資格試験となると困難である。日本語力だけではなく日本の法制度や文化を背景にしている内容があるので、その理解は困難がともなう。日本では高校福祉科を卒業して受験資格を得て受験する。合格率は高くないと聞いている。
 すると実質現在ある「外国人研修・技能実習制度」の医療・介護版になってしまうだろ。93年に導入されたこの制度は、名目では途上国の人を製造や農業などの業界に技能研修(技術移転)だが、本来の性格をゆがめている場合が多い。零細企業が低賃金で雇用し搾取と収奪をするといっても過言でない、偽装研修制度になっていることはすでに各地で報告されている。もし医療と介護の現場が、偽装研修制度のようになったら、人にかかわる医療と介護ゆえに現場の劣化は進むだろう。
 インドネシアでは看護、介護では手当て込みで1万5千ぐらいだというから、日本では低賃金であっても魅力的職場である。4年間でインドネシアではなかなか手にできない額の収入を得ることができる。

 特養の人手不足は、とくに都市部では深刻のようだ。職員不足で受け入れができない施設もあるという。関係者からは「人手不足でつぶれる特養が出るのではないか」と聞いた。インドネシアからの看護、介護の人材はこういった状況を補完することになる。実際には言語や生活文化の違いから現地で研修や経験があったとしても、受け入れる職場はその条件も作ることが必要になるので、簡単ではないはずだ。
 介護の場合は労働条件・環境の低下によって人を呼べなくなっている。それを低賃金で可能な外国人にたよってよいのか。労働条件・環境の改善という本質に目を向けなければ、小手先のことでは高齢者が増える日本の将来は明るくない。
  
 なお、フィリッピンからの受け入れが早くから話題になりながらも、実施にいたっていない。フィリッピン政府の政権が不安定で、国会審議が進んでいないのである。


介護福祉士をインドネシアから

2008-02-20 16:18:12 | 福祉
 昨年9月のコラムで書いたように、介護現場の声では介護職の不足は深刻だということです。とくに都市部では、求人しても資格問わずパートや臨時でも、職員が得がたい状況にあるということです。
 06年の介護保険度改訂で、職員の労働条件がいっそう悪化したからでしょう。それに企業の求人増も影響していると思われます。
 高校生の進路選択は現場の状況に敏感に反応し、介護福祉士養成の専門学校の定員割れ、あるいは学校の閉校も聞かれます。これから2,30年は日本社会の大きな課題である介護が、初期段階で劣化しているようでは困ったものです。
 介護福祉士の発足当初と介護保険制度では高齢者問題に関心が高く、多くの若者が意義のある仕事として選択しました。それが現場に介護福祉士の専門性を持った人が行き渡らないうちから、職員が見つからない状況に一気に落ち込んでしまいました。

 そのような状況を打開するためには、労働条件の改善等仕事に見合う対価でむくいるのではなく、経済格差の大きい国の労働者の受け入れでしのごうとしています。それがかつてからいわれている、経済連携協定(EPA)による労働者の受け入れです。
 フィリピン人の受け入れを数年前から日本側は準備をして(国会で承認済み)、今年度から開始かと思いきや、フィリッピンの国会審議が進んでいません。あるときのNHKラジオでは現地からの記者報告として「日本のごみが大量に運ばれて、不評をかっているので沈静化するまで提案できない」、またあるときは「大統領選挙をひかえて提案すると不利になる」といったことでした。いずれにしても対日感情がよくない、ということです。
 またアメリカやカナダに比べ日本は条件がよくないので、仮に日本への介護労働者の輸出が決まっても応募者が少ないだろう、といった観測も報道されています。フィリピンの高等教育は英語であるため英語圏がよい、カナダでは3年続けると永住権が得られます。それにたいして日本は、高等教育を受けた人を基準にし、3年間で日本の介護福祉士の資格を取るという条件であり、その前提には日本語習得という高いハードルがあります。

