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リタイアーのよもやま話

夜景

2017-05-08 20:48:48 | 映画・ビデオ

You Tubeで、映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』
の紹介の動画があって、観ていた。

主人公が美人で、スタイルもいいとあって、つい
見とれていたのだが、その中の夜景のシーンが
美しくて、見とれてしまった。



前にも、ニューヨークの夜景を取り上げた気が
するのだが、やはり、世界中の夜景の中で、
ニューヨークの夜景が、超現代的だ。

善くも悪くも、ちょっと病的な青っぽい光に
満たされた夜景は、ソドムとゴモラの街
みたいなイメージとどこか通じたものを
感じる。

ごのような色彩は、世界の他の地域の
夜景には観られないような気がする。

ものすごく、惹きつけられて止まない
夜景だ。

えも言われぬ緊張感が漂う不思議な
色彩だ。

 


「精霊の守り人」

2016-03-20 00:01:12 | 映画・ビデオ

綾瀬はるかの「精霊の守り人」が放映
されるということで、テレビでの宣伝
が続いている。

実は、この「精霊の守り人」は、前に
観たことがある。

ツタヤのDVDで観たような記憶がする
けど、定かではない。だいぶ前のこと
だ。

宣伝がかっこよかったので、期待した。

そこで、久しぶりにテレビを観ること
にした。

しかし、5分もしないで、がっかりし
てしまった。

バルサのキャラクター設定で、大きな
ミスをしていると思うのである。

そして、配役も疑問がわいている。

今回のバルサのキャラクター、あまり
にも下品である。

孤児の「たのまれ屋トーヤ」と同じ
階層のキャラクター設定である。

これは、いくらなんでもあんまりだ。

バルサは、医者の娘である。

バルサの父親は、王の主治医であ
る。

ジグロは、父親の親友で100年に
1人の天才と言われる短槍使いで
ある。
ジグロは、もともと「王の槍」と
いう武人である。

徳川幕府組織図によると

小姓組番頭
 小姓組番は五番方の一つ。小姓
とは云え、将軍の側に仕える御小
姓とは異なり、飽くまで戦時に備
えた武官であり、平時は将軍の傍
らに付いて身辺の警護を行い、戦
時には将軍の馬廻りの護衛を行う。
尤も、城門警備等には付かない内
勤で、紅葉之間に詰めていた。

こういうのがあるが、ジグロの
「王の槍」という地位がどういう
ものか、窺い知ることができるだ
ろう。

簡単に言えば、バルサは、もとも
とは、エリート階級に属する人間
である。

ジグロだって、そうである。
王直属なのだ。忘れては困る。

だから、今回のバルサのような下
品なキャラクター設定は、大きな
ミスである。

バルサは、屈折した内面を持つ人間
である。

そういう意味では、天然と言われ
る綾瀬はるかには、演じ得ないキャ
ラクターである。

わたし個人的には、今回のキャラ
クターでいくにしても、柴咲コウか
中谷美紀の方が、バルサにうって
つけだと思っているが、どうだろう。


愛されるという勝ち方もある

2014-07-30 22:56:24 | 映画・ビデオ

 You Tubeで遊んでいたら、高見盛のCMがあった。

このCMに次のようなナレーションがついた。

この惑星の住民は、誰もが勝利者になれるわけではない。
ただ、この惑星には、愛されるという勝ち方もある。

 高見盛の相撲については、誰もが知っていること
なので、やけに、この言葉に深いものを感じた。

愛されるという勝ち方もある。というのだが、これ
とて容易なことではないはずだが、特に秀でた
才能のない人間には、救われる考え方だ。

勿論、愛するという勝ち方もあるはずだ。

 そういう意味では、日々かけがえのない人と人生を
歩めるのも人生の勝利者かもしれぬ。

 問題は、自分にとって、かけがえのない人を
見つける能力が必要なのだが。

人が死んだあとに残るものは、集めたものでは
なく、与えたものである。

 という言葉があったのだが、例え無名であっても、
他の誰かに、かけがえのないものを与えることに
よって、与えてあげた人の人生を通して、歴史に
己を刻んでいる人がいるようにも思われる。

そのような勝ち方もあるのではなかろうか。

誰もが勝利者になれるわけではない。

才能のない者は、無いなりの勝ち方を選ぶ力が
必要だ。

 


世界中が泣いたタイのCM - Touching Thai Commercial

2014-05-17 22:50:27 | 映画・ビデオ

 

世界中が泣いたタイのCM - Touching Thai Commercial

もう、日本では作れない作品ですね。

もしかして、このような作品の作れる国が、次のアジアをリード
していくかもしれない。

そう願いたいものだ。

与えることは最良のコミュニケーションである。

ACジャパンみたいな内容だが。

「一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなく、
われわれが与えたものである。」 ジェラール・シャンドリー 

というのもあった。

最近、そのようなことを理解できる知恵がやっとついてきたよう
な気がする。

行年五十にして四十九年の非を知る. という言葉もあったが
いくつになっても、それまでの人生の非に愕然とするばかり
だ。