おとらのブログ

観たもの、見たもの、読んだもの、食べたものについて、ウダウダ、ツラツラ、ヘラヘラ書き綴っています。

文楽素浄瑠璃の会

2018-08-19 23:50:30 | 観たもの
「文楽素浄瑠璃の会」に行ってまいりました。孝夫さんがご出演ということでチケットは早々に完売しました。「恐るべし、孝夫さん」です。かく言うワタシもそのクチ、以前から浄瑠璃だけの会があるのは知ってましたが、全然見向きもしませんでしたから。現金なヤツと呼んでください。

浄瑠璃は時代物と世話物が一つずつでした。時代物は「和田合戦女舞鶴」でした。あまりかかったことがない演目だそうです。曲が始まる前に大阪市立大学之久堀先生が解説してくださったのですが、その解説の時点で寝そうになってしまいました。当然予想できる展開ですが、見事撃沈でした。続いての世話物は「吉田屋」だったのでいけるかと淡い期待をしましたが、「吉田屋」と言われると、つい孝夫さんのあの“かいらしい”伊左衛門を思い浮かべてしまい、「うふっ」とエエ気分になっていたら、そのまま夢見心地で終わってしまいました。

 事前にタイムテーブルが出ており、孝夫さんの出番は3時40分ごろと分かっていたので、それを目指して行こうかとも思ったのですが、お席が一番前、これ見よがしで失礼かと思い最初から座っていたのですが、結局ずっと聞いていなかったので、どっちが失礼だったんでしょうかね?とにかく失礼な客で申し訳ございませんでした。

で、お目当ての対談は、睡眠を十分とった後だったので、お目目パッチリ、しっかりお聞きしました。対談のタイトルは「浄瑠璃よもやま話-文楽と歌舞伎の「吉田屋」について-」、司会は産経新聞の亀岡典子さんでした。

 緞帳が上がると、舞台上手側から咲太夫さん、孝夫さん、亀岡さんと座っていらっしゃいました。それぞれの前には箱(テーブル?)が置いてあったのですが、箱の側が伊左衛門の紙衣の柄になっていました。孝夫さんと咲太夫さんはおそろいの柄の浴衣をお召しでした。孝夫さんがデザインされた松嶋屋さんの浴衣だそうです。咲太夫さんが「揃いで着よか」とおっしゃったそうです。お二人は同い年で、小さい頃からよくいっしょに遊んでいたそうです。お父様同士(十三代目さんと先代の織太夫さん)も同い年、織太夫さんの師匠が豊竹山城少掾さんで、その山城少掾さんは孝夫さんのお祖父様のお弟子さんだったそうで、何かとご縁あるので、とおっしゃっていました。咲太夫さんは孝夫さんのことを「孝夫ちゃん」と呼んでいらっしゃいました。孝夫さんは咲太夫さんのことを敬意を表して「おっしょさん」と。

 「吉田屋」の冒頭の伊左衛門が笠を取って顔を出すところ、咲太夫さんは孝夫さんの顔を思って語っていらっしゃるそうです。やっぱりそうですよね。伊左衛門といえば孝夫さんです。でも、孝夫さんは最初に伊左衛門をなさった時は全然出来なくて、嫌で嫌でたまらなくて、逃げ出そうかと思ったくらいだったそうです。今でも、まだまだだと思っていらっしゃるそうで、理想はお父様の伊左衛門、ビデオでスローにして、お父様の演技を分解して真似ようとしてもできないそうです。舞台上でちょっとそれをやろうとして「やっぱり出来ひんわ」とふにゃとなった孝夫さん、萌え~でした。っていうか、萌えポイント続出で、頬が緩みっぱなしでした。

 咲太夫さん、「吉田屋」の舞台になっている新町の廓のこともかろうじでご存知で、扇屋も吉田屋もあったそうです。すごく具体的にあの通りの曲がったところって感じで説明してくださって、おそらく厚生年金がある辺りなので、何となく想像できて興味深かったです。大阪の話は地名がわかり、ある程度の場所もわかるので、聞いていて面白いです。咲太夫さんはとても博学多識、孝夫さんも初めて知ることが多いようで、何度か言い訳するように「僕、何も知らんからぁ」と柔らかい大阪弁でおっしゃっるんですが、これも萌え~ポイントでした。

