週末を原村で

非日常性のユッタリした時の流れを信州は原村で。音楽を聴きながら星を眺め!最近は海外の旅の記事もアップします。

#063 -’24. 小金公園に桜を愛でにいってきました。(その一)

2024年04月03日 14時40分05秒 | 日常の出来事(日記)

小金井公園には『伝統を受け継ぐ桜の名所』とのサブタイトルが付いています。

広い24時間開放の公園ですが、駐車場のみ有料となっています。ご近所の方も犬の散歩などに訪れやすい環境かも。我が家では雨も心配でしたので朝一番にこちらにお邪魔しました。

青空のもとで桜を愛でた訳ではありませんが、早く見学せねば何時雨が落ちてくるかとのおもいでした。結果的に帰宅の時のフロントガラスに雨粒がおちてきました。それでも、ワイパーを動かす前にはスーパーで買い物して我が家に帰り着きました。

1 五日市街道沿いを小金井公園に向かっています。大きくなった古木の桜並木が続きます。左手は玉川上水路です。川の両側には桜並木が続きます。古木の桜が多く途中から伐採されているのをみかけました。桜の若木にしないと倒木などで被害があるのかも。

2 都立小金井公園です。

3 花と光のムーブメント、小金井公園 X さくら、SAKURA  MOON と看板に表記されていますから、夜間のライトアップがされていると見えて、大きな桜の木にはライトが設置されていました。期間は3月22日~4月14日の日曜日までです。

 

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5 ここテントを張らないで下さいと書かれた注意書きがありました。障害者にとってはテントを固定するペグやロープなど危険なものだと思うのも納得の最近です。

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11    旧宇和島藩伊達家が大正時代に東京に建てた屋敷の表門です。囲いの外側から撮らせてもらいました。

12       源平咲きのボケの花が綺麗に咲いていました。

13     アップして

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17 以前はSLも簡単に触れた感じでした

次は訂正です。子供が幼い頃は自由に触れられたとの思いがあり、先にアップしら様にかいてしまいましたが、今でも決まった時間にかいほうされているそうです。SLはC57・186で三菱重工業で終戦の翌年の1946年に清掃されました。C57ですから、客車牽引用のSLで動力輪は片側三つのスピート重視で、有名なD51は動力輪が四つでトルク重視の重い物を牽引する蒸気機関車です。幼き頃一度だけ蒸気機関車に乗った思い出があります。

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21    江戸東京たてもの園の出入口になっているビジターセンター(旧光華殿)です。

22      キブシです。

23      花モモです。

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#079 -’23. 今日(3月22日)の井の頭公園

2023年03月22日 23時55分14秒 | 都内の公園&近郊の公園

1   武蔵野地区では有名なここ井の頭公園の桜と小金井公園の桜です。

今回は新規開拓で野川の桜並木からバスで吉祥寺に戻ってきました。その足で井の頭公園にきました。

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#041 -’22. 都立小金井公園に梅を愛でに行ってきました。(自分が撮影したもの)

2022年03月01日 13時57分15秒 | 都内の公園&近郊の公園

今回は家内の物に続き、自分が撮影したものです。

晴天時の外部でスマホでいつも感じる事ですが、どこを撮っているのが画面が見えずに凡そです。

一眼レフなどと違い、被写体である画像をダイレクトに観る訳ではありません。スマホ画面の明るさが足りずに、黒いままです。ピントが合っているのか想いの画角になって居るのが狙った通りに撮影しているのがわかりません。だからと言って撮り終えてから画面を日陰にして確認するきもありません。

言い訳ですが、そんな写真を最後まで見て頂ければ幸いです。

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18  何組もの保育園児の子供たちが先生に引率されてきていました。乳母車を大きくしたような車に乗っている子供もいました。園に来るまでは大変ですが、園内に入ればノンビリできます。 

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#040 -’22. 小金井公園に梅を愛でにいってきました。(家内がスマホで撮影したものです。)

2022年02月28日 13時36分07秒 | 都内の公園&近郊の公園

昨日、暖かい気候になったので小金井公園に梅を見に行こうと家内から誘われた。

でも、日曜日ですし駐車場も混み合いそうなので本日、月曜日に日延べして行ってきました。10キロも無い近場ですから行く気になりさえすればいつでもいけます。

桜の時期が一番気に入っています。

10時過ぎに到着して、梅苑の前の駐車場に止めて少し散歩して11時前には公園を後にしました。

芸術センスは一段も二段も上の家内が撮影したものです。

空も碧空ですから花が映えます。

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#042 -’21. 梅の花を愛でに小金井公園(その二)