 さてフィリピン人の受け入れが進展しないうちに、インドネシアからの受け入れが年内にも実施されるということが、11日の『朝日新聞』で報道されました。昨年夏に締結された経済連携協定(EPA)に基づき、インドネシア労働移住省は派遣体制を準備しているとのことです。日本での国会承認はこれからです。
 両国合意の人数は、2年間で看護師候補400人、介護福祉士候補600人。インドネシアでそれぞれの専門教育を受けている人となっています。
 日本に来たら、6カ月間の日本語研修後病院や老人ホームなどで助手と働きながら日本語の国家試験を受ける、ということです。合格すれば無期限で在留でき、受からなければ帰国するとのことです。日本の資格や免許を取るということは難しく、甘く見ても10%もそれをクリアーできないと思われます。合格しないからといって帰国するようになるでしょうか。
 厚生労働省は看護、介護職員不足を補う限定的措置としているが、実際はそうはいかないと思われます。労働条件の悪化をそのままにして、経済格差のある国から低賃金労働で補うというのは、日本の未来は明るく描けないでしょう。
 それに外国人労働者の受け入れは、労働力不足を解決するにとどまらず、文化、人種、宗教、人権など日本社会のあり方にもつながる問題を内包していることも見越しておかなければならないでしょう。

准介護福祉士資格を新設

2007-12-03 15:46:32 | 福祉
 高齢者施設の介護職は、措置制度から介護保険制度になった際、労働条件が切り下げられ、06年の介護保険制度の改正でさらにきびしくなった。そのように労働条件の悪化を反映して、職員を求人しても確保が難しくなっている。
 介護福祉士の資格が創設されて20年をへたが、固有の専門性を持ちながらも、その資格を有していない職員が仕事をしているのが現実である。家事や育児といった経験の延長でもケアの実務は出来ないことはない。それに加えて短期間の講習と実習で取得可能なホームヘルパーで実務の基礎を獲得している職員もいる。
 このような状況からして、介護福祉士固有の専門性に対して社会的評価がともなっているとはいいがたい。
 
 朝日新聞の11月28日の報道によれば、介護福祉士の制度改正案が参院の厚生労働委員会をとおり、28日の参院本会議で可決するとのことである。
 改正の主要な点は、
①これまで専門学校等の高等教育や国家試験で取得できたのを、国家試験受験資格としすべて国家試験の合格によって資格を授与するようになる。
②介護福祉士とは異なり、あらたに養成機関をへて無試験で准介護福祉士を新設する。
 である。

 改正の問題点を考えてみよう。
 ①についてすなおに考えれば、介護福祉士の専門性を高めるために国家的ミニマムエッセンシャルを設けて質の管理をする、ということである。
 ところが現実には質の管理どころか、資格を有しない職員に頼らざるを得ない職員不足の状況がおきている。介護職の絶対量が不足しているかというと、労働条件の低下と専門性が高い割には社会的認知が弱いといったことから、介護職を希望しなくなっているのである。これまでの介護福祉士養成が起動に乗っているとはいいがたい状況である。
 国家試験を設けたからといって、現在抱えている課題に即した介護職場と介護福祉士の状況が好転することとは無関係である。どうして実態を無視した政府の願望にもとづく机上のプランを実施するのか、理解に苦しむ。
 ②無試験で資格を授与することは、かねてからのフィリピンとの経済連携協定(EPA)にもとづく、フィリピン人介護職の受け入れのための制度である。フィリピン側からすると、これまで日本で示していた条件のハードルが高すぎて労働輸出が難しいので、日本が緩和措置をとったのである。
 かつてはの受け入れ条件は、大卒で介護の養成をへて来日して仕事をし、3年以内にで日本の介護福祉士の試験に合格すると継続できる、というものであった。フィリピン側としてはこれをクリアーできる人材は多くない。たとえばカナダの場合は、フィリピンの高等教育で使われている英語なのでコミュニケーションはよく、3年仕事をすると永住権が取得できるとのことである。

