goo blog サービス終了のお知らせ 

気がつけばふるさと離れて34年

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

「ドイツと日本を結ぶもの」(日独修好150年の歴史)

2017-02-08 17:16:32 | 読書

2011年は日独修好通商条約が締結されてから150周年の記念の年でした。

それを記念して日独でさまざまな催しが企画されていましたが、日本で東日本大震災が発生し、多くの催しは開かれませんでした。

限られた数ではありましたが、開かれた展示会のひとつが2011年11月6日から翌年2月5日までマンハイム市での「遠来の友」と題されたものでした。

好評を博した展示会だったので日本での巡回展示が企画され、2015年7月7日の国立歴史民俗博物館での展示を皮切りに、
長崎歴史文化博物館、鳴戸市ドイツ館、横浜開港資料館で展示会が開かれました。

これはその時のカタログです。


昨年、一時帰国した友人のお兄様が横浜での展示会をご覧になりカタログを購入されたのだそうで、彼女が譲り受けてきたのを
今、私がお借りしているのです。

200ページ以上もあり、びっしりと日独友好の歴史が綴られているので一部しかご紹介できませんが、とても良い資料なので
私もいつか入手したいと思っています。

はじめのご挨拶部分は日本語と独語で記されていますが、後は全て日英なのは翻訳者の関係なのかどうかわかりませんが、独語か英語かに統一したほうが良かったように思います。

夫も目を通しましたが、化学者の夫が一番興味を示した箇所は第一次世界大戦で敗者となったドイツが財政難に陥っていた頃、
日本人の星一(ほしはじめ→星薬科大学の創立者)がドイツ化学会に対し、200万マルクの寄付を行い、その基金からドイツは3人のノーベル化学賞の受賞者を生んでいるというところでした。

以下の写真は星薬科大学の竣工式に星氏への感謝を述べるためにドイツ特使として参列したノーベル化学賞受賞者のフリッツ・ハーバーご夫妻と星さんです(1924年)。


ベルリン工科大学の125周年記念式典でドイツ学会への貢献を讃えて星さんは名誉会員になりました。


かつて多くの日本人科学者がドイツ留学をしていました。
そんなことからこの星基金が生まれたのだと思いますが、他国の学術研究のために資金を提供するなんて、
自国の産業を優先するために他国を排斥するような現アメリカ大統領に聞かせてあげたいような美談だと思います。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

時事ひとりごと − 24 ( 難民 )

2017-02-05 20:35:14 | 時事ひとりごと
先頃マルタ島で開かれたEU首脳理事会での主要テーマは「難民問題」でした。

昨年の春からケルンの大聖堂では開催国マルタの軍隊によって没収された「難民ボート」が
陳列されていました。



難民100名を乗せたこの古い漁船はリビアからイタリアに向かう途中で、地中海を漂流していたところを
マルタ軍に救出されたのです。

この難民ボートに乗せてもらうために高い料金を支払った難民には荷物も食料も水も持ち込むことは許されていませんでした。

小さな船に詰め込まれて窒息死した人もいるそうですし、生存者の多くは意識混濁、呼吸困難状態だったということです。

この難民ボートはケルンの大司教がマルタから取り寄せ、昨年の「聖体の祝日」に祭壇として用いられました。

今年からはケルン大司教区内の教会で巡回展示されます。
我が家の近くの教会では3月中旬から展示される予定です。

この「難民ボート」を私はまだ見ていません。
写真は友人のクリスマスカードに貼ってあったもので、上記の文章も友人の説明文を引用させていただきました。

昨年の「難民ボート」を祭壇として使ったミサで大司教は
「ボートにはキリストが乗っておられる」と述べられたそうです。

この言葉を聞いて、先日読んだ遠藤周作著「沈黙」を思ったことでした。
日本で現在、映画が公開されているという報道を耳にして、iBooksで購入しました。



この本では弾圧される隠れキリシタンの惨状にポルトガルの司祭が
「基督は何故、沈黙されているのだろう」と問いかける描写があります。

難民の中にはテロリストもいるという危惧があるようですが、生命の危険を犯してまで祖国を見捨てて
外国に向かうのはやはりとても厳しい状況に置かれているからなのでしょう。
難民の人々がこの苦難を乗り越え、いつか祖国に戻れる日が来ることを願っています。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする