風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

空が飛んだ

2018年05月03日 | 「新エッセイ集2018」

 

空を飛んだ、でもなかった。空へ飛んだ、でもない。空が飛んだ、なのだった。
ふと窓へ目をやったら、鳳凰が羽を広げたような白い雲が、窓いっぱいに広がっていた。おもわず空が飛んでいると思った。大きな白い羽を広げて、飛んでいるのは雲ではなく空だった。
それは一瞬の錯覚だったけれど、錯覚であることを確かめる前に、カメラを持って外へ飛び出していた。とにかく何かが飛んでいるという、その不思議さに突き動かされたのだった。

すでに空には、何者も飛んではいなかった。
それらしい雲の痕跡はあった。すこしくたびれた羽のような雲が広がっていた。それを無理に鳳凰に見立てることはできた。だが、すでに飛ぶことを諦めた鳥のようだった。その鳥は普通の雲に戻ろうとしていた。
小さな窓枠の中で見たから、大きな鳥の飛翔に見えたのかもしれなかった。戸外の広い空の上では、ほんの少し形の変わった雲にすぎなかった。

雲は変化が激しい。見ているまに形を変えていく。夕方はとくに陽の当たり具合で色も変わっていく。思わぬ形が生まれることもあるし、すぐに消えてしまうこともある。それが面白いといえば面白い。
一瞬一瞬が錯覚だ。幻でもある。シャッターを切っても、見たとおりに写っているという確証はない。手にとることもできないものだ。あるといえばあるし、ないといえばない。やはり一瞬の幻だといえる。

まもなく今日という日は終わる。今日がどのような日であったかという、確かな手ごたえはあまりない。
窓の外を大きな羽を広げて飛び去ったもの。あれが今日だったのかもしれない。今日一日の生活の重さを、あの白い羽の重さと比べることはできないだろう。なにが真実で、なにが幻であったか。一日を振り返ると、あの白い羽をはばたいて空が飛んだ。そのことが一番の真実だったような気もする。

 


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