2021年02月19日 16時39分47秒 | 日常の出来事(日記)

お昼を済ませて、お邪魔しなしたので少し見て回ると暖かい太陽も時々雲に隠れるようになりました。

日本海側に寒気が来て雪を降らせていますから、こちらも風は寒いです。

滞在時間は1時間弱でナナちゃんの待つ家に帰る事にしました。

梅の巨木と言うか老木もあるのに驚きました。

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6  巨木の梅の木の樹皮の所から樹液がほとばしり出ていました。昆虫や野鳥などが集まりそうですが、未だ寒いのか何もいませんでした。

 

7  未だ、コロナの非常事態宣言でしょうか、有料のたてもの園は閉館中でした。

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14  遠くにたてもの園の都電が見えます。

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17  紙幣の原料のミツマタです。

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19  年季が入った桜の老木です。桜は木の根元を踏み固められる事を一番嫌います。小金井公園では以前はなかった、グランドカバーとして龍の髭(蛇の髭)が植えられていました。

20  所に依ってはモグラが掘り返した穴だらけの所もありました。落ち葉など完全に掃き清めてしまっていますから、栄養分の表土が無い感じです。

    

 

 

 

 

 

 

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#041 -’21. 梅の花を愛でに小金井公園へ(その一)

2021年02月19日 13時46分05秒 | 日常の出来事(日記)

昨日、昼食を済ませてから都立小金井公園に行ってきました。

本来なら青梅の吉野梅郷に行きたい所ですが、数年前の梅の木のウイルスで全て伐採されて今は植樹した梅の木の成長を待つ状態のようです。

小金井公園は本数は少ないですが、我が家からも近いのでお邪魔しました。

昨年もお邪魔しました。

撮影は全てソニーのスマホのエクスペリアを使用しました。

その為、モニター画面が明るく太陽光線が当たりピント等や画角調整がしずらくて見難いのはご容赦のほど。

1  車を駐車したほんの少しの距離の所です。

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12  白い梅の花はこちらの芳流閣が多かったです。

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20    紅梅の奥の梅はしだれ梅です。

 

 

 

 

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#071 -’20. 土蔵@三井八郎右衛門邸

2020年02月26日 11時36分28秒 | 都内の公園&近郊の公園

小金井公園の江戸東京たてもの園内に移築されていた三井八郎右衛門邸の裏手に建っていた立派な土蔵です。火事と喧嘩は江戸の花と言われた程でした。火事は商家にとっては大変な痛手ですからそれは土蔵で財産を守った訳です。

土壁と一番外側には漆喰で耐火性を持たせて財産を保全した。三階建ての立派な土蔵でした。今では展示されている物も殆どありませんが、実際は沢山の高価な財物が収まっていたものと思われます。今は金品は別にして三井記念美術館に収蔵されていると思います。

 

1  港区六本木二丁目・今井町に在って今井町邸の敷地内図です。約13,500坪の敷地に和館洋館が建ち、華族邸の風格を備えていた。1945年(昭和20年)の空襲で全焼したそうです。それにしても、都心の一等地に広大な敷地と邸宅を有して訳です。

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3  土蔵の扉厚さの凄さです。

 

4   小千鳥図が建具に沢山描かれていました。シャンデリアの飾られて仏間の前の廊下からも外してこちらに飾ってあり様です。

 

5  小千鳥など小鳥の絵が描かれています。

 

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7  三五の桐紋の描かれた桐のお櫃です。桐は軽く耐火性に優れ且つ湿気も適度に吸い、また排出する優れた木材との事で着物をしまう箪笥は桐と決まっていました。衣類を保管するには最高の部材の桐です。

 

8  こちらのお櫃は漆で外側を塗られていますから、着物などの衣類用ではない物の為の保管でしょうか。嫁入り道具で持参したのでしょうか。徳川家の三つ葉葵の家紋が付いています。

 

9   三階の天井の梁には根曲がり太い木材が使用されていました。根曲がり木材の強度は凄いと聞いています。

 

