Ruby の会

シニアライフ~能楽・ボランティア・旅行・食べ歩き・演劇などを綴っています

能「道成寺」

2012-09-05 | 能楽

 「一生のうちでもう観ることはないだろう。今日、この能を観られてほんとうに幸せだった」と、そんな気持ちを抱いて金沢能楽堂を出る。まだ、興奮が冷めないまま、雨の中駅へのバスに乗った。

 9/2(日)、なはさんと金沢へお能を観に行った。「宝生紫雪150回忌追善能」である。宝生紫雪は、宝生流第15代宗家、祖父と父が相次ぎ亡くなり、13歳で家督を継ぎ、宝生太夫として江戸城へ出勤されたとか。最晩年を金沢で過ごし、金沢東山の全性寺にお墓があるそうだ。
 午前は第1部、能「安宅」他、午後は第2部、能「道成寺」他。チケットは別々なので、両方見る時は2枚必要。少し迷ったが「道成寺」に決め、これが最後と言うB席券2枚を先生に申し込んだ。1枚 
8000円。

 朝、高岡駅で蒼山会のKAさんに会い、大門から乗って来られたなはさんと合流、3人同行となった。開演は3時、2時の開場後10分ほどしか経っていないのにほぼ満員。チケットは完売らしい。          

 この石川県立能楽堂は、加賀宝生流の中興の祖 佐野吉之助の2代目が昭和7年に広坂通りに建てた本舞台(西本願寺の北舞台を模した)を、県が譲り受けこの地に移築したものだそうだ。           

 開演までの待ち時間に、隣席の男性の方が「道成寺」の見どころや加賀宝生についていろいろ語ってくださり、楽しいひとときだった。金沢で謡を習っておられる方のようで、「道成寺」の地謡に出たこともおありのようだった。

 物語は誰もが知っている「安珍・清姫」のお話。歌舞伎や浄瑠璃にもなっているが、能では、その後日譚の形をとっている。

 《あらすじ》:紀州道成寺の住僧(ワキ)と従僧(ワキヅレ)が出て来て、新しく鐘を鋳造したので、その供養をしようと述べ、寺男(間狂言)を呼んで「女人禁制」を触れさせます。そこへ白拍子と名乗る女(前シテ)が現れ、供養の舞を奉納したいと申し出て、寺男の許しをとりつけます。宮人の烏帽子を借りた白拍子は早くも足踏みを踏み始め、激情をひめた舞を舞い、鐘に近づいたと思うと、その中に飛び込み鐘を落下させます。住僧が、昔から伝わる鐘の謂れを語ります。それは、山伏に求愛して逃げられた娘が蛇体となり、この寺まで逃げ鐘の中に隠れた山伏を、焼き殺したという恐ろしい物語でした。鐘が再興された今日、再び現れた女の執念に対し、住僧たちは自らの行力を頼み、祈祷して鐘を上げ、女を成仏させようとします。鐘の中から出てきた蛇体(後シテ)は、死闘の末に、日高川に飛び入ります

 ↓は前シテの白拍子。(定例能 チラシより)          

 ↓は、鐘を両手で持ち上げ、中から現れた蛇体(後シテ)。(江戸時代の古能狂言図より)         

 ↑の図でもわかるように、この能では、作り物の「釣鐘」が重要な役割を担う。まず、囃子方、地謡が着座すると、狂言方の鐘後見(かねこうけん)4人による「鐘入り」。昔は竹製だったが今は木で作るのでかなり重い(6、70キロ)。能舞台の天井には滑車、笛柱には環が備え付けられているが、これは、「道成寺」だけに使う道具だと初めて知った。
 その後、シテ方の鐘後見5人により鐘は縄で天井に釣り上げられ、縄は環に固定される。前シテの舞が終わる頃、鐘後見は縄を外して手で持ち、前シテが鐘の真下に飛び込むと同時に鐘を落下させる。前シテは中に入った後、鐘の中で一人で面を変え、装束を変えて蛇体になる。鐘の中には袋が下げてあり、一つ一つ入っているそうだ。昔、殿様がシテを演ずる時などは一人助っ人が中に入っていたとか。そのまま吊り上げられていたのだろうか?

 鐘にまつわる話は尽きないが、更なる見どころは、「乱拍子(らんびょうし)」。白拍子が鐘に飛び込む前に、15分間ほど小鼓とかけ合いで舞う場面がある。小鼓方は、角柱(すみばしら)に立つ白拍子(前シテ)と向き合い小鼓を打つ。「イェ~イ~ ヤァッ オゥ」と、大きな長いかけ声で、シテは少し足を動かす。こんなやりとりが、ず~ッと続く。演者も客席も緊張感で静まり返る。長い長い時間に感じられた。少しずつ間隔が狭まり、最後に激しい「急の舞」。そして鐘の中に飛び込む。同時に鐘が落ちる。面をつけて、位置とタイミングが違えば怪我をしかねない。