 労働条件の低下による介護職不足という状況ができあがり、フィリピンの介護労働者受け入れ条件ができたということでもある。
 ところで准介護福祉士が新設されると、フィリピン人のみに適応されるわけではないはずなので、国家試験で専門性のミニマムエッセンシャルを求めつつ、もう一方には専門性と問わない准介護福祉士を設けることになる。この二重資格が、現場が専門性を求めて仕事の質を高める力が弱まりはしないか、懸念するのである。現場の運用として、業務内容を仕分けして仕事をするようになる可能性が考えられる。
 国家試験を制度化しながら、ともすれば専門性の劣化になりかねない二重資格を作ることになった。高齢化社会に向かうのに、国家予算の社会保障費の削減のために、高齢化施設は明るい材料が少ない。日本の将来を憂う気持ちがもたげてくるのである。

*フィリピンからは最初の2年間で介護福祉士600人、看護師400人と受け入れる。

新型特養の矛盾

2007-11-20 14:03:34 | 福祉
 9月に訪ねたすべてが新型特養(ユニットケア)である施設は、その良さを知ることができて好感を持ったのだった。家族の訪問頻度が多い、あるいは介護者とのつながり強くなる、といったことであった。個室であることと10人単位である、という条件だからであった。
 ところがユニットケアの利用者は、居室から共有スペースはでてこないで、こもってしまうことが多いという。介護度4度ぐらいの人が多いため無理からぬことである。
 ユニットケアは個室に象徴されるように、個人の暮らしを大事にすることから発想されている。ところが06年の介護保険改訂では、施設経営上からも介護度の高い人の入居が優先されることとなっている。
 暮らしにウエイトがおかれたユニットケアであるが、自分での生活がままならず多くの介護を必要としている人が利用しているということである。特養での質の高い生活ができるというのが目的のユニットケアであるが、介護政策から実際は介護によらないと生活が出来ない人の利用が多いのである。
 多くを介護によって生活する人が個室より旧来型がよいというわけではないが、ユニットケアの個室の条件であるからこそ可能な質の高い生活を必ずしも必要としない人が利用しているのが実態である。というわけで、厚労省の政策のちぐはぐさ目立つこととなっているようである。

ユニットケアの特養を訪ねる

2007-09-04 17:56:44 | 福祉
 3日(月)の早朝5時30分に家を出る時は、庭の白いアサガオが生垣までつたってたくさん花を咲かせ、静寂さとあいまって趣があった。ヤマボウシの葉が落ち始め、秋が近づいてきているのが感じ取れた。

 特別養護老人ホームを訪ねるために、静岡県に向かう。電車に乗り、新幹線に乗り変えて下車した。そこからバスに50分ほど乗った。バス停まで施設の人が迎えに来てくれて、9時過ぎに着いた。
 特養としては珍しく住宅地域に広大な敷地(3000坪)に真新しいおしゃれな建物(創立2年)であった。そこはすべてユニットケアをしている、いわゆる新型特養である。一居室に複数の利用者で一斉に運営するのを、従来型といっている。

 ユニットケアとは、厚労省が02年から特養の新設にあたっては、小規模生活単位型特養としたことをいう。利用者が単独で一居室で、それら何人かをユニットとしてケアをするのである。
 わたしはすべてをユニットとする新型特養を見るのは初めてであった。ユニット10人で2階、3階にそれぞれ4ユニット(80人)である。施設は、居室の出入り口は、普通の1.5倍ぐらいの大きさの引き戸で、それが四角の2辺に並んでいた。各居室から出ると共有スペースはである。風呂がありその空間で生活が完結する。利用者が廊下へ出るということは外へ出る、という意味合いに思えた。
 この施設は、利用者の独立性とユニットとしての共同性、そしてケアする側の個別と全体把握をよく考えていると思えた。
 10人の利用者に対して、固定された4~5人の職員が配置されている。交代勤務が必要なので、実質は3人ぐらいでケアをすることになる。夜間は(21時~7時)は、一人の職員が2ユニットを担当することになる。一人で20人担当ということだが、そのフロアーではもう一人の職員が、2ユニットを担当しているので、状況によっては仕事の融通を付け合うことも可能である。

