大岡信著『折々のうたー春夏秋冬ー』を読了。
(<はる>と<なつ>は、書店に置かれていなかった。
いずれ入手して読みたいと思っている。)
朝日新聞に『折々のうた』が掲載されていた当時(1979〜2007)は、毎日の楽しみとして読んでいた。
が、かなり遠い昔(?)のこと。
記事内容の詳細を覚えているわけではなく、今回、<あき>と<ふゆ>の部を読み、選出された「うた」(詩歌)を改めて味読、大岡信さんの解説にも感銘した。
短詩型で表現された世界の奥深さに感嘆し、表現に潜む機微を短文で解説された大岡誠さんの語彙力、簡にして要を得た説得力・表現力にも感心した。
2冊の本を読みつつ、人間の心の奥深さに触れると同時に、まるで言葉の宝庫の中を巡っているかのような気分であった。
幾度読み返してもよい本である。
諳んじてしまうほどに読み返したい。
採り上げられた短詩型の作品は、時代を問わず、人口に膾炙されたものが多い。
すでに、ひとりでに口ずさめる短歌・俳句や詩句もかなりある。
が、秀れた作品は、幾度読み返しても飽きることがない。
秀作は、いつも新たな何かを訴え続けてくれる。
今年は、正岡子規の生誕150年にあたり、各地で展覧会が開催されるという。
それにちなんで、この本に採り上げられた子規の作品を挙げておこう。
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
糸瓜(へちま)咲いて痰のつまりし仏かな 以上<秋>より
いくたびも雪の深さを尋ねけり
真砂なす数なき星の其中(そのなか)に吾に向ひて光る星あり 以上<冬>より
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