 義太夫狂言って大阪弁だと思っていたら、あれは義太夫訛というそうです。大阪弁とは少し違うそうです。イマドキの役者さんは訛がぐちゃぐちゃ、咲太夫さんは聞いていて「おいおい」と言いたくなるとおっしゃっていました。習いに来てくれたら、尋ねてくれたら教えるのに、誰も来ないと。孝夫さんは今でもわからないところがあると咲太夫さんに電話して教えを請うとおっしゃっていました。そのぐちゃぐちゃな役者さんって誰なんでしょうね?ひとり、ふたりって感じではなかったですね。お若い人たちはみんなそうみたいです。ただ、ぐちゃぐちゃのほうが圧倒的に多いので、「多勢に無勢」で、言っても通じないと咲太夫さんが嘆いていらっしゃいました。

 対談の時間は1時間で、あっという間に過ぎてしまいました。お話を聞いているとまた孝夫さんの「吉田屋」が見たくなりました。夕霧はもちろん玉ちゃんでお願いします。そうそう、伊左衛門は“若旦那”ではなく“ぼんぼん”なんですって。あー、何かわかります。そう、“ぼんぼん”よね~。
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6 コメント

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ぼんぼん! (yumick)
2018-08-20 08:44:54
  おとらさま、レポ有難うございました!伊左衛門が「ぼんぼん」というのは神戸育ちの私にもよ~く分かります(^^♪だから「かいらしい~」のですよねぇ~ 楽しく読ませて頂きました♪
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タイトル (おとら)
2018-08-20 23:21:28
yumickさま
タイトルに偽りありでした。「素浄瑠璃の会」のレポにはなっていませんね。対談のレポでした。お楽しみいただけたようでよかったです。

素の仁左さま、“萌え~”まくりでした。こういう素で出るってお苦手だそうで、いつもお断りされるそうなんですが、マブダチの咲太夫のおっしょさんということでお引き受けされたそうです。咲太夫のおっしょさん、誘ってくださって有難うございました。

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ぼんぼん (まるこ)
2018-08-21 22:11:59
孝夫さんのぼんぼんは、極上の「あほぼん」です。^^
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年齢不詳 (おとら)
2018-08-21 23:16:40
まるこさん
仁左さまは伊左衛門のことを「年齢不詳」で演じているとおっしゃっていました。それが“かいらしいあほぼん”なんでしょうね。
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素浄瑠璃への道 (京にんじん)
2018-08-22 08:55:05
素浄瑠璃は聴いたことはありますが、この「会」はわたしも初めてでした。
まわりの人は、自分でもおやりになっているお仲間のようで、お隣さんは『和田合戦女舞鶴』で子どもが犠牲になる話には、ハンカチを目元にあてていました。
わたしは字幕の日本語はいまだにすんなりとは理解できなくて、日本人として情けない限り。どうも人形の動きを言葉にして理解しているようで、素浄瑠璃を楽しむレベルにはまだまだ達していないです。

座談会は面白かったです。
仁左衛門さんが、同じ演目の文楽と歌舞伎での違いの例に「沼津」を挙げておられました。歌舞伎では十兵衛がいきなりお米を嫁にくれという、あれはヘン、文楽のほうはもっと過程がわかるようになっている、歌舞伎のアレを最初に考えた人はエラい、とおっしゃってました。仁左衛門さんの十兵衛、いいですよね。見たくなりました。

仁左衛門さん、東京と大阪では集客に大きな差がある、みなさんおひとりが10人づつ誘ってお越しになれば、大阪でも毎月歌舞伎ができるようになる...とおっしゃっていました。でも、東京にいると、選ぶのが大変だろうというのは、負け惜しみです。
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道険し (おとら)
2018-08-23 23:39:04
文楽でお人形を見ていても途中で寝てしまう私には、いきなりの素浄瑠璃はとてもハードルが高かったです。太棹の音色は好きで、前奏が始まるとワクワクするのですが、そっから先へ進めません。

来月の秀山祭、吉右衛門さんの「俊寛」は葵太夫さんが全段語られるということで、話題になっていますが、「大丈夫かしら」という一抹の不安があります。

座談会は気心のしれたお二人で、司会も亀岡典子さんだったので、充実していました。「沼津」は何年か前の南座の顔見世で我當さん、秀太郎さんとご兄弟三人の「沼津」がよかったです。
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