週末を原村で

非日常性のユッタリした時の流れを信州は原村で。音楽を聴きながら星を眺め!最近は海外の旅の記事もアップします。

#346 -’09. 大晦日の些細な騒動

2009年12月31日 17時51分27秒 | その他
午前中は長閑な穏やかね天候でしたが、午後から強い風が吹き出してきました。
車にガスを入れる為にスタンドへ行きましたが、大混雑です。
給油もですが、お正月を迎えるための洗車の列の長い事。
我が家ではお山から帰ると直ぐに洗車をしています。
今では車の下部面も自動的に洗車できるのでエンカルを洗い流すのに大助かりです。
従って、我が家は今回洗車しません。
長蛇の列を横目に帰宅できました。

午後に自転車で家内と一緒に近所のスーパーに買い物です。
自分は隣の専門店へ。
家内はスーパーへ。
自分が猫の砂と猫缶を買ってスーパーへ向うと家内がいません。
見つける事が出来ずに何度も探せど見つかりません。
居るはずのスーパーの店内に家内の姿が見当たりません。
所定の場所に自転車はありましたが、家内の姿は無しです。

家内は家内で自分を見つける事が出来ずに私の携帯へ電話を何度もしていましたが、電話のなったことに気が付きませんでした。
自分の自転車を専門店からスーパーに移動した為家内は帰ったものと思い帰宅してしまいました。
自分も家内の自転車が無いことに気がつき自宅へ戻る途中で電話を掛けると家内が電話に出ました。
既に帰宅しておりました。
いつもすれ違いになる我が夫婦。
うん十年も続いているのが不思議なぐらいすれ違います。
それも、お互い携帯電話を持って出かけたのに。
人生とはこんな物なのかもしれません。

夕方薄暗くなると既に東の空に月が昇っておりました。
満月に近いかんじでした。
今はまた、雲に見え隠れしています。

今年一年、つたない自分のブログに訪れてくれた方と友達の皆様へ。
訪問、並びにコメントありがとうございました。
あと、数時間で年が明けて2010年を迎えます。
皆様にとって素敵で素晴らしい年でありますようにお祈り申し上げます。

経済が復興して日本が幸せで素晴らしい国であることを願いつつ。
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#345 -’09. 干し柿の出来映え

2009年12月31日 00時00分01秒 | お山の日記
今年は渋柿を入手する事が上手くいかずに、11個しか作る事が出来ませんでした。

今回の12月のお山訪問は難しい日程調整の中この干し柿を収穫しなければならない為でした。
今年は数は少ないし、収穫時期が少し遅くなり、あんぱ柿がころ柿に近くなりましたが、まずまずの出来ていた。



色調が少し白っぽいですが。




ラップで包むとお店で販売できそうな感じになりました。
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#344. 12月19日の食事

2009年12月30日 00時00分01秒 | 我が家の食事(原村レストラン)
12月19日土曜日の峠の我が家の朝食です。
トーストのサンドに杏のヨーグルトにコーヒーです。



カレーに富士見の生協で買ったアジフライとコロッケを仲良く半分づつです。
カレーの添え物の飲み物は勿論牛乳です。
カレーでなくても牛乳を沢山飲みますが、カレーとくれば牛乳です。
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#343 -’09. 戦場で兵士の心を癒した Lili Marleen

2009年12月29日 13時08分31秒 | 音楽
第二次世界大戦においてドイツ軍から流れた”リリー・マルレーン”。
両軍の兵士を虜にして心を癒した曲といわれている。


戦場という場所が地球上にないことを願い。
この様な曲が必要とされる事がない事を願い。



ドイツからすれば裏切り者の連合国に加担したとして人気がないマレーネ・ディートリッヒのようですが。
曲自体は枢軸国も連合国にも人気を博した歌です。
ディートリッヒのドイツ語バージョンで。
Marlene Dietrich Lili Marleen



ベラの英語バージョンで。
Lile marlene british version vera lynn


イタリア語バージョンで。
Lili Marleen-italian version


フランス語バージョンが見つかりませんでした。
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#342 -’09. 12月19日の日記

2009年12月29日 00時00分01秒 | お山の日記
18日の深夜に発ち、日付も変わった19日に峠の我が家に到着しました。

後数日で2009年も過ぎ2010年を迎えようとしていますから、少し陳腐化してきていますが、細くなる記憶をたどり。

冬にしては金曜日の深夜に東京を発ち日付も変わった頃を見計らい高速を下りる予定できましたが、時間調整が必要でした。
今回は、計測と雪道の件もあり諏訪南ICで下りる事にしました。
土曜日になり八王子から1000円で到着です。
諏訪南から先は滑り止めなどのチェーン規制がされていました。

ズームラインに下りると雪道でした。
峠の我が家に車を入れる為に雪をかく必要もなく敷地内に入る事ができました。
車のトランクには自分用の長靴を入れてあります。
雪深くなるとスニーカでは雪が入ってしまうため、冬のこの時期は入れっぱなしです。

夜中も雪が降っていましたが、夜が明けてみるとそれ程の積雪はありませんでした。
でも、除雪車がでてくれていましたから、5センチは越えたのかも。



我が家定番の”たてしな自由農園”です
此処まで下るとそれ程雪も有りませんでした。



吊るし雛のように干し柿が吊るされておりました。
我が家も干し柿の収穫をせねばならないため、24時間にも満たない滞在で今回はお山に来ました。



我が家のお茶菓子の定番のそばドラです。



お正月もジャスト・アランド・ザ・コーナーです。



八ヶ岳の嶺は雲の中でした。



野菜なども買いましたが、この段ボール箱に入ったリンゴが値引きされて¥980-です。
家内は分け有り品だと言っていましたが、それにしても生産者の利潤が確保できるのか心配になります。



こちらも同じ¥980-です。
心配になります。



それも三ヶ日ミカンです。
粒は小さいですが、等級も秀が示すとおり大変美味しいみかんです。
まだ食べています。
お正月まで持ちそうです。



続いて今度は富士見のJマートへお邪魔しました。
こちらはたてしな自由農園より少し雪が多い感じでした。
峠の我が家よりすくないですが。
このところ用事もなくトントご無沙汰していたJマートでお買い物です。
補充用の不凍液など買い足して次の買い物お店へ向いました。



着いたお店は富士見の生協です。
生協の駐車場からパノラマスキー場の雪が見えます。
今回は午前中のためか前回のように混んではいませんでした。




原村の外れから富士見の境、県道17号からエコーラインに入ったところ。
此処からの富士山の眺めはご近所では一番良いので生協の帰りに寄ってみました。
予想通り素敵な富士山を仰ぎ見る事ができました。




同じ所から視線を左に振れば八ヶ岳の南麓が一望できます。
今回は八ヶ岳の峰々は雪雲の中でした。





富士山の雄姿をながめてから、エコーラインに入り深山の交差点からズームラインに入った時の写真です。



ズームラインも鉢巻道路直前の所です。
午前中ですが既に雪は止んでおりました。



こちらは八ヶ岳美術館の前も過ぎて間もなく鉢巻道路のお別れするところです。
正面は美濃戸口方面です。
携帯電話の簡易録音に鉢巻道路走行時の外気温が記録されておりました。
記録によると、−8℃との事です。
本日は大変冷え込んでいます。



カレーの昼食も済み、家内はブルーベリーを解凍してからジャムを造っていました。



今回は日付の変わった深夜に到着して、目が覚めて朝食です。
お昼も峠の我が家で食べました。
今回は同じ日に峠の我が家を発たねばなりません。
如何しても空けることの出来ない用事が明日の日曜日に早朝より入っています。
ですから今夜中には東京に着かねばなりません。
最近では、滞在時間が24時間に満たない事はまれですが、いたしかたありません。

16時間に満たない滞在で、二度の食事を作った家内からの提案です。
夕方早めに水抜きして、リゾナーレに寄ってイルミネーションを見物して食事してから帰ろうとよと。
ナカナカ良い提案なので勿論直ぐに賛成して、帰り支度を始めました。
食事は小淵沢の山水楼龍淵かインター隣の包包で夕食を摂って帰ることになりました。
ネットで中央高速の渋滞情報を見ると我が家が一般道に下りる調布を先頭に10キロ弱でした。
その外は定番の小仏トンネルの渋滞もありません。
夕方には何故か調布を先頭に渋滞します。
それでも、イルミネーションを見物して食事をして140キロ先の渋滞まで数時間掛かります。
その頃には渋滞も解消しているはずです。
忘れ物に注意しつつ峠の我が家を出発してリゾナーレでイルミネーションを拝見しましたが、峠の我が家より数度暖かいですが、それでも氷点下です。
寒いし未だお腹も空いていないので中央高速に入る事にしました。



SAやPAの大きいところは好まない自分ですが、今回は眠くなり談合坂に寄る事にしました。
眠い時は、家内が売店などで買い物を出来、時間がつぶせるところを選ぶようにしています。
眠くなったのも談合坂の手前でしたし此処で15分間の仮眠を取りました。
家内が野沢菜に包まれたおむすびと、海苔おむすびを買って午後6時半過ぎに戻ってきました。
今夜の夕食を安くて美味しい満足の物でした。
外食がおにぎりに化けましたが、ご飯が好きな自分としては御の字です。