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#070 -’20. 三井八郎右衛門邸

2020年02月25日 10時46分03秒 | 都内の公園&近郊の公園

今回のスレッドは三井八郎右衛門邸を江戸東京たてもの園に移築したものです。完全な形ではなく一部縮小(省略)して移築したとの事でした。確かに新しい事もありますが、驚く程の絢爛豪華と言う佇まいではありません。しかし、物資不足の中に在っても、戦後の成金とは一線をかす匠の技を感じとることができる邸宅でした。今回は蔵の部分は記載しておりません。

都立小金井公園内にある江戸東京たてもの園の小冊子から引用させて頂きます。

三井八郎右衛門邸

港区西麻布に1952年(昭和27年)にに建てられた邸宅です。客間と食堂部分は、1897年(明治30年)頃京都に建てられ、戦後港区に移築されたものです。また、蔵は1874年(明治7年)の建築当初の土蔵に復元しました。(港区西麻布三丁目/主屋:1952年(昭和27年)*東京都指定有形文化財   

(1874年(明治7年)建築の土蔵は別スレッドでアップする予定です。

1  低い大谷石と奥の門柱が何処となく優雅さを醸し出してはいますが、玄関の造りは質素と言っても良い程です。

2  玄関の軒を噴いているのは銅板のようですが、濡れることなく車が車寄を通り玄関に横付けできる形式ではありあせん。鹿が二頭いる方向から車が入り右に抜けていく形式でも、可笑しくない三井家です。戦後の財閥解体などのGHQの事も意識して外は質素に、見えたい処(欧米人には判らない処)に匠の贅を尽くした感じを受けました。屋根の形状も強度はありあすが、安価で一般的な装飾感や高価さに乏しい切妻形式です。

3  本邸の西側(本邸奥に)に土蔵が移築されていますが、別スレッドにて。

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7   こちらは知恩院ほど雀の画が上手く描かれていないようで、飛び去ってはおりませんでした。知恩院の七不思議はこちらです。

8   組小細工の欄間ですが簡素の中に品位を感じるデザインです。普通の組小細工とは異なり重厚さを感じる姿でした。

9    襖板に書かれたものです。

10    古さを感じますが、その中に在って機能美を感じる台所・キッチンでした。

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4   三井家の紋は別に四つ目結がありますし、のれん紋と言うべきか店章に三井グループの信念を託し、こちらは襖に描かれた三井桐紋です。

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17   城の大広間や寺社仏閣などの本堂などでよく見かける格天井でした。

18   卍くずし欄間です。

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22   京都の仏閣などの本堂や方丈を見学して廻ると多く見かけたこの物、地震などの災害から建物を守る補強筋なのかよくわかりませんが、京都を歩くようになり気が付きました。どちらで聴いても分かりません。ご存知の方が居たらコメント頂ければ幸いです。ウルシ塗りとは思えませんがこの黒い筋交いのようなものです。

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24   枝垂桜らしき樹木がありましたから、今回は梅でしが桜の咲く時期に来るのも素敵かも。

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26  このシャンデリアの下がった空間が実に不思議に思えました。居間など大きな居室と言う感じは全く受けませんでした。少し広い廊下に下がっている感じでした。デザインの一貫性を何ら感じる事がないどころか、違和感を感じました。私が廊下と言うこの右のお部屋は三井領家の仏間で撮影きんしでした。その為に画像はありません。説明者の解説では大磯の三井家から移築したものらしいです。

27   和ダンスの上に載っている三井家桐紋です。

28   廊下の外のお庭から建物を見ると素敵なようですが、今回はスルーしました。

 

 

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#062 -’20. 江戸東京たてもの園のホンの一部

2020年02月19日 18時29分09秒 | 都内の公園&近郊の公園

ビジターセンタ―で入園料を払い今回は、向かって左側の西ゾーンを見学しました。以前に右側の高橋是清邸などを見学しました。

最初に入るビジターセンターは鉄筋コンクリート造りだとおもいました。中の説明者の解説を聞いて2600年(1940年、昭和15年)に式典会場として光華殿として建築されたものを移築されたとの事でした。移築されたビジターセンターは旧光華殿です。

