book509 歌枕殺人事件 内田康夫 双葉社 1990 <斜読・日本の作家一覧>
さいたま市の図書館で定期的に開いている本のリサイクルをのぞき、内田康夫、歌枕にひかれ、この本をリサイクルしてもらった。
内田(1934-2018)氏の本は何冊か読んでいる。舞台となる各地の知見を物語に織り込んであり、知識が広がるばかりでなく旅心も誘われる。
歌枕は教科書でも習う。広辞苑ではP31・・古歌に詠みこまれた名所・・と解説されているそうだ。
内田氏は末の松山を例にあげ、P32・・現在の宮城県多賀城の国府に赴任した役人が地方民謡の一節を都に伝え、やがて洗練された歌のテーマに昇華し、藤原興風「浦ちかくふりくる雪は白浪の末の松山こすかとぞ見ゆ」として末の松山が歌枕に採用され、P21・・「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは」(清原元輔)のように愛の約束事として比喩的に用いることが定着した、と歌枕には歌人に通じる約束事が込められていると語る。
この本では歌枕「末の松山」が重要なキーワードで、浅見光彦が事件を解き明かす。浅見光彦シリーズは1985年ごろから始まったらしいので、この本は浅見光彦作品としては比較的初期になる。
冒頭、朝倉義昭が「白浪、松山を超ゆ」と手帳に記し、意識を失ったまでがプロローグになる。
・・朝倉はP26で末の松山の松の木の下で他殺体で発見される。白浪が松の木を越えるだろうか、末の松山とはどこか、なぜ朝倉は殺されねばならないのか、が読者に与えられた謎であり、浅見がその謎を解いていく展開になっている。
第1章カルタ会の夜 浅見家で開かれるカルタ会に東京都カルタ大会女王の朝倉理絵が参加する。・・理絵は冒頭で殺された朝倉の一人娘である。
浅見家の家族構成、光彦の立場などが紹介されているのは浅見光彦シリーズが初期であることをうかがわせる。光彦のカルタの腕前も披露されていて、内田氏がカルタに熟達していることをうかがわせる。
光彦は理絵から、朝倉は歌枕を訪ねるのが趣味で、手帳に記された「白浪、松山を超ゆ」の前には仙台の山奥の同じく歌枕の名所である「有耶無耶の関」が書かれていたことを聞き、有耶無耶の関に手がかりがあると直感する。
第2章有耶無耶の関 光彦と理絵は、かつて朝倉の事件を担当した多賀城署の千田に会いに行く。途中、多賀城の岡の上の末の松山に立ち寄る。二本の松のあいだが朝倉が発見された場所だが、海はかなり遠いので「白浪が松山を超える」のは見えない。
多賀城署の千田は、12年前の有耶無耶の関での事件のとき、宮城県大河原署勤務だった・・第3章の女性殺人事件の伏線。
仙台のホテルに泊まった光彦は、レストランの隣に座った窪村の会話が耳に入る・・第3章の岩手の末の松山の伏線。
光彦と理絵は有耶無耶の関に向かうが雪で断念する。代わりに民俗資料館を訪ね、3年前に朝倉も訪ねていたことを聞き取る。・・3章では窪村は3年前に民俗資料館開設記念行事で特別講義を行っていたことが分かる・・窪村も伏線か。
第3章本物の「末の松山」
朝倉が立ち寄った土産物店から青根御殿を聞く。青根御殿を訪ねた光彦と理絵は、女将から12年前に末の松山に関心のある女性客が殺されたこと、1週間ほど前に窪村が泊まり、岩手の末の松山の話をしていたことを聞く・・この二つが伏線として絡み合う。
光彦は、P89・・事件の謎が深く、神秘的なほど魅力を感じ・・ヴェールを一枚一枚剥がし事件の素顔が見えると感動・・と語り、P92・・千田に12年前の殺人と朝倉の繋がりを直感する。
第4章教授とその弟子 12年前の被害女性は東京の教師で、母宛の葉書には、奥の細道の旅をしていて有耶無耶の関で歌枕を訪ねる人と意気投合したらしいことが記されていた。その後、暴行され、殺され、遺棄されたようだが遺留品は見つかっていない。手がかりは血液型Aと指紋一つだけである。
光彦は窪村の評論集を買い求め、その一節「歌枕の成立と意味」に「みちのくには末の松山が四ヶ所もある」という文章を見つける。そして、P108・・この目で見、この耳で聞いているはずの出来事の、本当の意味に気づかず通り過ぎてしまったような、苛立ちと悔恨を感じる。
ホテルのレストランに窪村たちが現れる。光彦は、窪村たちが席を立ったあと一人残った助手の浜田弘一に話しかける。
役者が出そろった。この先は、第5章白浪、松を越ゆ、第6章肉薄と敗退、第7章名こそ流れて、エピローグ と展開する。
光彦は12年前の殺人は窪村と目星をつけ、千田と協同して窪村を追求するが、確かなアリバイがあり敗退してしまう。理絵も父の犯人捜しをあきらめると言い出し、さらに浜田とドライブに出かけてしまう。光彦らしい事件解明は読んでのお楽しみに。
どちらかといえばダイナミックな展開、息詰まるスリリングさ、明晰な推理の方が私好みだが、旅情ミステリー作家内田氏は代わりに、今回は歌枕の旅のような旅の楽しみ方と、じっくりと調べ上げた知見で読者を楽しませてくれる。次回の本のリサイクルでこの本を次の方にリサイクルしたい。 (2020.2)