本線に戻る時に綺麗にライトアップされたイルミネーションがありました。

調布インタの渋滞も解消して問題なく我が家に到着する事が出来ました。
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#341 -’09. 亡き友を想い

2009年12月28日 20時39分17秒 | その他
皆さんは年賀はがきを書き終えて出しましたか。


老人は過去の栄光を思い出し。
青年は未来の栄光を夢見ると言いますが。

今は亡き友を想い。
最近ではその友人とそれ程遠くでもないのに年賀状だけの付き合いが続いていた。
今,年賀状を作成する季節になり想い出す亡き友の顔。
その友へ年賀状を出す必要が無くなってしまった。
時は過去に戻ることは出来ない。
でも、自分の心の中だけでは瞬時に友と時を歩んだ出来事が想い出される。
想い出。思い出。意味の違いがあるのかは分らない。
しかし、その友と過ごした過去の一ページを思うと、思い出ではなく何故か想い出と書きたくなる。

彼が生まれ育った故郷は、お隣の神奈川県。
それも小田原である。
小田原は湘南に含まれないかも知れないが、典型的な湘南ボーイである彼。
小田急線で通っていた、その終点である。
大学二年まで電車通学していた。
その後は下宿に切り替えた。

彼はいつも私に言っていた。
小田原は良いよ。○○ちゃん。と。
(○○は自分の愛称である。学校に上がる前から大学その後も人生においても親しい友から呼ばれている愛称である。)
小田原は青い海もある。
城跡もある城下町だよ。
その直ぐ後ろは箱根の山だよ。
いつも自慢していた友。

大学に入り学部が同じで、あいうえお順が近く一番最初に親しく成った友。
学校でも学校が終わった後もいつも共に行動する事が多かった、そんな友。
小田原の生まれ育ちと言う事もあり、お互い海が大好きで夏はテントを背負って海岸でキャンプしていた。

最後の旅行は卒業後である。
それも突然に実家の我が家に訪ねて来た。
人生に悩み現実逃避と言った感じに。
友は小田原市の職員、地方公務員である。
どう見ても似合わない職場である。
自分はまだ、ポストグラデュエートのニ年間の院生生活であった。
職場の同僚との恋愛に悩み相談に来たのである。
電話もなく、車を飛ばして突然来たのである。
悩んでいる内容が分かっても的確な助言をするだけの人生経験も無かった。
彼に取るべき指針を示す事もできなかった。
一緒に旅行に行く事にして、彼の車で出発した。
これ程の美しい湖は見たことが無いと思った五色沼へ。
そして尾瀬へ。
尾瀬といっても群馬県側からではなく、この時は福島県側の桧枝岐から往復半日程度のハイキングであった。
その後、上高地に迄足を伸ばした。
今では釜トンネルから先は一般車は入れないがその頃はまだ入れた。
彼が悩んだ事柄について的確な助言も出来なかったが、彼自身が結論を出せたようである。

お互い海が好きで色々の所に行ったのに、何故かこの時は山の中ばかり行った。
上高地以外は自分は既に訪問した所であるが、彼は大変喜んでくれた。
小田原に帰り数ヶ月したら、職場を辞めた事を連絡してきた。
彼女との恋も終わったようであった。
それが彼の出した結論である。

そんな友も旅立ってしまった年の瀬です。
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#340 -’09. カトラリー( ナイフ&ホーク)

2009年12月28日 00時00分01秒 | 我が家の食事(原村レストラン)
竜神亭での18−12のカトラリーに魅せられて。

家内がまきひめさんに教えて頂いたのと同じサイトを見つけました。
で、家内に呼ばれた自分が直ぐにネットで購入手続きを行いました。
注文した自分は18−10ステンレスを注文した積りが40%オフに釣られて18-8のステンレス素材のカトラリーを買ってしまいました。
商品が届いてみて裏を見ると18-8の刻印があるではないですか。
狐につままれた感じで再度ネットを見て自分の誤りに気が付きました。

そのはやとちりの成果というか、目にしたくない気もします。

決して悪い物ではないのですが、自分のミスを後々まで目の前にさらされるのが、気になります。















名前も刻印されていますので、大切に使う積りです。


先日届いたお返しのカタログからヘンケルの18-10のカトラリーを注文しました。
ピース数の少ない安い物です。
後日、アップします。
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Phone 168 -’09. 泉岳寺

