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いつも思う

2011-03-15 01:12:10 | Weblog
3月11日午後3時前、三陸沖でマグニチュード8.8の巨大地震が発生した。

同時刻、会社のオフィスで座って仕事していました。
なんだかめまいがするなあ、疲れているのかなと思ったのですが、その後明らかにビルが揺れているのが感じ取れました。
ゆーらゆーらと前後左右に振幅も不規則に揺れるので気持ちが悪くなりました。
オフィスは騒然。
地震だ。
激しい揺れが来るのかなと身構えましたが、同じ状態が長く続きました。
こんな長周期で揺れる地震は初めての経験です。
南海沖地震が発生したのだろうかと、実家の心配を始めたら、インターネットを早くもチェックしていた人が三陸沖の地震だと周りに伝えていました。
その後、3時過ぎにもう一度ふらふらと揺れが伝わってきました。
余震のようです。
東北地方の地震が大阪まで伝わるって、どんな巨大地震なんだろう。
またいっぱい人が死んじゃうんだろうな。
これだけ距離が離れると、長周波の揺れしか届かないんだ。
その時はそんなことが頭に浮かびました。

深夜まで残業して、帰宅すると、TVは地震のニュースばかり。
視聴者撮影の津波の映像が目に焼きつきました。
津波ってゆっくりゆっくり、でも何者にも制されることなく、着実に破壊をもたらしつつ進むものなんですね。
山懐の町が破壊されていくのを見てそう思いました。
別の映像では、開けた農地の上を瓦礫と家を載せてすすむ津波が。
平面的に立てられたドミノが倒れていくような光景。
あるいは溶岩流か。
水がそんなことをしているようには見えませんでした。
その容赦のなさに唖然としてしまいました。

翌朝は新たな津波の映像が放送されていました。
津波が襲った後の町は干潟のように水が薄く張った平地が残り、家が建っていたと思われる基礎の枠だけが、昔そこに何があったのかを示すだけ。
動くもののまったく無い町の跡。
そんな映像を見た後、いつもの土曜と同じよう、テニススクールへと出かけました。
TVの前から離れれば、普通の土曜日。
洗濯をして、テニススクールへ行って、ドライブし、飯を食う。
私にとってはいつもの土曜日。
でも被災者の方々にはそんな普通の生活などあり得ない。
この差はなんなのだろう。
家から6時間もあれば行き着けた土地は今は無いも同然。
小さな日本列島のどこに住んでいるかで運命は変わってしまう。

余震の字幕や、避難所の長い列、原発の会見、瓦礫の山。
TVの前にいると事態の深刻さに、防衛本能が麻痺させた想像力であっても汗する手のひらを、ズボンに押し付ける自分がいる。
なのにTVから離れると目の前の日常の事共で意識は占められる。
こうした事態が発生すると自分は観察者となる。
事態を見ている自分も観察対象となる。
その鈍感な感情にお前は一体何者なのだと自問する。

たぶん当事者となった時は慌てふためき、あるいは呆然自失し、何もできないのだろう。
きっと怖いのだ。
何もできない自分に気付く事が。


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