愛読しているインターネット新聞「ほぼ日刊イトイ」で糸井さんが岩手出身の彫刻家、舟越保武に言及していた記事を読み、
須賀敦子さんのご著書のことを思いました。
須賀さんの本の表紙には舟越さんの次男でやはり彫刻家の舟越桂の作品がカバー写真として使われているからです。
「遠い朝の本たち」の解説は保武氏の長女、桂さんのお姉さまの末盛千枝子さんが書かれていますが、
須賀さんを彷彿とさせる凛とした静謐な文章です。
「遠い朝の本たち」は幼時から学生時代までに須賀さんが手にとられた本の随想が書かれています。
この本で取り上げられている中で私も読んだ本はデュマの「三銃士」や「アンデルセン童話集」、「星の王子さま」、ホーソーンの「緋文字」などしか
ありませんが、須賀さんの本にまつわる随想文がとても素敵でいつか機会があったら目を通してみたいと思うものばかりです。
一冊だけ青空文庫でダウンロードして目を通したのが森鴎外の「渋江抽斎」です。
渋江は江戸時代末期の医師・考証家・書誌学者で鴎外の著書ではこの渋江家の家系が累々と述べられているのですが、
とても難しかったです。ただ後半、未亡人となる五百(いお)さんという女性がたくましく描かれていて、朝の連ドラ「あさが来た」を視聴するたびに
五百さんと共通点があるなぁと感じます。
でもやはり読書も自分の身の丈にあった書物を選ばないと消化不良を起こすと痛感しました。
「遠い朝の本たち」で一番魅かれたのは「蘆の中の声」というタイトルで記されているアン・モロウ・リンドバーグの本です。
アンはあのスピリット・オブ・セント・ルイス号で大西洋横断に成功したチャールズ・リンドバーグの奥様です。
大西洋横断のことを記した本「翼よあれがパリの灯だ」は世界的に有名ですね。
私は「遠い朝の本たち」で初めて知ったのですが、1931年にリンドバーグ夫妻はアメリカから北廻りで「東洋」へのルートを探るための
飛行の途中、千島列島の蘆の茂みに不時着したのだそうです。
見知らぬ土地の蘆の茂みの中で救助を待っていた時の様子をアン・モロウ・リンドバーグがその後、エッセー集の中に納めたのです。
夫妻が蘆の茂みの中にいたのはどれ位の時間だったかはわからないし、茂みの中から聞こえてきた人間の声は彼らにはわからない言葉(日本語)だったけれど、でもこの声は彼らにとっては死から救ってくれることを意味していました。
その声を描写した須賀さんの言葉がとても印象的です。
「人が孤独の中で耳にする人間の声のなつかしさ」
人間の声があふれている所ではわずらわしく聞こえるかもしれないけれど、このような状況では「なつかしく聞こえる」ものなのでしょう。
これは例えば、異国で暮らしているときに耳にする母国語も似たようなものでしょうし、標準語の中で聞く「ふるさとの訛り」も同じようなものかもしれません。
啄木の以下の短歌を思い出したことでした。
「ふるさとの訛り懐かし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」
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