1  ビジターセンター(旧光華殿)を通り入園します。ビジターセンター自体は無料で入れますが、こちらのたてもの園に入る所から有料になります。

江戸東京たてもの園で頂いた小冊子から引用させていただきます。

C1ビジターセンター(旧光華殿)1940年(昭和15年)に皇居前広場で行われた紀元2600年記念式典の為に建設された式殿です。1941年(昭和16年)に小金井大緑地(現在の小金井公園)に移築され、光華殿と命名されました。江戸東京たてもの園の開園にあたり、ビジターセンターとして改修しました。(千代田区千代田/1940年)

2  係員の説明を聞いてそんなに由緒正しき建物とは知らずいつも出入りしていました。今回は説明受けた場所から振り返り撮影しました。今は銅板で葺かれていますが、本来は檜皮葺だったそうです。

3  ビジターセンターからたてもの園に入る左右の所に飾られていた物です。只の荒縄も雪吊りとして拝見すると素晴らしく美しいです。庭師の業ですね。また、日本瓦を縁石代わりに最近使用している所が多くなりました。大好きです。

 

4  日本庭園です。こちらの日本瓦の使用の仕方より前の物の方がどことなく幾何学的で好きです。

5  西ゾーンの常盤台写真場です。

健康住宅地として開発された郊外住宅地常盤台に建てられた写真館です。照明設備が発達していない当時、最も安定した照度を得る為に、2階写場の大きな窓には北側から光を採る事ができるように摺りガラスがはめ込まれています。(板橋区常盤台一丁目/1937年)

6  家内ともども撮影させて頂きました。

7  デ・ラランデ邸です。小冊子から引用させて頂きます。

この住宅は、元は平屋建ての洋館でしたが、1910(明治43年)年頃、ドイツ人建築家デオルゲ・デ・ラランデにより3階建てとして大規模に増築されました。その後、何回か所有者が変わりましたが、1956年(昭和31年)から、三島海雲氏がこの住宅に住んでいました。1999年(平成11年)まで新宿区信濃町に建っていました。

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9   邸内は今は武蔵野茶房として営業も行っています。お茶などを頂かなくても中に入り撮影もできるとの事で入る事にしました。ただ、お茶を飲んでいる雰囲気を乱したくないから自ずと自己規制をしてしまう日本人です。

 

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11  素敵な邸内です。

 

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14  マホガニー材の家具のようです。

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16  こちらは暖炉です。

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#061 -’20. 都立小金井公園で梅をめでて

2020年02月18日 15時31分33秒 | 都内の公園&近郊の公園

午前中に都立小金井公園に行って来ました。吉野梅郷に行くか迷いましたが、何しろ近いことが決定打でした。

小金井公園の梅は28種、100本だそうです。

決して多い数ではありませんから、山筋・谷筋が梅の花に埋もれているという景色ではありあせん。

盆栽ではありませんが、一本づつ、一輪づつ愛おしく愛でていく感じの鑑賞かもね。

入園料は取られませんが、駐車場代金が取られます。

因みに、我が家は500円でしたから、江戸建物園に入園した時間も含めて1時間20分の滞在でした。

新型コロナウイルスの事もあり、封鎖空間を避けるために今回は車で行きました。

電車、バスを避けての移動です。

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16   こちらは、ご近所の河津桜です。撮影は昨日です。

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#098 -’19. 小金井公園の桜(その二)

2019年04月07日 15時03分52秒 | 都内の公園&近郊の公園
今は知りませんが、以前は日本で一番高いゴルフ場会員権と言われていた小金井カントリー俱楽部に隣接している方向に歩いてきました。
南北に走る小金井街道沿い迄来た訳です。
今は駐車場も有料になりましたが、子供達が幼い頃は無料でしたから何時間も駐車して遊んでいました。
車で駐車場に第一駐車場に入るには五日市街道を下ってきます。
その途中でも玉川上水の脇には桜や欅などの樹木が植えられています。

都立小金井公園内は無料ですし、夜間も入る事ができます。

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貨物を牽引するD51かと思い込んでいました。
客車を牽引する動力輪が三つのCでした。
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家内がお茶するように持参してくれていました。
水分補給は大切です。
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右側に沿って流れているのが玉川上水です。
武蔵境の浄水場を越えて新宿の淀橋浄水場そして四谷の大木戸へ。
走っている道は五日市街道で少し先に行くと、井の頭通りと二手に分かれます。
五日市街道は青梅街道と合流して消滅しますが、井の頭街道は分岐から始まり渋谷西武の脇迄行っています。
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#097 -’19. 順位付けすれば二番目のサクラの聖地かと(その一)