 利用者の平均介護度が4ということなので、そうとうケアを必要としている人たちである。ユニットのよさは、職員が固定しているため利用者とのコミュニケーションが濃密になり、質の高いケアが可能になる。それに一斉運営が必要ないため、時間にとらわれることなく利用者各自の生活ペースが許容され、ゆるやかな暮らしになるだろう。
 ユニットケアでは、家族の訪問の頻度が高いという。居室が単独入居なので毎日のように訪ねるケースもあるという。それに家族が大勢来るケースも少なくないという。

 ショートステイが30人定員のため、利用者が満たしきれず経営のマイナス要因になっているとのことである。
 1階にはかなり大きなスペースを、地域交流施設として確保している。地域との交流を考えてのことである。外の芝生の広場は、近くの保育園児の散歩コースになっているとのことで、歳月を重ねながら地域に根ざした施設になっていくことであろう。
 とかく特養は、地価の安い市街化調整区域に建てるケースが多いが、住宅地に広大な土地を確保し、しかも社会福祉法人を設立しての事業展開に、設立者の理想と情熱のようなものを、わたしは感じた。

 担当者との話の中で、介護福祉士の求人をしても今年からはほとんど問い合わせもなくなっているとのことであった。仕事のきつさと専門性が高い割には低賃金ということが、景気浮揚もあって変化が生じさせているのだろう。夜勤手当も入れて手取り15万円前後では、専門性とあまりにもかけ離れた低賃金である。昨年度の介護保険見直しで、さらに現場はきびしくなっているとのことであった。
 日本の若者は福祉、介護への関心が高く、そのマインドを持っている人は少なくない。しかし介護現場は離職率が高い、人手不足であるという統計だけでそれを補うためにフィリピンから介護福祉士を受け入れる、ということはあまりにも現実に即さない政策のようである。働く人の条件を良くしなければ、これからの高齢化社会を明るく描けないのではないだろうか。

 11時に東海道線まで送ってもらい、途中で新幹線に乗り換えて次の愛知県の特養へ着いたのは、ちょうど約束の時間の14時であった。とにかく暑かった。従来型の特養である。施設長から求人の依頼を受け、職員の確保が難しくなっていることを痛感したのだった。

身体障害者療護施設では

2007-05-30 08:54:10 | 福祉
 身体障害者療護施設を見学することができた。療護施設という施設の目的からして、重複しておりいわゆる重度(区分6の人が多いという)の人が圧倒的である。この区分というのは、利用申請から2次判定(審査会)にそって障害程度を市町村が、介護給付度合いを1~6に区分されることをいう。
 これは昨年度から始まった障害者自立支援法にそってのことである。公的運営費は「介護給付」となった。以前は「支援費」、その前は「措置費」であった。

 その施設は、利用者は重複であることと施設創設時から暮らしている人は加齢も加わってADLの低下により、全介護の必要な人が多数である。ちょうど昼時だったので、おおよその利用者が昼食を食べていたので、利用者の実情も知ることができた。わたしはその空間と共にしながら、利用者にとっては暮らしの場である、ということを意識していた。
 介護については、排泄はオムツをせずに自立排泄を徹底させているので、寝た姿勢でも排泄可能等トイレ、コール機器は押さなくても感知できるものなど様々工夫が施されていた。また大きなつくり(銭湯のように)であるため職員は一緒に入浴しながら介護にあたるという。
 これらは介護の一例であるが、隅々まで利用者の人権と生活権の尊重が貫かれていることが理解できた。

 障害者自立支援法後は、利用者の10%負担は利用者にとってきびしい人が多く、たとえばインターネット利用が暮らしにとけこんでいる人にとってプロバイダー加入費の捻出もきびしくなっている例など紹介された。
 また、サービスが昼と夜に区分されたので、昼だけの利用者が3人増えたこと、近くの授産施設へ通う人が2人いる、など個人の条件に応じたサービスが受けられる。個人の状況とニーズに合ったサービスを、受けることが可能になったということである。
 
 障害者自立支援法にともなって施設としては、よくいわれる介護給付の額は、区分6の人が多い等から、以前とかわらないという。もっとの大変なことは、一人一人利用するサービスが細分化されているため、それに連動して文書作成の事務量がとても増えたとのことだった。

