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1998 緑は生活を守り、食をなし、暮らしを彩る、これぞエコロジカルなライフスタイル

2017年05月09日 | studywork

1998「日本集落空間のローテク 集落の環境共生術」 建築雑誌1998年3月号に投稿した記事の再掲である。写真図はホームページ参照。

1 はじめに
 原初的な住まいでは、エコロジカルであることがその土地に生きるための必須条件であった。何故なら、その土地に生きるとはその土地に固有の風土のもとに生きることであり、機械的な技術を用いない住まい方では、エコロジカルな体系との共生がもっとも生存にかなっていたからである。
 そのため、土着的(ヴァナキュラー)な建築空間にはその土地に生きるための、つまり生態的(エコロジカル)な体系と共生する人間の知恵の堆積が色濃く表現されることになる。

 エコロジカルな体系と共生する住まい方(ライフスタイル)は、エコロジカルを志向する故に機械的な技術とは相容れず、表題にあるローテク(非機械系)に一致する。
 21世紀を目前にして、エコロジカル、ローテクが議論されねばならない理由を本稿の観点からあげれば3点ある。一つにそれが地球環境への負荷が小さいこと、二つに機械化された環境に対し健康性に優れていること、そして三つに地域に固有の文化を形成していることである。
 20世紀において機械化は加速度的に進展した。エコロジカルな体系と共生する人間の知恵は、次々と機械に置き換えられていった時代ともいえる。その結果として、いま環境負荷、生命と健康、地域文化における大きなツケを負わされることになってしまった。

 ツケを払いながら豊かな21世紀を築くためには、エコロジカルな生命循環型ライフスタイルを基本体系とし(ローテック)、体系の仕組みを損なわない範囲で機械系(ハイテック)を取り入れる混成系(ハイブリッド)を目指すべきであろう。以下に環境共生を目指したヴァナキュラーな日本の集落空間を紹介する。混成系の一助になれば幸いである。
2 環境材との共生術
 写真は世界遺産にも登録された岐阜県白川村の合掌造りである。背景の山並みは豊かな山林に覆われていて、雨を大量に保水する。保水された水はゆっくりと下り川に向かうが、途中で人為により迂回し、水田を潤してから川に下る。民家は山際などの少し高いところに立地し、山並み・民家・水田・川の構成を作りだす。大なり小なり日本の農村集落に共通する景観構成で、同様の景観は歴史的な佇まいをいまに伝える農村であればどこにでも見ることができる。
 ところで、あたりまえながら山は土でできていて、土より生えた木が山を覆い、田は土でできていて、稲穂が実る。木も稲穂もいずれ朽ち土に戻るが、木は木材として、稲穂は米や藁として、人為により循環を迂回する。民家を構成する骨組、床や壁、屋根はこの迂回させられた木材や藁であり、土間、土壁、障子など、そのどれも土か土による植生であって、結局のところ景観のすべてがその土地の土と植生で形づくられているに他ならない。
 言い方を変えれば、空間を構成する素材のすべてがその土地の環境材で成り立っているのである。結果として、人は環境材を用いる技術と表現を共有し地域に固有の文化が形成されることになる。また環境材は、自然のリズムで呼吸するエコロジカルな素材であって、生命体である人の健康にもかなう。さらに、建築の形成や廃棄の過程ででる廃棄物を生態系のなかで処理することも可能である。
 環境材の価値はもっと評価されてよい。

3 土地がらとの共生
 水の流れが山・家・田・川の空間配列を決定づけていることは上に述べた。この構成は背山臨水型と考えてもよく、山がちな日本の農村集落の空間配列の基本となっている。ところで山から離れた立地も少なくない。この場合でも、水が空間配列を決定づける基本は変わらない。
 図は埼玉県北川辺町の民家断面である。このあたりは利根川流域にあたり、昔から大きな洪水に悩まされてきた。洪水が多いということは低地であることを意味し、農業用水利に適した土地ともいえる。
 そして江戸の発展にともない新田開発が盛んになされるようになった。旧集落は、洪水に耐えられるほど標高の高い自然堤防に立地していたが、新田の場合は自然堤防から遠いうえ開発が数戸単位で行われたため、少しでも標高の高い微高地を求めて散居の立地となった。
 ちなみに図に近い自然堤防立地の旧集落は居住地と水田のレベル差がほぼ1mと一定していた。平野部では標高差、つまり洪水時の水位差の目安は1mほどで、この差が居住地の立地を決定する要因と考えられる。

 図あたりの微高地ではこれだけの標高差をとることができず、洪水との知恵比べが始まった。その結果が図1の盛土であり、一般に水塚と呼ばれている。家によっては2mに近い盛土がなされているが、盛土を高くすればするほど洪水には安全だが土木工事が大変で、そのうえ日常生活に支障がでる。そこで工夫された方法が、短周期の洪水レベルを基準に納屋部分を低く、中周期の洪水レベルを基準に母屋部分をやや高く、そして長周期の洪水を想定して蔵部分をもっとも高くする盛土である。
 その土地の条件とライフスタイル、ここでは危険洪水の頻度と水田経営を基盤とする生活動線を勘案し盛土によって対処する方法は、理にかなっていて、しかも環境を損なわない利がある。

4 緑との共生
 水塚では土留めのため屋敷林が植えられるが、屋敷林は関東地方の季節風を防ぐことも兼ねて北側に喬木が寄せられる。対して南側は、日照確保やアクセスを考慮して低木と庭木で構成される。緑の構成では、防風=裏=北、日照=表=南が空間配列を決定づけることになる。
 屋敷内の樹木は多い民家で40種、300本をこえる。遠望すると小さな森と思えるほど豊かな緑で、屋敷内にはいつも清浄で湿潤な空気がただよう。暑い夏の日でも木陰は涼しく、心地よい。樹木はまた小動物の住みかでもあり、安らぎをもたらす。さらに、樹木種ごとに花が咲いたり、実を付ける時期が異なり、居ながらにして四季の変化を感じ取ることができる。屋敷内の柿や栗、桃はむろん食用であり、樹種によっては薬用としても用いられる。
 上杉鷹山で知られる山形県米沢の旧開拓地では、沿道沿いに120種もの樹木が植えられていて、薬用、食用、用材などに活用された。そのうえ樹種の多さは四季折々の絵になる風景を作りだしている。

 写真は西風の卓越する島根県斐川町の屋敷林である。塩気の強い地味のため黒松が選ばれ、屋根の高さほどで剪定されて、屋敷地西側に緑の屏風を作りだしている。地元では築地松(ついじまつ)と呼び、競って力強い形に仕上げようとする。強風を防ぐための屋敷林を屋敷地の舞台背景として、言い換えれば用を美に仕立てようとする粋が感じられる。
 緑は身近な存在であるが、人が共生を目指した途端、生活を守り、食をなし、生活を彩り始める。エコロジカルなライフスタイルのもっとも優れた点はここにあるのではないだろうか。
 日本の集落空間では自然をよく見極め、巧に共生を図ってきた。21世紀の混成系に大いに活用されたい。

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