2019年04月05日 19時54分10秒 | 日常の出来事(日記)
日本全国ではありませんが、東京に限っての自分の中でのサクラの素晴らしさの地を順位付けすると一番は千鳥ヶ淵のさくらです。
二番目の地として脳裏に浮かぶのが今日お邪魔して来た都立小金井公園です。
回数的にも一番多く邪魔しているかもです。

川も池もありませんし大きな噴水もありません。
強いて上げればたてもの園の小さな堀ていどです。
それでも、満開に咲く古木を含めえ沢山の花を咲かせる小金井公園の桜は素晴らしいです。

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駐車場に車をいれて。
子供が幼い頃は無料の駐車場でしたが、今は有料です。
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花桃ですが、それも同じ木に白赤と咲いています。
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花桃を近くで撮影しました。
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「七重八重花は咲けど〇〇のみのひとつなきぞかなしき」の一重です。
(蓑一つなきぞ悲しき)の八重ですが一重ですから実は付きます。
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遠目には白樺の実に見えますが、キブシの花が咲いていました。
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小金井公園は夜間も入れますから夜桜の場所取りでしょうか。
ここの他あと一ヵ所でしたブルーシートは見かけませんでした。
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たてもの園ですが、あちらは有料になります。
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#020 -’19. 1月21日の街歩き(港区大使館巡り)

2019年01月23日 16時08分08秒 | 街角
【1月21日の大使館巡りの概略】
1月21日に予約してあったボリビア大使館は午後2時からです。
その前に予約を必要としない大使館訪問をしようと言う事で、レソト大使館に訪問しました。
それと言うのも、家内が友人と大使館巡りする港区のパスポートを頂く事を兼ねて青山一丁目の赤坂図書館に寄る為です。
家内と私のは既に六本木ヒルズで頂いていますので、今回の物は家内の友人の物です。
カナダ大使館の裏手から246へ抜けて高橋是清翁記念公園の脇を通りレソト大使館へお邪魔しました。
レソト大使館の訪問を済ませて、何度も前を通っているのに公園に入るのは初めてなので小さな公園ですから横切ってカナダ大使館へ。
見学を終えて青山1丁目駅近くのお寿司屋さんへ。

高橋是清翁記念公園にお邪魔しました。
邸宅は既に小金井公園内の江戸東京たてもの園に移築されています。






こちらの是清翁の姿はたてもの園でのお写真とそっくりでした。
優秀な人材を暗殺するなどあってはいけないことですが。


隣にはカナダ大使館が見えます。

鮨の四文屋 青山(せいざん)で食べる事を決めていたので戻って来て入ったのは12時半でした。
結構、ご近所に勤務の方達が沢山いて盛況でした。
この値段で、この場所で、この味でですから人気なのが分かります。


図書館でパスポートを頂く時に確認の為に店頭きてかくにんしました。
お昼過ぎですから既に開店しています。


私は1.5人前のにぎりです。


家内は一人前のにぎりです。


可愛らしい経木に入って居るのはミニねぎとろ丼です。
以前は小鉢に入って居たようです。

ランチ代: にぎり1人前    1080円
      にぎりⅠ.5人前  1600円 
〆て    2680円の美味しいお鮨でした。

食事しながら、地下鉄の載って高樹町インターの所のボリビヤ大使館に向かうか、徒歩で行くか迷った末に徒歩で行く事にした。
それでも午後2時の予約時間には大幅に時間が余ってしまった。
ボリビヤ大使館から六本木に戻りナナちゃんの待つ我が家に帰宅しました。

徒歩にて高樹町インター脇のボリビヤ大使館に向かいました。
つづく

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#019 -’17. 野良猫ナナ & St. Petersburg Vacation Travel Guide | Expedia