2009年12月27日 14時00分47秒 | その他
母を伴い泉岳寺へ。


PCからアップ。
義母が以前より行きたいと言っていた赤穂浪士の泉岳寺に寄ってきました。





天邪鬼の自分の事です、吉良は好きでも赤穂浪士は嫌いです。
後日、時間があればアップします。
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Phone 167 -’09. 東京駅

2009年12月27日 11時31分04秒 | その他
母を迎えに来ています。

PCから加筆。
年末最後の日曜日。
東京駅も大混雑と思いきや、それ程混んでいませんでした。
但し、新幹線ホームの話ですが。
下りの新幹線も二割程度の乗車率で出発していきました。
隣のホームには長野新幹線が発車を待っていました。
こちらはそこそこ乗っていました。
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#339 -’09. 今回のスタッドレスタイヤ

2009年12月27日 00時00分01秒 | 
5年履いたスタッドレスタイヤとお別れして我が家にとっては4代目をなる新しいスタッドレスタイヤである。
スキーに行く為に積雪の無い都市部の車利用者にしては恐ろしく早く利用しだした。
と、言うのも何を隠そう。
小海リエックススキー場が新たにオープンしたとの事で、関越の交通渋滞を嫌い中央道へ来た訳である。
時は平成3年頃である。
日帰りスキーであるから、早朝に須玉ICで下りて141号を走りスキー場に到着。
小さなスキー場で変化もなく面白くないので息子と昼食を済ませて帰り支度をして早目に帰路についた。
同じ日の早朝に同じ141号を走っている。
その油断からスキー場の帰り道に路肩の雪の中に突っ込んでしまったからである。
車自体に損傷は無いが雪の塊を跨いだ感じで脱出できない。
JAFに救援要請するもナカナカ到着しない内に、沢山の車がクルクル廻っている。
そんな中、車の中にいるのも危険を感じて寒風に車外で待機した。
沢山の車がスリップしているから案の定私の車にスリップした小型車がぶつかってきた。
今でもその時の道路状況は覚えている。
小海方面から須玉方面に向かい、遅い車にへきへきしていると、ゆるい右カーブの道に差し掛かり登坂車線が現れてきた、これ幸いとトップに入っていたギヤを一段落としてサードへシフトダウンした。
アクセルを吹かし追い越し体勢に入ると共にスピンしてしまった。
カウンターを当てたため、車体が廻る事はなかったがステアリングもブレーキも全く利かない。
路面には雪が無いものの路肩に積まれた雪が日中の日光で解けて、日影になりその雪解け水が道路を流れて再度凍結していたのである。
雪ではないから、路面上は白く見えない。
完全に黒く濡れた道と見え方は全く同じである。
このとき初めてブラックアイスなるものの存在を知った。
その時の運転では犯してはいけないことを幾つもしていた。
その1. シフトダウンしたこと。
その2. アクセルを開けたこと。グロリアのターボ車に乗っていたから急激にトルクの変動をきたしてしまった。
その3. 追い越しを掛ける為、ステアリングを切った事。
夏用ラジアルタイヤではグリップの限界を超えていた。(チェーンは持参していたが付けていません。)

現地に行けば今でも正確に分かりますが、地図上では正確ではありませんが、141号のこの辺りの上りの追い越し車線がある所。
その直ぐ先には橋があることなどです。



その後から、フルタイムの4WDの車にスタッドレスを履くようになった。



今回のスタッドレスタイヤを履いての印象です。

普通の乾燥路面を走って今までと大きく違う印象を持ったので記事を書く気になった。
雪道での印象ではないが、タイヤのサイドウォールが柔らかく感じる。
何かスピードを出してコナーを走るのが不安になるようなタイヤのたわみを感じた。
扁平率もそこそこなのに何故か柔らかく乗り心地重視のようなしなやかさを感じた。
スタッドレスタイヤ自体はスピードを出して走るように出来ていないからこれで良いのかも。
前回の雪の諏訪南インターからのズームラインなどの走行はシッカリグリップしていて大変よかった。
気象状況からいってスリップするような状況ではない。
新雪であるが、気温が低く雪が解けていない。

スタッドレスタイヤは溝やトレッドパターンもさる事ながら、タイヤのゴム(コンッパゥド)が柔らかい事が命のようである。
ネットでスタッドレスタイヤについて調べると、車好きな方はタイヤの製造年月日にまで注意している。
タイヤに製造された週が刻印されていて、タイヤは生ものと同じ用に扱っている人の多いことに気が付いた。
走りに神経を使っている車好きはタイヤにも神経を使っているのに驚かされた。
今回ディーラーでタイヤを発注する時、製造週が新しい事を念を押してお願いした。
自分のタイヤを確認したら2009年の29週に製造されていた。
今年の7月の最終週に製造された物であった。
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#338 -’09. 300本のクリスマスツリー

