やばっ、ちょ、泣けた。・゜・(ノД`)・゜・。
かなり凹みそうになった今週のノエインですが、ラスト数分、一転して泣けました。・゜・(ノД`)・゜・。
* * *
今週出された回答に個人的にはとても満足です。
ノエインはSF部分、特に量子論を使うことで難解になっているようにも見えますが、恐らくそれはテーマを浮かび上がらせるための演出に過ぎなくて、テーマは結構シンプルだったりすると思うんですよね。
量子的存在=不確定な存在、つまり、自分を見失った状態。
そこから確定させていくことで自分を見つけ出すし、また、それだけじゃなくて、今回出たように、大切な人によって他人の存在を認識する、自分の存在を認識してもらう、というところが量子論的説明にもなっているんですよね。
それを描いたのがラスト数分。
このテーマだ、と思って観て来ただけに余計に泣けました。・゜・(ノД`)・゜・。
だから余計に難解な表現を用いた量子論を使って、ここを表現してきたところにこのノエインという物語の面白さがあるんだと改めて実感です。
* * *
ノエインと言う存在が、(ノエインとなった時空において)ハルカの喪失を経験したユウの姿、悲しみを乗り越えれられなかったユウの姿ではないか?という風にずっと考えていたので、ここもラストに来てビンゴ(っぽい、たぶん)。
この辺の感想は2つ前の回の感想のコメント欄に奇しくも書いているのですが、ノエインという存在は、ハルカの喪失に対して絶望を抱いて、不確定性原理に基づいた世の中を確定させた唯一つの時空へと収束させようとしている、という存在なんだなと、ここに来て何となく確信めいてきました。
逆にノエインが、今のハルカを求めるのはハルカの喪失を経験しているから、なんでしょうね。
またその絶望に耐え切れなかったからなんでしょうね。
ノエインとハルカという存在の対比は、ノエインが未来の「可能性」を否定しているのに対して、ハルカは未来の「可能性」を肯定する、そういう対比だったと読めます。
これも2つ前の感想のコメント欄に書いたのですが、ユウは子供時代の不安を、カラスは大人になったとしても苦しいことはある、ということを示す、ノエインは絶望から自分を見失って零に戻したいと、誰しもがそれなりに経験する時間軸をそれぞれのキャラで切り取っている、とも言える。
でも、今回、ユウがイサミを止めて、そのイサミがアイを思いとどまらせたように、またアトリがミホを救ったように、絶望の可能性もあれば、希望の可能性もある、だから今を、そして自分を大事に、そして自分を大事にしてくれる誰かを大事にしようよ、それが「ミライへ」繋がるんだよ、というようなメッセージなんじゃないかなぁ。
このあたりがやっぱりノエインという作品を通じて描きたかったことの一部なんじゃないだろうか、なんて思っちゃいます。
ノエインもいよいよクライマックス。
どうなっちゃうんでしょうね!!
かなり凹みそうになった今週のノエインですが、ラスト数分、一転して泣けました。・゜・(ノД`)・゜・。
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今週出された回答に個人的にはとても満足です。
ノエインはSF部分、特に量子論を使うことで難解になっているようにも見えますが、恐らくそれはテーマを浮かび上がらせるための演出に過ぎなくて、テーマは結構シンプルだったりすると思うんですよね。
量子的存在=不確定な存在、つまり、自分を見失った状態。
そこから確定させていくことで自分を見つけ出すし、また、それだけじゃなくて、今回出たように、大切な人によって他人の存在を認識する、自分の存在を認識してもらう、というところが量子論的説明にもなっているんですよね。
それを描いたのがラスト数分。
このテーマだ、と思って観て来ただけに余計に泣けました。・゜・(ノД`)・゜・。
だから余計に難解な表現を用いた量子論を使って、ここを表現してきたところにこのノエインという物語の面白さがあるんだと改めて実感です。
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ノエインと言う存在が、(ノエインとなった時空において)ハルカの喪失を経験したユウの姿、悲しみを乗り越えれられなかったユウの姿ではないか?という風にずっと考えていたので、ここもラストに来てビンゴ(っぽい、たぶん)。
この辺の感想は2つ前の回の感想のコメント欄に奇しくも書いているのですが、ノエインという存在は、ハルカの喪失に対して絶望を抱いて、不確定性原理に基づいた世の中を確定させた唯一つの時空へと収束させようとしている、という存在なんだなと、ここに来て何となく確信めいてきました。
逆にノエインが、今のハルカを求めるのはハルカの喪失を経験しているから、なんでしょうね。
またその絶望に耐え切れなかったからなんでしょうね。
ノエインとハルカという存在の対比は、ノエインが未来の「可能性」を否定しているのに対して、ハルカは未来の「可能性」を肯定する、そういう対比だったと読めます。
これも2つ前の感想のコメント欄に書いたのですが、ユウは子供時代の不安を、カラスは大人になったとしても苦しいことはある、ということを示す、ノエインは絶望から自分を見失って零に戻したいと、誰しもがそれなりに経験する時間軸をそれぞれのキャラで切り取っている、とも言える。
でも、今回、ユウがイサミを止めて、そのイサミがアイを思いとどまらせたように、またアトリがミホを救ったように、絶望の可能性もあれば、希望の可能性もある、だから今を、そして自分を大事に、そして自分を大事にしてくれる誰かを大事にしようよ、それが「ミライへ」繋がるんだよ、というようなメッセージなんじゃないかなぁ。
このあたりがやっぱりノエインという作品を通じて描きたかったことの一部なんじゃないだろうか、なんて思っちゃいます。
ノエインもいよいよクライマックス。
どうなっちゃうんでしょうね!!
今回は、リアルタイム視聴できました。
やっぱりこれ、面白いですねぇ(ってそれしか言えない自分の語彙の少なさがが歯がゆいのですが……)
でも、裏番組の「舞-乙HiME」を泣く泣くあきらめて……。
もっともっと盛り上がってもいい作品のはずなのですが、やはりUHF系は損ですね。
こんなに面白いのに、もったいない事です。
あ~、子供が小学6年生になったら、見せてあげたいなぁ……。
「あの四角い目のお母さん、後で優しくなるからね……」
「あの黒い唇のお兄さん、後でやさしくなるからね……」
DVD買うか……。
即決できない自分が悲しい……。
この展開、何も知らずにみたら結構しんどいっすよ(笑)。
逆にラスト数分がガツンと感動してしまったんですけどね。
やっぱり良いんですよ、この作品。
こういった良作があるから侮れんって感じですね。
特に僕が面白いと思ったのも大分経ってからだったので。
深夜もたくさん放送してくれるのは良いのですが、バッティングは痛いですね。
>あの四角い目のお母さん
爆笑。誰かすぐ分かるし。
DVDは赤根監督曰く、音質がかなりアップしてるらしいっすよ。
#と言って僕もまだ買ってないですが(笑)。
購入に値する面白さだとは思いますね。間違いなく。
あと、大人目線で見てもこれは楽しめますよね。生徒たちがかわいくて、こいつらのためになんかしてやりたい!という気持ち。それをこのノエインも表現してくれていて、シンクロしました。