2017年01月26日 12時37分59秒 | ねこ&いぬ
きのうのナナちゃんのリハビリです。
朝、ナナちゃんのご自宅のケージに猫ベットにくつろいでいました。
家内が歯磨きする為に洗面所に居るとケージの二階から飛び降りて和室に脱出です。
音に気が付き家内が戻ると、慌てて逃げ戻りました。
その後、家内と私は小金井公園の江戸東京たてもの園にいってしまった。
へそを曲げたのか、一日大人しくしていたナナちゃんでした。
それでも、手から餌は食べてくれるし、撫でさせてくれるから良しとせなば。
(機嫌のよい時のみですが。)



ロマノフ王朝が崩壊してソヴィエト連邦の時代になったロシア。
共産革命でレーニンの名をとってレニングラードとしたサンクトペテルブルク。
ソヴィエトが崩壊してロシアに戻りロマノフ王朝時代のサンクト・ペテルブルクにこちらも戻った。
ドイツから嫁いだエカチェリーナにすればヨーロッパにあってもど田舎のロシア・ロマノフ王朝です。
少しでも文化の香るロシアにしたいと奮戦したのがエカチェリーナ二世でした。
以前にお邪魔したエカテリーナ宮殿はこちらです。
エカテリーナ宮殿のフォトチャンネルはこちらです。
素晴らしいエルミタージュ美術館はこちらです。
血の教会はこちらです。
でも、自分のブログで過去のスレッドを探したら、いつもの如く記事を書いていなかった。

St. Petersburg Vacation Travel Guide | Expedia


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#018 -’17. 江戸東京たてもの園@小金井公園

2017年01月25日 20時37分01秒 | 街角
小金井公園内にある江戸東京たてもの園に行って来た。
数えきれない程にお邪魔して居る小金井公園ですが、江戸東京たてもの園に伺うのは初めてである。
建物を見る為に入園料を払うのに納得できないケチな自分。
なので、入った事が無い江戸東京たてもの園でした。
今日、家内から小金井公園内の江戸東京たてもの園に行かないかと言われた。
その時、高橋是清邸があるとの事で急遽行きたくなり行って来た。

取り急ぎでもないですが、高橋是清邸のみですが。
江戸東京たてもの園の冊子から引用させて頂いた文章はブルー文字にしてあります。
画像はニコンですが、途中でバッテリーが切れてしまいました。
予備も持参せず、バッテリーの残量も確認せずにじさんしてしまった。
帰ってから、直ぐに充電したのは勿論である。

芋虫がマスコットなんでしょうか?
家内に言われて教えてもらったのが次の通りです。
マスコットキャラクター「えどまる」緑豊かな野外博物館のマスコットにふさわしい色をイメージし、芋虫をテーマに宮崎駿さんにより作成されたものです
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ここの建物で入園料を払い江戸東京たてもの園に入ります。
小金井公園自体は無料ですし、桜も素晴らしいので良くお邪魔している公園です。
以前は駐車場も無料でしたが、今では有料なのが頭にきます。
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入口を入り是清邸に向かうべく進むと綺麗な霊廟が在ったので一枚。
旧自証院霊屋(きゅうじしょういんおたまや)
尾張藩主徳川光友の正室千代姫が、その母お振の方(三代将軍徳川家光の側室)を供養するために建立した霊屋です。この建物は東京都の文化財指定を受けています。[新宿区富久町/1652年(慶安5)]※東京都指定有形文化財

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今回目的の高橋是清邸です。
高橋是清邸が在ると聞か開ければ、多分江戸東京たてもの園に来なかったかもしれない。
何故か引き付けたのか。
高橋是清邸
明治から昭和のはじめにかけて日本の政治を担った高橋是清の住まいの主屋部分です。総栂普請で、洋間の床は寄木張りになっています。2階は是清の書斎や寝室として使われた。
こちらの高橋是清邸が戦禍にもめげず残ったのは、赤坂から武蔵野の地の多磨霊園に移築されていた為に残ったとの事でした。
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こちらが226事件の際、決起した青年将校たちに暗殺された実際の部屋です。
血の海だったと言う事です。(ボランティア・ガイドさんの弁)
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お庭にまわって。
《高橋是清邸庭園》
港区赤坂にあった高橋是清邸庭園の一部を復元しています。組井筒を水源にした流れと、雲見型灯籠などを含む景観を再現しています。是清は芝生での日光浴や庭の散歩を好んだと言われています。

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蠟梅が一輪咲きだしそうでした。
日当たり良い所なのに、武蔵野は未だ都内と比べると寒いようだ。
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