 詳細な説明をたんたんと語り、あるいは職員も当たり前のように細部にわたる介護している姿に、今日の福祉現場を支えている職員の方の仕事ぶりに心打たれる思いがしたのだった。

介護職のあり方の討論だったが・・・

2006-09-15 10:52:33 | 福祉
 NHK教育の番組福祉ネットワークの4回連続の最終回は、「討論・人材をどう確保するか」だった。番組のキーコンセプトが人材をどう確保するか、つまり人不足ということであった。
 放送は内容のまとまりのない、わたしにはわけのわからないものに思えた。ノンフィクション作家(この人とはわたしは面識がある)、名古屋の介護現場の人、厚生省の人であった。
 おそらく長時間それぞれ言いたいことを言ったのを、編集したと思われる。とくに介護現場の立場としていた人が、自分のアイディアを披瀝するような発言をくりかえしていた。いやプロジューサーの企画があいまいで、したがって司会も成り行き任せにならざるを得なくて、編集にゆだねた番組作りだったように読み取れた。

 介護福祉士の資格取得者が54万人で、24万人働いているとのこと。介護保険制度になって6年をへた。介護職の専門性とサービスの質は高くなっていると思われるが、労働条件は悪くなっている。そんな状況でのなかで、グローバル社会とはいえフィリピン人の介護職の受け入れが、介護現場に何をもたらすだろうか。
 看護には客観的な専門的技術があるが。介護はその国の文化に根ざした人と人とのコミュニケーションがベースであるとわたしは考えている。文化摩擦、ストレスの拡大のように事態は避けた、生活レベルで人とのグローバル化をどう進めるかが課題となるであろう。


NHK・介護の担い手たち

2006-09-12 09:57:31 | 福祉
 NHK教育の福祉ネットワーク(20時から)で、昨日から介護の担い手たちを4回連続で放送される。
(1) 若者           11日(月)
(2) 定年サラリーマン     12日(火)
(3) 外国人          13日(水)
(4) 討論人材をどう確保するか?14日(木)

 昨日の第1回の若者は、27歳の男性がグループホーム働く様子を中心につくられていた。介護職への意欲、仕事の力などかなり高い。夜勤では9人の利用者を1人でケアをする様子は、相当な能力を要することが理解できた。しかし彼は将来家庭を持つことなどを考えた場合、長く続けられないということだ。
 きつい、安いといわれているが、27歳で年収が180万(月収14万から17万円)とのこと。そのため下宿での食事代の上限を決めているので、ビールを飲むだけで終えることが多いという。
 長期に勤めても、月収30万円が頭打ちである。一般的賃金の60~70%ぐらいであり、いわゆるワーキング・プアといわれる業種である。そのような状況を反映して、離職率が20%とのことである。
 この賃金の安さは、介護報酬という仕組みからきている。このグループホームは、9人の利用者で、1カ月254万円の介護報酬を受け取る。それを人件費に194万円、事務等諸経費に60万円と使われる。理事者は介護報酬の仕組みでは賃金の頭打ちのため、サイドビジネスで収入を得て賃金問題を打開しようと模索していた。

 介護保険制度になってから、介護職の賃金は減額されたということは聞いている。統計的には、全体的に介護職への希望者は減っている。
 しかし福祉を学ぶ学生は、きつい仕事であっても対人援助への関心があり意欲は高い。ところが卒業しての賃金が夜勤などの手当を含めて14万円ぐらいというこを聞く。仕事の専門性と現代とこれからの社会に必要な職場としては、あまりにも賃金が安い。個人の善意と意欲ではどうしようもならなく、介護報酬制度そのものを変えなければならないだろう。人生の終盤の生活の場を担う人を、こんなに粗末な条件でよいはずがない。経済格差のあるフィリピンの介護労働者の受け入れ条件をつくっているようにもみえてくる。
 すでに始まっている高齢化社会が、現行の介護報酬という壁で劣化していくようでは、日本社会の展望を明るく描けないのではなかろうか。
 
