風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

風の隠れキリシタン

2010年04月28日 | 詩集「風のことば」
Kakure


ペトロ・パウロ・ナバロさま
フランシスコ・ボリドリノさま
異国の方のお名前が
ワタクシにはすんなりと呼べマセヌ
アイタタタアイタタタ
老いた骨が泣きマスル
アイタタタアイタタタとは
この国では骨の言葉でござりマスル


母なるマリアよ
いや骨を病めるマンマよ
アイタタタアイタタタと骨をくだく母さまよ
アナタの痛みは殉教者の慰めとなりマスル
かつては五人の子供らのために
そして夫とその愛人のために
いまは自分自身の生きるために
アナタの骨は痛みマスル


南無末法下種の大導師
高祖日蓮大菩薩御報恩謝徳
南無妙法蓮華経
アイタタタアイタタタ チーン
信徒アナン(阿南)もコーノ(河野)も
いまだセクト・ホッケ(法華宗)にござりマスル


母なる母さまよ
この薄暗い洞窟の壁もまた
病んだ骨のようにもろく崩れマスル
かつてモンターニュ・ド・フー(火の山)の熔岩とヨナ(灰)は
この深い盆地を埋めつくしたそうでござりマスル
大地は昼も夜も鳴動をやめマセズ
ミサ・イル(燃える岩)は鳥のように空を飛び交い
ときには洞窟の奥までも貫き通しマスル
もはやゼウスもヤハウェもアッラーも
神の力は無力デセウカ
アーメン
この西向きの洞窟に朝の陽は入りマセヌガ
竹林からもれてくる細かい光は
光明と暗闇と歓喜と苦悩の水晶
光と影の真理を宿した
Verbum Dei(神の言葉)でござりマスル


ふたりのパードレ(伴天連)の星よ
この国には星宿という美しい言葉がござりマスル
星と星は糸の韻律でつながり
古い象形文字の海図をひろげマスル
夜空の星屑がこぼれるところ
溢れだして真昼の空が始まるところ
明るい海と港を青く染める
Viva(バンザイ)! 海の塩ポルトガルの涙
リスボン河口の港にたどり着きマスル
大きくて遥かなるものを越えて
かつて海を渡った人々の足跡を
星は霜のごとく静かに記憶するでありマセウ
人々の肌に刻まれた歳月を語るとき
この国では星霜という言葉を使いマスル


アイタタタアイタタタ
ワタクシには異国の言葉はわかりまセヌガ
シンガ(志賀)のトノ(殿)より薬を賜ってござりマスル
いまやこの白いロザリオ(玉薬)なしには
いっときも生きることは叶いマセヌ
リーゼ錠とヤラハ
こころの緊張や不安をやわらげ
酸化マグネシウムとヤラハ
胃の酸を中和し便通をうながし
つくしA・M散とヤラハ
食欲不振や消化不良を改善し
パリエット錠とヤラハ
胃・十二指腸潰瘍や逆流性食道炎を快癒し
ラニラピット錠とヤラハ
うっ血性心不全や不整脈の症状をおさえ
ラシックス錠とヤラハ
尿量を増やしてむくみをとり血圧を安定し
バイアスピリン錠とヤラハ
血を固まりにくくして血液の流れをよくし
ニトロダームTTSとヤラハ
狭心症の症状を鎮めるとのことでござりマスル


アイタタタアイタタタ
ワタクシの貧しい食事よりも
豊かな薬研(やげん)の白い輝きは
デュウ(天主)よりも神々しくみえマスル
わが骨の骨わが肉の肉
わが血の色はもはや
穢れて白濁してはおりマセヌカ


ペトロ・パウロ・ナバロさま
フランシスコ・ボリドリノさま
アイタタタアイタタタという
骨の言葉は
神に届きマスルカ





******



(フランシスコ・ボリドリノに関する記述)
「12月8日(1633年)、帝國の北部の諸國で、ローマ人のフランシスコ・ボリドリノ神父が哀れに息を引きとった。彼は57歳で、1612年に四誓願を立て、イエズス会にあること40年であった。」 (レオン・パジェス『日本切支丹宗門史』より)


(2004)


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