 この難しいシテを演じられたのが、若き第20代宗家、宝生和英(かずふさ)さん。先週の「高岡薪能」に続く出演。鐘後見筆頭が武田孝史さん。

 シテ(前:白拍子、後:蛇体) 宝生和英
 ワキ(道成寺住僧):殿田謙吉
 ワキツレ(従僧):北島公之、平木豊男
 間狂言(寺男):野村祐丞、炭哲男

 大皷:飯島六之佐、小鼓:住駒充彦、 太鼓:観世元伯、 笛:藤田次郎
 地謡:大坪喜美雄 他

 後見:佐野由於、佐野登、渡邊茂人
 鐘後見:武田孝史、辰巳満次郎、小倉健太郎、小倉伸二郎。佐野弘宜
 狂言鐘後見:野村万蔵、野村扇丞、荒井亮吉、鍋島憲

 ↓は、「番組表」表紙と、国立能楽堂での「道成寺」の動画(のリンク)です。短いので開いて、観てください。(動画のシテ方などの名前が左下に出ます。同じシテではありません) 

       http://www.the-noh.com/jp/plays/photostory/ps_013.html 


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8 コメント

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Unknown ()
2012-09-06 00:45:12
こっちにすればよかったと、後悔したほどでした。
「安宅」は、弁慶のほか、8人も山伏が出て、うっとうしいほどでした。
何度も読み、リンクした写真を何度も見ました。
鐘の中で、一人で衣装を調えているのかね。
後ろが、開く?
後シテが、赤い袴だよね。
白拍子と小鼓が向かい合って・・というのも、面白い演出でしたね。
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Unknown (清姫)
2012-09-06 10:50:33
姫ちゃん
「安宅」の話も聞かせてくださいね。
何度も読んでくださりありがとう。鐘が落ちる所が分かりにくいかと、少し書き足しました。
観たまま書くのは難しいですね。リンクの動画は、それぞれ舞台が違い、シテ方も囃子方も違うようです。
猿之助の「スーパー歌舞伎」さながらの早変わりでしたよ。
お隣の旦那さんには、最後に何度もお礼を言いました。説明がとても有難かったです。
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Unknown (なは)
2012-09-06 16:49:07
清姫様
ほんとうに凄い舞台でしたね。貴女の紹介が上手で、あの緊迫した舞台が甦ってきます。
小鼓と白拍子の、あの舞の場面が素晴らしかったですね!能楽堂の中の、あの二人に魅せられてシーンとしていました。
私も何度も何度も見ました。(動画の方も)二度とない機会に誘ってもらって有難う。
鐘が上がった時、白拍子から蛇体の変った姿に息をのみました。和英さんは凄い方ですね。いつ稽古というものをされるのでしょうか。感激でした。
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Unknown (清姫)
2012-09-06 20:36:22
なはさん
今朝Anさんに電話で話しました。お茶の日にはゆっくり話せないと思い…。語らずにはいられない気持ちで…。
Anさんは以前テレビで観たのをよく覚えておられ、観たかった~と言っておられました。
そして良い人の隣でよかったね、と。本当に金沢の人には何かお世話になりますね。
実は、あの日の忘れものの中に大事なキーが二つも入っていたのです。ドジですね。翌日、そば屋さん、シャトルバス、能楽堂と尋ねましたが無かったです。スペアはあるので大丈夫ですが、いつも忘れたり、落としたり、してます。
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Unknown (風子)
2012-09-06 21:11:32
清姫さん
ブログに紹介していただくお蔭で別世界だと思っていたお能に触れることが出来、嬉しいです。
先日テレビで『安宅』が上演されていて、なんとなく見ていました。
「道成寺」は鐘の中で早変わりがあったりで、すごいですね。清姫さんの感激が伝わってきます。
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Unknown (清姫)
2012-09-06 21:39:34
風子さん
そう言ってくださると嬉しいです。
テレビで「安宅」をしていましたか。Eテレ?それともBSですか?土曜日の昼にしているのかしら?私はなぜかチャンスがありません。
「道成寺」はシテ方がプロになる時の卒業試験だそうですよ。
ふつうは、「中入り」で楽屋に入り、前シテと後シテとの衣装や面が変わります。「物着」と言って、舞台で後見に手伝ってもらい変わることもあるし、作り物の中で後見に手伝ってもらい変わることもあるようです。
狭い鐘の中で一人でといのは「道成寺」だけらしいですよ。昔の人は小柄だったからということでした。
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Unknown (なは)
2012-09-07 16:19:10
清姫様
「永村さんの三味線の券」を探していられるとばかり思って・・。
翌日、探しに行かれたとは大変でしたね!

以前に息子が「時計」を無くしました。義母を妹の家へ連れて行ったとき私も一緒でしたが、帰りがけに「無い、無い」と大騒ぎ、妹の家を散々ひっくり返したのですがなくて、鞄の中も何べんも何べんも探しても無く、それが二年ほどして息子の鞄の中から出てきたのです。
貴女のも、一年ほどしたら、何処かからひょっこり出てくるかも・・・。
心底から楽しんでいて、貴女の探し物に気も付かず、ご免なさいね。

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Unknown (清姫)
2012-09-07 17:56:26
なはさん
念のため電話で聞いただけですよ。両方ともスペアキーがあるのでどうってことはないのです。
道で落としたとしか考えられません。あんな大きな封筒を。
去年、レンタカーのキーを工さんの庭園で落とした時は半年後ほどに出て来たそうです。
1年後を楽しみにしています。
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