 14日(木)までの4回シリーズを見ることにしよう。なお、この番組の町永俊雄アナウンサーは、問題の所在を理解しているし進行のテンポなど、いつも感心している。討論の特別番組の司会になると、いっそう冴えるのである。


フィリピンから看護師、介護士の受け入れに署名

2006-09-11 06:20:58 | 福祉
 ヘルシンキで開かれているアジア欧州会議首脳会議に出席している小泉首相は、フィリピンのアロヨ大統領と会談し、自由貿易協定(FTA)を含むフィリピンとの経済連携協定(EPA)に署名した。
協定内容は、工業品、農林水産品の定めた品目の輸出入の関税撤廃のほかに、人の移動がある。

 人の移動とは、ここでは看護師と介護士の条件付受け入れをするということである。フィリピンは、人口の10%にあたる800万人の労働輸出をしており、このところ看護師と介護士に力を入れている。
 条件付受け入れとは、介護士が4年生大卒、看護師は看護大学卒の資格が必要としている。日本で働いて看護師は4年、介護士は3年以内に日本の資格取得をして継続することになるという。
 フィリッピンの高等教育を卒業する場合は英語をマスターしているので、すでにアメリカ、カナダ、中東などに看護師の労働輸出は実績がある。ところが日本語を修得するということは、困難なことである。
 大学卒で日本語ができるという条件はハードルが高い。その条件を満たしている人を受け入れることは困難と思われる。
 現に高等教育を卒業していない人を対象に、日本向けの介護が可能とする学校(ビジネスとしてやられている養成学校)が多く存在し、日本に行くことを期待して学んでいる。かりにその人たちが日本で働いた場合でも、その後日本の資格を取得するのはきわめて困難をともなうだろう。その場合この原則はなし崩にして運用されることが予想される。受け入れた場合、日本の国家資格取得に向けた環境整備をするとしているのだが。
 受け入れ人数は、今後日本側が決めるとしている。これまでの報道では、日本側が年間500人程度の案に対して、フィリピンは2000人規模ということで、相当な開きがある。

 EPAの締結は鉱工業品、農林水産品には、関税撤廃等両国の経済関係が密になる。すでにシンガポール、メキシコ、マレーシアとは締結している。
 フィリピンの場合は、人の移動という労働輸出への期待が強い。日本で現在看護師と介護福祉士が不足して、外国人労働者を必要としているわけではないだろう。
 フィリピンからいわゆる興行ビザによる労働受け入れている日本が、アメリカを中心に国際的に人身売買が多く人権蹂躙をしていると非難され縮小しているので、それ替えてという背景もあるのではないだろうか。
(このコラムは、朝日新聞9・10とNHKラジオニュースを参考にしている)



安定した暮らしと介護を求めてフィリピン移住

2006-09-05 09:45:17 | 福祉
 今日のNHKおはよう日本の「アジア&ワールド」は、日本では障害者年金収入だけで十分な介護を受けての暮らしが成り立たないので、フィリピンに移住して快適な暮らしをしている日本人を紹介していた。
 このことは「介護移民」などさまざまな言い方で、これまでも話題になってきているが、3分ぐらいであってもまとまったものを見て、考えさせられた。

 マニラの比較的近いルセナ市の借家に、40歳代と思われる肢体不自由(車椅子移動は可能)の男性が暮らしている。日常生活はベッドが多いようで、室内移動、入浴など介護が必要のようであった。食事は自分で可能かどうかわからない。コミュニケーションは簡単な英語のようであった。
 そこに住み込みで2人の女性が介護に当たっている。女性の賃金は月1万円である。介護者同伴で車椅子でショッピングをして、食材を選んだりしていた。
 男性が言うには、日本にいるときより外出が増えたし、気がねなしで自由に暮らせてよいとのことだ。そういえば男性は、確信に満ちた表情をしていた。
 フィリピン政府としては、雇用が増えるので歓迎とのこと。障害者年金月10万円ほどで、日本では考えられないような良質な生活と介護を受けられる暮らしを得られる。
 経済格差によって得られる良質な介護生活を求めての移住に、複雑な思いをしたのだった。