2009年12月26日 17時00分27秒 | 温泉&宿
星野リゾートから送られて来た小冊子に掲載されていた300本のクリスマスツリーを見学にお邪魔した。

19日の土曜日の夕方です。
この日も大変寒かった。
タイトル&キャッチコピーが異なりますが、昨年も同じイベントが執り行われておりました。




ピーマン通りに入ると。
毎年みていても何故か感動を覚えます。















左右の棟はホテル棟です。
女性の方の先に見えるのはミニスケートリンクです。
その先は南アルプスです。















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#337 -’09. 我が家の18−10ステンレス

2009年12月26日 00時00分01秒 | その他
竜神亭で食事をした時の洋食器が銀食器と見間違いそうな輝きのものであった。
手に取って裏を見てみると18−12と刻印されたステンレス。
銀食器より美しい輝きで、且つ18−8ステンラスより重厚な落ち着いた品のある輝きを放っていた。
早速我が家に帰りネットで調べると、最近では造っていないようであった。
最近は18−10の製品になったみたいである。
それで早速、18−10のカトラリーセットをネットで注文したが何を見誤ったのか普通の18−8の製品が届いた。
慌て者の自分の発注ミスでした。
自宅で調べたら18−10の食器がありましたので、今回はそれをアップします。


肉眼では18−8より美しいですが、写真では殆ど分からないかも。



角度を変えて撮影すると傷だらけなのが見て取れます。
洋食器メカーではない、マリ・クレイルとなっていました。
何処かに造らせて名前だけ付けて販売している物です。
専門のクリストフルなどの物ではありません。
右端の果物用のスプーン以外はマリクレ−ルです。
スプーンとアイスクリーム用スプーンは5本づつ有りましたが、姫フォークのみ3本しかありませんでした。
シンクの野菜屑入れに入りゴミと共に旅立ったようです。
セットで買っていませんから、何かのお返しに頂いたものかも。
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tb. 33 -’09. 流れにさおさす

2009年12月25日 00時04分18秒 | トラックバック練習板
今回(12月21日)のトラックバック練習板のお題です。
「勘違いして使っていた言葉、ありませんか?」


長い間、誤った使い方をしていました。
本来の意味は流れに沿って竿をさし、より一層活きよいをます事のなのに、長い事反対に解釈していました。
竿をさす事は、流れに逆らう事と思っていました。
物事の腰を折る「水を差す」と勘違いしていたのかも。
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#336 -’09. Merry Christmas 

2009年12月24日 20時21分55秒 | その他
自分のブログに訪れてくれる皆さんへ、メリー・クリスマス。
今日はクリスマス・イブ。


クリスマス・キャロルの積りは有りませんが、花屋さんのお兄さんの顔を立てて、小さな小さなポインセチアを
11鉢も買ってしまいました。
花屋のお兄さん「11鉢で千円にしておくから買ってくれないかと?」
自分、「小さな鉢のポインセチアでは、また、ゴミになるだけと怒られる。」と。

11鉢の申し出を無碍に断れずに買って来たのが今回の可愛いポインセチアです。

一鉢あるシクラメンはたてしな自由農園で買った”信州 八ヶ岳 シクラメン”です。


前回載せたデンマークカクタスを構図を変えて撮ってみました。




信州八ヶ岳高原と名打ってありました。



シクラメンが小さな小さなポインセチアを従えて。



小さくても赤く色付いていますから、園芸農家は日光管理をされたみたいです。
ご苦労様です。



小さくても綺麗です。
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#335 -’09. 大好きなエコーライン

2009年12月24日 00時00分01秒 | お山の日記
少し古いですが。 

周りの山々が見渡せるので八ヶ岳エコーラインを走るのは大好きである。
峠の我が家を下り、エコーラインを右折して蓼科方面に向うと正面に蓼科山を眺めて右手に八ヶ岳の山々を。
左手は車山に連なる山々である。
その先には北アルプスが見え隠れする。

反対に蓼科方面から原・富士見と戻って来る時は左手に八ヶ岳、右手には車山や北アルプスである。
正面には時折、南アルプスを望み大変景色の良い道である。

この八ヶ岳エコーラインは広域農道であるらしい。
ベルグさんの小さな売店がエコーライン沿いに出来たと言う事でお店は見えましたが、今回はパスして先を急ぎました。



11月21日午後0時半過ぎ、竜神亭からの帰り道に撮影した物。
ですから、正面に南アルプス方面を望み、左手に八ヶ岳の雄姿を見ながらです。



橋のランカの金網越しに。

















撮影は助手席の家内がデジカメで撮りました。
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