風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

夏は、山の水が澄みわたるので

2010年04月28日 | 詩集「かぶとむし通信」
Kawa2


納戸の隅とか仏壇とかに
小さな暗やみがいっぱいあったけれど
おばあさんがいつも居た
土間につづく流しにも闇があった


汽車が駅に着いたときだけ
家の前の道を
村人がかたまって通りすぎる
勝手口からおばあさんの大きな声が
ときどき村人の足をとめた


夏は
山の水が澄みわたるので
ひとも魚も沢をのぼる
わんどの暗い淀みに
ザリガニのむき身を放り込むと
深い川底がぐるるんと動く


おばあさんがナマズを焼く
夏はいつしか
細い畦道をかえってゆくようだ


虫のように草を分けて
山を越える
足の下の土がやわらかい
そこにおばあさんは眠る
季節を越えて骨になり
山の水になって澄みわたる
おばあさんは死者がふたつの墓に眠る
古い習俗の最後の人になった


夏は
山の水が澄みわたるので
遠い川も近くなる
ときどき大きなさかなが現れて
ぼくの夢の泥をまきあげる
深くて暗い
水の底がみえる


(2007)


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