最近、寒波が押し寄せ、南国の当地でも寒い。
先日の日曜日は、一人で病院にいくので、スクーター
で出かけたかったが、寒がりのわたしはには、厳しい
ので、自家用車で出かけることにした。
日曜日の夕食は、外食をするので、夕方から夜に
かけて、時間があり、映画でも観ようと出かけた。
想定外にもスムーズに映画館に着いたので、予定
より早い時間に映画を観ることができて良かった。
映画は、「タイム」である。
この映画を観て、前にも観た「アバター」を思いだ
した。
このアバターは、中国の内陸部の貧困層の共感を受け、
彼らは、自分たちが現代の「アバター」だと騒いだ。
わたしも、同感で、映画の展開は、巨大資本が先住民
を追い出して、資源を独占しようとするのとダブって、
アメリカ映画であるだけに、何かしら意味深に思えた。
ところで、前に、「シェナンドー」という曲について、
ブログで書いたが、その時に、その曲にまつわるエピ
ソードも取り上げた。
それは、次のようなものであった。
1830年に、アメリカ東南部一帯に住むインディアン
諸国家に対し、ミシシッピ川の西側に移住させる法律が
制定されました。
民族間の問題もあったでしょうが、1828年にアパラ
チア山脈南部で金脈が発見されたことが大きなきかけと
なったようです。
このあたりに住んでいたチェロキー族は、1938年10月
から翌1939年3月にかけて、オクラホマまで1300
キロを移動していきます。
その移動も、白人が武器を使った強制的で暴力的なものでし
たし、冬の気候の元、劣悪な条件の中での移動でした。
移住者総数1万数千人のうち、4分の1が死んだと言われて
います。
これである。
この話しが、「アバター」とだぶった。
ところで、今回の「タイム」は、違う意味で、意味深であっ
た。
それが、アメリカ映画であるからなおのことであった。
このタイムの展開については、ネットにあった話しを借用
して、紹介したい。
次の話しは、その借用したい部分である。
その世界では、人間は25歳で成長がストップするのだ。
しかし通貨がお金ではなく時間であり、25歳になった瞬間
から死のカウントダウンが始まる。
生きられる時間は23時間。
しかしその世界でも貧富の差が激しく、裕福ゾーンとスラ
ムゾーンとに分かれており、2つのゾーンは許可なく自由に
行き来はできなかった。
死のカウントダウンは、実は他から手に入れることで
生きられる時間をいくらでも引きのばせるのだ。
つまり、25歳の姿のまま、永遠に生きることも可能なのだ。
裕福ゾーンの住人はお金で時間を買い、スラムジーンの住人
は日々の重労働で時間を補うか、他人から奪って生きながら
えていた。
ある日、スラムゾーンに裕福ゾーンから、人生に絶望したと
いうハルミトンという男がやってきた。
以上。
話しの流れとして、中途半端だが、借用した資料で、骨子
だけを紹介したい。
この映画については、検索したら、けっこういろんな人が
感想を書いていた。
B級映画ということで、けっこう貶されていて、その内容も
もっともと思えたのだが、わたしは、違う視点での驚きを
感じた。
これも、わたしが若い頃、マルクス主義にかぶれて、搾取と
いうを言葉を覚えたからだ。
ネットで、タイムについて、いろいろと蘊蓄を語っている人
は、おそらく若い世代なのだろう。
このような時代は知らないし、経験もないので、わたしの
世代のような感想の持ち方はできないかと思う。
だから、この映画についての感想の違いについては、致し方
ないとみたほうがよいのかもしれない。
映画「タイム」でいう時間をそのまま、お金に置き換えれば、
多くの国民が、低賃金化し、また、契約社員化し、その日暮
らしの生活に追い込まれていく時代とダブって、意味深で
興味深かった。
この映画を観て思ったのだが、問題の本質は、ビル・ゲイツが
ウォーレン・パフェット、ジョージ・ソロスが、そして、
フォーブス誌やフォーチュン誌などが発表した世界長者番付、
世界企業番付などのランキングで、紹介される金持ちの存在
ではない。
問題は、これらのマスコミで出てこない本当の富裕層の
存在である。
社会の妬みを嫉妬をかわないように、自分たちの存在を
消して、世界を収奪する者たちの存在である。
先にあげた、ビル・ゲイツ等、マスコミで知られる金持ち
なんて、鵜飼の鵜のような存在でしかない。
魚からは、鵜は見えても、鵜飼は見えない。
彼等が、雇われ社長か、雇われマダムほどの存在にしか
ならないほどの、姿を消して存在している者たちの
ことである。
われわれの視界に広がるこの社会を世界を、自分たちの
人間牧場としている者たちのことだ。
同じ人間でありながら、同じ社会にいながら、その存在
を消し、このわたしたちを人間牧場として、搾取している
存在たちのことである。
そう、ロックフェラー、ヴァンダービルト、モルガン、
アスター、ロスチャイルド、彼等こそが、われわれを
マトリックスの世界の住人に貶めている。
この「タイム」という映画を観て、彼等のような、
われわれをマトリックスの住人に貶めて、収奪
する存在に、目を向けてみなければと、思いをよせ
ながら、帰宅したのだが。
同感してもらえる方が、どれほどいるのだろうか?